小説 | ナノ

「かおり、まだ起きてる…?」
「起きてるわよ。どうしたの?」
「あのね…私ね、池田くんのこと諦めようかなって思ってる。」
「…」
「告白もしないでって、かおりは思う?」
「私は、花子が決めたことに何も言わないよ。」
「…うん。」
「泣きつきたくなったら、私だっているのよ。川西だけじゃなくて。」
「う、うう〜かおりちゃぁあん!!」
「わっちょっと布団に入ってこないで!」

そうだ私の周りにはこんなに素敵な人であふれているのに。
いつまでも落ちこんでいられないよ。

「今日は一緒に寝よ!ね?ね?」
「もう、あんたね…」

明日からの私に激励をして、目を閉じる。今日までの私は、もう終わり。




* * * * * * * *





「なんか今日は調子いいかも。手裏剣のコントロールもばっちりだったし、授業にも集中できたし。」

そう言って私は野菜炒めを口に含む。ああおいしい!
昨日の感情がうそみたいに、今日はすっきりした気分だった。今はお昼。くのたまの子達とランチを食べている最中だ。

「花子は倒れたばっかりなんだからあんまり無理しないほうがいいよ。」
「うん。でももうダルさはないし、平気だよ。心配してくれてありがとうかおり。」
「ねえねえ花子、富松先輩ずっとつきっきりで看病してくれたんでしょ?もー、付き合っちゃいなって。」
「な…ち、違うよユキちゃん。左近だってずっと付いててくれたし。」
「川西は別でしょ。いいと思うわよ富松先輩!」
「トモミちゃんまで…」

でも、富松先輩にはお礼を言いにいかなくちゃいけないな。そうだ、今日の授業が終わったらすぐに行こう。きっと用具委員会に行けば会える。
私はそう決めて、残りのご飯をかきこんだ。





「午後は、なんだっけ?」
「首化粧だっけ?」

残さずきっちり食べてみんなと食堂を出ると、丁度忍たまの皆さんとすれ違った。その中に二年生の青色を発見して、私はそちらに目を向けないようにこそこそ歩く。
ところが。

「花子。」
「さ、左近。」

左近に呼び止められた。しかも、裾を引っ張られて。

「今日の雑用は夕方だ。授業が終わったら即行で保健室に来い。」
「うわ、忘れてた。」
「は?」
「う、うそぴょーん。やだなあ私が忘れるわけないでしょ左近ちゃん!じゃあ後で。」

うげげ、授業が終わったらすぐって…用具委員に行ってられないじゃない。…しょうがない、富松先輩にはまた明日改めてお礼を言いに行くことにしよう。
そう考えて立ち去ろうと踵を返した。その瞬間、

「…花岡!」

私の名前を呼ぶ、池田くんの声が耳に入った気がした。いや間違えるはずない。池田くんの声が私を呼んだ。
体の奥から一気に辛さが湧き上がってきて、立ち止まってしまいそうだった。そんな体をなんとか叱咤して動かしそのまま、ざわめきで聞こえなかったふりで私はくのたまの集団に向かって走った。
どくどく、心臓が鳴る。

池田くん、無視してごめんね。でもまだ私はあなたと、面と向かって話せないんだ。私の辛さがなくなるまで待ってね。そうしたら、私はきっとあなたと普通に友達として接することができるから。
辛くなるまで耐える。大丈夫、私には素敵な友達がたくさん、いるもの。




* * * * * * *




「花子、調子いいんじゃなかったの。」

授業が終わって、急いで保健室に行こうと準備をしていたらかおりが聞いてきた。その声色は心配を含んでいる。

「うん、いいよ?」
「その割には午後の授業ぼーっとしてたけど。」
「へへ…そーかな。」
「体調悪いのなら、川西にちゃんと言いなよ。」
「体調は大丈夫なの。気持ちの問題かな。だからむしろ何かしていたほうが、気が紛れるよ。万が一倒れても保健委員と布団が近くにあるから心配しないで。」
「そういう問題じゃないでしょ。…まあ、川西もいるし大丈夫だとは思うけど。」
「ヘーき!じゃ、いってきます。」

私は軽く手をあげて教室を出る。
かおり優しいなあ。嬉しくて涙がちょちょぎれる。
池田くんのこと、全部あの娘にも言えたらいいな。

「よし、雑用がんばります!」

ひとり小さく気合を入れて保健室への足を速める。廊下の角を曲がると、ひょこひょこ歩く見慣れたふたりの姿があった。
私は近づいて二人に話しかける。

「やっ乱太郎くんに伏木蔵くん。」
「あ、からあげのお姉さん!」
「とりから先輩!」
「丁度良かった…って、伏木蔵くんも私のところあだ名で呼んでたっけ。」
「平太が呼んでたので、僕も呼ぶことにしましたあ。」
「あらそう…」

なんだかあだ名が広まりすぎて、もう訂正するのも面倒くさい。私、からあげでいいや。

「私、今日から保健委員の雑用係になるから、一ヶ月よろしくね。」
「はい!左近先輩から聞いてます。」
「よろしくお願いします〜。」




やっと着いた保健室に三人で入ると、既に保健委員の皆さんはお揃いであった。

「花子遅い。」
「授業が長引いたんですー。」
「花子ちゃん来てくれてありがとう。今日はちょっと薬草を仕分けしたくってね。もしも体調が悪くなったらすぐにやめてくれていいから。」
「心配無用です、伊作先輩。」
「あれ左近、それって私が言うセリフだよね?ね?」

苦笑いする善法寺先輩と三反田先輩。そしてこちらさえも見ない左近。おーいおい無視ってちょっとどういうこと。何、デレの反動なの?
私は少し頬を膨らませて薬草の本に意識を移す。そのままひたすら字と絵とを目で追った。





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