小説 | ナノ


「花子ー」

「なに…富松。」

だいたい予想はついているが、とりあえず、用件を聞く。予想が外れることを願って。

「左門探すの手伝ってくれ。」

予想通り。
小さくため息をついて、頷いた。








「花子ー。腹がへった!」

「あんたのせいで私も腹ペコよ。ばかんざき。」

まるで犬の散歩のように。左門に繋がれた縄を引きながら私はずんずんと歩く。

「しっかし、本当に花子がいると左門はすぐに見つかるなあ。助かるよ。」
「もうやらないからね。」
「まあそう言うな!」
「左門。おめぇがそれを言うか。」

私は握っている縄をぐいっと引っ張って左門を引き寄せる。うわっと声がしたが無視だ。

「だいたいあんたねえ!毎回毎回富松が探してもまったく出てこないくせに、私が行ったらすぐに出てくるってどういうことよ!私と富松をおちょくってんの?」


「そんなわけないだろー。俺、花子の方向はわかるんだ!」
偉そうに左門が言い切る。

「ドがつく方向音痴のくせに何言ってんのよ。」
「ホントだぞ。花子の場所はわかるんだ。こうな、俺から花子までの道すじがすーって。光って一本線になってんの。」
「はぁ。富松。この子私たちに見えないものが見えるらしいよ。」
「そっか。俺はおどろかねぇよ。」
「ほんとだからな!」


ばかげた話だと思っていた。

しかし迷えば私の元にやってくるものだから、誰もが不思議がり、
本当に光が見えるんじゃないかとか
運命だとか
惹かれあっているとか
根も葉もない噂が流れるようになってしまった。
まったく、勘弁していただきたい。
何が悲しくて、この決断力バカと引かれあわなければいけないのだ。


「やっぱり、花子だ。見っけ。」

それでも、私を見つけたときの無垢な笑顔をこちらに向けられると
頬を思わず緩めてしまうのだ。




そして、事件が起きた。
その日は私が三日間の実習から帰った日で。
帰るやいなや、富松に「いつもの頼む」と言われた。

こっちは疲れてるってのに、と内心で毒づいて、見つけたら左門に甘いものを奢ってもらおうと企んで。
「いつもの」左門探しをし始めた。

しかしいつもなら10分もしないうちに見つかる左門が、この日ばかりはなぜか1時間経っても
姿を見せない。時間はどんどん過ぎて、まわりは薄暗くなり始めた。
おかしい。
ばかんざき。
早く出てきなさいよ。
私とあんたで繋がる一本線があるんでしょ?
薄暗くなったんだから余計光って見えるでしょ?
なんでいないの。

気がつけば周りは闇に呑まれていた。
「なんで、いないのよ。」
不意に出た弱気な声。不安がどんどん蓄積されていく。
「…花子、もう暗いから。おめえは先に帰れ。…悪かったな。」
「いや。」
「俺らが後は探すから。心配すんな。」
「なんでよ。私が左門の目印なんだから、わたしが、「花子?」

その声に驚いて富松と二人で振り返る。
暗くてぼんやりした人型が見えた。だんだんと明瞭になるその人型は、まさしく探していた奴だ。

「さもんっ!」
「左門!おめぇ…どこ行ってたんだ!」

「どこって。学園に戻ろうとしたんだけどたどり着けなくて。
おかしいなあ。花子、いたんだ。おかしいなぁ。」
「ば、ばか。ばか。ほんとばかんざき。」

ばか、しか口から出てこない。ほんとばか。でも、よかった。
「ごめん。花子。」
左門の口から発せられた小さな謝罪にも、やはりばか、と返した。




ほんとはな、

花子の匂いで

どこにいてもすぐにわかるんだ



匂いをたどって
俺は花子に会いにいく


なぜって? 

僕が花子に会いに行くことで
僕が迷えば
花子は来てくれるようになるから


ああ、花子と俺が繋がる 光が
本当に見えてたらよかったのにな。

だって匂いをたどってたなんて言っても、「なーんだ」って拍子抜けだろ?




そんなネタばらしをいきなり左門は帰り道で披露しはじめた。

「なーんだ。」
「ほら。」
「私実習だったから、匂いなくなっちゃったのかも。」
「ああ、それでかあ。花子がいるのにわからないなんて、おかしいと思った。」
「…というか匂いって…変な匂いじゃない?やだなあ。私匂いするのかなあ。」
「大丈夫だ!いい匂いだし、かすかにするくらいだ。俺鼻はいいからな。」
「よかった。でも、なんでいきなりネタばらししちゃったの?」
「隠す必要がなくなった。」
「へ?」
「だって、花子は俺のこと凄く心配してくれてたんだろ?」

さらりと聞かれる。確信を含んで。これで狙ってないんだから、たいしたもんだと思う。

「俺の存在が花子の中で大きくなれたから、もう嘘はいいんだ。」

左門が歯を出してにかっと笑う。

「花子が好きだ!」

左門の声が響く。
あまりに突然で、私は口をぱくぱくさせることしかできないで。
そんな私を見て声をあげて笑う左門。

「お前ら、俺忘れてんじゃねーぞ!」
富松の声が前のほうで聞こえる。

真っ暗な道を並んで歩きながら、
左門と光を繋いでみてもいいかなとぼんやり考えた。

光線の先に

←TOP

×