小説 | ナノ

※微流血表現注意









喧騒の中、響いた轟音。
その後に馬から崩れ落ちた団蔵を見て、私は頭が真っ白になった。

「だ、んぞうだんぞう!しっかりして!」

駆け寄って抱きかかえると、生ぬるい感触が指先から伝わってきた。それの正体が何だかわかってしまって、私の頭は完全にパニック状態になる。

「…っ花子、泣きそーな顔すんなよ、」

苦しそうに顔を歪めながら、彼は無理やり私に笑顔を作った。

「やめて、」
「花子、ごめんな。」
「やめてやめて、だんぞう、」
「俺、もう…」
「団蔵!しっかりしてよ!私と居てくれるんでしょ!?」

団蔵は眉を下げた。いつもの、顔。団蔵の、悲しい時の顔。

「団蔵!どうした!?」

誰かがこちらに気がついてやってきた。が気にする余裕もない。
ゆっくりと、団蔵が血で染まった真っ赤な手を私の頬に伸ばす。

「花子、」

私の目は水を排出するのに忙しく、団蔵の姿をはっきり写してはくれない。
うそ、うそ、

「花子、好きだ。」

いつも私をからかう時みたいに歯を見せて、団蔵が笑った。


そのまま、赤い手は重力に従ってずり落ちた。








目が覚めて顔を上げると、そこは暗闇の街だった。目の前で、緑色の髪の毛が揺れている。回らない頭で考えてようやく合点がいく。私は三郎次先輩に背負われているのだ。
それに気がつくと、思い出した記憶が再び頭を駆け巡る。
酷く気持ちが悪い。

「花岡、気がついたのか?」
「さぶろーじ先輩、」
「大丈夫か。」
「す、みません。一回下ります。」

私はいったん先輩の背中から降り、道の上でうずくまった。
相変わらず吐き気が凄いし、色々と考えることがありすぎて頭が痛い。大丈夫では、ない。が、先程みたいに取り乱すことはなかった。幾分か冷静になれた、というのだろうか。しっかり現実を見つめきれないだけかもしれないが。
三郎次先輩は私の背中に優しく手をおいた。その手は、暖かい。
そうだ私は一時期、この手に恋をしていた。

「さっきは…、取り乱してすみませんでした。」
「いや、気にするな。お前、手は痛くないか。あと、首と。」

手を切ったことなどその時まで忘れていた。見ると、両手に包帯が粗く巻かれている。
そして確かに首には不自然な重い痛みがある。

「手刀なんて、現代で使うと思わなかった。」

三郎次先輩が独り言みたいに呟いた。ああ、それでか。私は首をさすりながらぼうっと自分の手を見つめた。
…人に迷惑かけてばかりだな私は。

「手も首も大丈夫です。ありがとうございました。その、体の方は大丈夫なんですけど……さっき、全部思い出しました。」
「…そうか。」
「はい、」

沈黙がその場を支配した。
何を喋ったらいいのかわからなかった。きっと、先輩もそうだっただろう。

しばらくふたりでぼうっと座り、夜のしっとりとした空気に身を任せていた。思い切り息を吸い込めばツンと鼻の奥がつめたく刺激される。なんて、ここは静かなのだろう。

そのうち三郎次先輩が何かを思い出したように立ち上がり、ほら、と私を立たせた。そのまま無言で、足を進める先輩の横を着いていく。
結局私の家まで送ってくれた三郎次先輩は、別れ際に無理すんなよ、とだけ言った。
私は先輩の顔をうまく見れずにはい、とだけ返した。




* * * * * *




眠れずに一晩、考え続けた。
朝を迎えても学校へ行く気にはなれず、両親には風邪だと嘘をついて学校を休んだ。

自室で寝転がり目を閉じて、ひとつ、深呼吸をする。
心の中である程度想いがまとまった。

―まず、どうしても確認しなければ、いけないことがある。
そのために、彼と話をしなきゃ。



そう決意して私は携帯電話のボタンを押し、耳にあてる。
二回のコール音で、相手はすぐに電話に出た。

「…花子?」
「虎ちゃんごめんね。授業中じゃないの、大丈夫?」
「今は花子優先だよ。どうした?」
「お願いが、あるの。笹山くんの連絡先、教えて。」



* * * * * *



「…はい、」

虎ちゃんに教えてもらった連絡先に電話をすると、笹山くんは何度目かのコールで出てくれた。

「花岡、花子です。」
「…どうかした。」
「兵太夫、」

私がその名前を出した瞬間、電話の向こうで笹山くんが息を呑むのがわかった。

「会って、話がしたいの。」
「…わかった。今から花岡さんの家行くから。」
「学校の後で、いいよ?」

私の声の途中で通話は切れた。私はため息をひとつ吐く。




笹山くんはすぐにやってきた。二階の自室へと招き入れると、笹山くんは腰掛ける時間も惜しいというようにすぐに「何があった?」と聞いてきた。綺麗な顔をこわばらせて。

「…私思い出したの。みんな。」

それを言うと、笹山くんは今まで見た中で一番悲しそうな顔をした。


「笹山くん、本当に一番ひどいこと、まだ言ってくれてなかったんだね。」

私は笹山くんと向き合って見つめあう。やさしいね、笹山くんは。

「ねえ、私、団蔵が死ぬ瞬間をこの目で見たよね。」
「花子、」
「その瞬間、兵太夫も傍にいたよね。…私が、団蔵との思い出なんて忘れたいって言った時も横にいてくれたよね。」
「…」
「ありがとう。兵太夫は私を守ってくれていたんでしょう?」
「…花子、僕に感謝する前に、お前は自分のことを考えろよ。その記憶を思い出してお前は、今大丈夫なのか。」
「…辛いよ、もちろん。思い出したときなんか、取り乱しちゃって先輩に迷惑かけちゃったし。でも、今はね。その辛さよりも、昔の団蔵との思い出を思い出せたことが嬉しいって思ってる自分がいるんだ。」

きちんと、向き合わなきゃいけなかったのに。当時の私は団蔵と会ったこともみんなと会ったことも全てを否定したんだ。その想いが現代の私から室町の記憶を消したのだろう。

「今の団蔵はここで生きている。結果論みたいだけどさ、それなら昔の記憶に縛り付けられることなんて、ないと思えてきた。」

・・・・
笹山くんに私は笑いかける。
彼はそれを見て、「昔」みたいな懐かしい笑顔ではじめて笑った。

「うん。きみが出したにしてはいい答えじゃないかな。」
「そんな嫌味も、今なら笑って受け入れられるよわたし。」
「はいはい。…これからよろしく。花岡さん。」
「うん、よろしくね。笹山くん。」


なんだか、すっきりした。
団蔵は今、生きている。

もしその団蔵がまだ昔の私がいいと言うのなら、またひっぱたいてやろう。
もちろん全て思い出したのだから昔の記憶も持ってはいるけど。今存在している花岡花子は、今の「私」なんだ。
団蔵に、そう堂々と言い放ってやる。

そして私は、今の団蔵が好きだって。




←TOP

×