小説 | ナノ

「僕は、恋だとかそういう気持ちが悪いもの信じません。」
「そうかそうかあ。じゃあ、ジュンコちゃんへの気持ちはどうなるの。」
「また、別です。生き物たちへの感情は僕の愛です。」

孫兵は、最近よく話しかけてくれる。初対面の時なんてくのたまというだけで冷たい目でこちらを見てきたというのに。

「私には違いがよくわからないよ。」
「先輩はアホですからね。」
「先輩にむかってなんて口の聞き方だい。お母ちゃんは悲しいよ。」
「あなたは僕の母ではないでしょう。年上ぶるのはやめてください。」

だって年上じゃない。口には出さずに心で呟く。
孫兵は私を先輩扱いする気がないのだろうか。竹谷先輩には丁寧なくせに。

年上ぶらせてよね。そうじゃなきゃ、あなたとまともに話せないんだから。
全く、私はどうしてこんな奴に思慕を抱いているのか。最初に顔を会わせて顔がとても整った子だと思ってしまったのは仕方がない。見惚れてしまったのもまあ、仕方がない。
でも初めにあんなに睨まれてツンケンされてバカにされて、描いていた優しいイケメン像がガタガタと崩壊したというのになぜ私は未だに孫兵が好きなのか。本当に私はこいつの言う通りアホだ。

加えて孫兵は人間に興味はない。さらにおまけに恋は気持ち悪いと抜かす。
完全に私は青春を無駄にしている。
いい加減、周りに目を向けてほしい。ほら、竹谷先輩とか、年上だし?髪はボサボサだけど男らしいし?いいんじゃないの?花子?

「何間抜けな顔してるんですか。花子先輩。」

顔を歪めた孫兵が私の顔を覗きこんだ。歪めても、孫兵の顔は綺麗だ。
私の心音は途端に速くなる。どれだけ冷たくされても、話しかけてくれることに喜んでしまったり無駄だと思いつつ期待してしまったり。
愚かだと思う。でももう、遅いのだ。どれだけ他の人のことを考えてみても無駄で、結局私は孫兵から離れられないのだから。

私は咳払いをひとつして孫兵の顔を見ないようにところで、と続けた。

「なにかご用?」

たずねた言葉は恥ずかしさを隠すあまり、ひどくつまらなそうな声色になってしまった。まあ、孫兵は気にしないだろうけど。
孫兵は私の言葉に対してとんでもなく顔をしかめた。

「な、なにその顔。」
「あなたは、なんなんですか。」
「はあ?いきなり、何?」
「あなたを見てると、苛々して仕方がないんです。」

孫兵にしては強い口調にびくり肩が震える。

どうも私は孫兵を苛々させてしまうらしい。思考を整理すると、絶望的な気持ちになった。

「…そう、」

即座に私は感情に蓋をする。感情を押し殺すこと。忍者にとってとても大切なことだ。

「えらく嫌われたものね。それだけ言うためにわざわざ、ここに来たの?ご苦労様。用が済んだのなら早く帰ったら。」

それだけなんでもないかのように告げて、私はふいっと孫兵から目線を逸らす。ああ、これで本当に孫兵を嫌いになれたのならどんなにいいだろうか。これでもきっと私は孫兵を嫌いにはならない。
でも結局は孫兵に嫌われているのだからどっちみち変わらないか。


「帰りません。」

しずかに、孫兵の声が部屋に響いた。


「帰りたくありません。」
「孫兵?」
「僕は、恋だとか、そういう、気持ちが悪いものは信じないんです。」

必死な形相の孫兵がこちらを見た。
孫兵、どうしたの?私の嘆きは孫兵に届いていないみたいに聞き流される。


「花子せんぱい、僕はここから帰りたくないんです。あなたに冷たくされたいわけじゃないんです。」

「まご、」

へい、と名前を呼ぶ前に、私は孫兵に抱きしめられる。いや、抱きしめられるというよりは、捕らえられたと言えるかもしれない。孫兵はぎゅうぎゅうと力をこめて私を腕で縛り付ける。

「違うんですよ。違うんです。これは恋なんかじゃないんです。僕はただ、ただ、」

痛いよ、孫兵。


うつむいた孫兵の頭巾に目で訴える。孫兵孫兵、私は孫兵に恋しているよ。
それを告げたらきっと孫兵は悲しい顔をするのだろう。


想い合う嬉しさとすれ違う悲しさが一気に私を襲って、よくわからないままに私は涙を流す。
どうしたら良かったのか。私が彼の愛する対象になれれば良かったのだろうか。


とにかく今のうちだけでも想い合う嬉しさに浸りたくて、私は孫兵に謝りながら目を閉じた。

恋せず愛せず

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