小説 | ナノ

※庄ちゃんが気持ち悪い



「それで、僕は思うんだけどやっぱり人というものは生を受けてしまった瞬間から愚かな存在であるわけだ。」

でも僕は決して他の種を殺すから人が愚かだと思っているわけではなくて、人間は動植物を掌握する力を持っているなんていう勘違いが人の意識の中で正当化されているということが愚かであるといいたいんだよ。だって作物に影響を与える害虫なんかを平気で悪い奴だと罵って、そのくせ飼い犬にはこれでもかという程愛でてやるわけでしょう、それが普通みたいに僕らは思っているけど実際はただのエゴのかたまりだよね。僕らは勝手に世界を動かしている気になって、いらないモノを当然のように排除していく。結局何をするにしても、人は犠牲がなければ生きられない生物であるから仕方ないといえば仕方ないで済まされちゃうんだけど。僕らは人として生きるために愚かな存在だという事実をきちんと理解しなければいけないんじゃないかな。僕らは決して特別じゃないし自然の中で生かされているんだから。だから子孫を残すための生理的欲求があるわけでさ。そう考えるとそれを愛だの恋だの陳腐な言葉にして崇める対象にしようとする人の行為ってのは他の生物から見たらちゃんちゃらおかしいのだろうね。でも僕はそれもまた人の良さじゃないかと思う。かく言う僕も、そんな言葉に夢見てしまったりするんだよ。


私は、その場から動くこともできず、ぼうっと彼の話を聞いていた。もはや何を言っているのか理解できなくなってしまったが。
一体黒木くんは、どうしてしまったのだろう。いきなり人に対する鬱憤を私に吐き出すなんて。私は別に人類代表じゃないよ。言ってしまえば黒木くんとそんなに仲が良いわけでも、ないよね。
たまたま歩いていたのが私だったから仕方なく話しかけたのだとは思うが、それにしても黒木くんは話す相手を間違えていると感じずにはいられない。私は別に人とか周りのことなんて何も考えていない。正直自分が生きることに必死で他の生物に配慮する余裕なんてない。そっかきみも愚かな人間のひとりだね、なんて言われたらヘコむから言わないけど。
それにしても、自分以外の存在にしっかり目を向けている黒木くんはさすが優等生というか優しいというか。とにかく私とは全く別の人間だと改めて感じる。


「庄ちゃんにもそんな単純で普通な感情があるんだね、なんてよく失礼なこと言う奴もいるんだけど、僕はその単純さっていうものはとても大事なことだと思うんだ。だから僕は単純だってことをちゃんと理解した上で単純なことをやる。そうすると、その単純を遂行したことによる快感みたいなものがあるんだよ。そういうものを感じてしまうとやっぱり、単純なことをやらずにいられなくなったりして。人ってうまくできているよねえ。つくづく僕は思うよ。」


黒木くんの話は私の脳みそに入っていくのに、そのまま抜けていってしまう。どうしようバカだと思われちゃうな。とりあえず、単純って五回は聞いた気がするし黒木くんは単純なことが大切だって言いたいわけなんだよね。うん、そう言うのなら黒木くんの話をもう少し単純にわかりやすくまとめてくれると私としても理解がしやすいんだけどね。
とりあえず、黒木くんに「どう思う?」と聞かれたら私も単純なことが好きだな、と言うことにしよう。もうそれしか言えない。


「…で、花岡さん…その、つまりそういうわけなんだけど…」

突然歯切れを悪くした黒木くんはちらりと私の様子を伺ってきた。ん?え?なになに?つまりって、全然まとまっていなくないですか!?やっぱり私の能力じゃ理解不可能だったみたいだ。

「あ、えっと。私も単純なこと好きだよ。」

さっき考えた文句をとりあえず言っておく。

「えっと、…それはどういうこと、かな。嬉しいってこと?」
「へ?」
「花岡さんは僕のことどう思っているの?」

ん?ちょっと待って。なんかおかしい。食い違いが発生している。

わけがわからず、曖昧に笑いながら首をかしげて分からないアピールをしてみると、黒木くんは赤くした顔を片手で覆いながら恥ずかしそうに視線を私から逸らした。

え、その反応、どういうこと?黒木くん!
私って単純だから、よく考えずに判断しちゃうから、そんな風に顔を真っ赤にされたらその、黒木くんの言う愛だの恋だのに、結びつけてしまいますけど…
あ、もしかして、そういう意味だったの、さっきのお話は。ちょ、ちょっと、いくらなんでも分かり辛すぎやしませんかっ
でも間違っていたら私は本当に救いようのないバカちゃんになってしまう。確認をしないと。

「ごめん。私、難しいことよくわからないんだ。ストレートにそのまま言ってくれると、その嬉しいな。」

黒木くんは私の言葉を受けて決心したようにこちらを向いた。今度は私が目を逸らしてしまいそうになる。どうしよう、絶対私の頬赤い。

「花岡さん、」
「…はい。」
「僕と子孫を残してください!」
「…え?あ、はい、」

予想していなかったその告白文句はロマンチックもへったくれもなくて、まあ彼の長ったらしい話を考えればロマンチックな言葉なんて出てこないとは思っていたが、私はこれまたロマンチックのかけらもない間抜けな声で返した。

でも、その後に見せた彼の安心したような嬉しそうな笑顔を見たら私の心臓は跳ね上がってしまってなんだかもうロマンチックなんてどうでもいいかなと思ってしまった。

でも黒木くん、さすがにそれは単純すぎるから!

ロマンに憧れない

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