小説 | ナノ



「勘右衛門、めんどくさくねーわけ?あんなに付きまとわれて。」

廊下を歩いていてふと聞こえた声に私は足を止める。
この声は、五年ろ組の鉢屋だ。
どうせ、私のことを指しているのだろう。私は毎日毎日、尾浜くんにさも偶然のように会いに行って、付き纏って追い掛け回しているのだから。
できるだけ、かわいい女に見えるように彼を見上げたり、さりげなく逢引に誘ってみたり。
そんな私に、尾浜くんは受け入れるでもなく突き放すでもなく接してくる。
その態度で尾浜くんの気持ちなんてわかってしまうのだけれど、突き放されないことに安心して私はまた、尾浜くんに近づいてしまう。
そんなことばかりを繰り返しているのだ。

そんな私はさぞ鉢屋には滑稽に見えるのだろう。
笑いたければ、笑えばいい。別に鉢屋なんかに何を言われたって別に構わない。

…でも尾浜くんに言われてしまっては立ち直れないかもしれない。
私はすぐにその場から立ち去りたかった。しかし震える足は動いてくれず、どうすることもできずにうずくまった。

「んー。そうでもないよ。」
「マジかよ。お前おかしいんじゃねーの。」

聞こえてきた言葉は意外なものだった。足の震えはおさまって、冷え切った胸にじわり熱が生まれる。

「だって、あんなに毎日必死になってさ、俺のこと追いかけてきてくれるんだよ。もう可愛くて仕方ないじゃない。」

ねぇ?
と続けられたその問いかけが、外の私に向けられたもののような気がして、私は胸を大きく打たれる。
慌てて、その場を走り去る。

ばれていたのか、ばれていないのか。よくわからない。
でもあんな風に言われただけで嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
私は完全に、あの人に振り回されている。
ああ、でもそれさえも、嬉しくてたまらないなんて、よっぽど重症だ。


11/11/12~11/11/23(尾浜)

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