競い合うように剣の腕を高めていた彼らは真選組内でも飛び抜けていた。

小柄な青年は自分の剣の才を信じ、しかし自惚れはせず更なる向上を目指して稽古を積んでいった。
亜麻色は彼以上に剣の才があったが、ただ実戦経験が浅かった。負けん気が強い亜麻色は彼を越す為、人一倍稽古を積んでいた。



「一本!勝負あり!!総悟の勝ちだ」

近藤が片手を上げ声を張り上げた。途端に驚きと賞嘆が混じったざわめきが道場内に起こる。

「やりやがったぜ。アイツ」

壁にもたれ試合を見ていた原田が面白そうに口元を上げ、隣の土方に呟いた。
一本を取られた小柄な青年は一瞬目を丸くしたが、息を吐き竹刀を下ろす。亜麻色の少年も残心の構えを崩した。

「二本とも刃先が綺麗に決まった。永倉も防ぎようがなかったようだな」
「童顔だったら剣の才能に恵まれるんかね」
「何言ってんだハゲ」

土方は呆れた目でハゲ頭を睨み、未だざわめく道場に背を向ける。




「場慣れの違いが埋まったんだ」





――その日を境に真選組一の剣の使い手が入れ替わる事になる。





-番と-
 





隣を流れる川は先日の大雨で増水し、茶色い水が飛沫をあげながら激しく流れている。川沿いを歩きながら沖田は大きな欠伸をした。両の手はポケットに入ったまま。人前で欠伸をする事は無礼だというが反射的に出るのだ、仕方ない。

「…オイコラ。聞いてんのか?」

不機嫌そうな声音が濁流の音に混じってきた。話をしている途中で堂々とした欠伸を見せられた者の反応としては当たり前なのか。沖田は立ち止まり目の端に涙を溜めたまま声の主を探すように辺りを見回した。

「…ん?空耳か…誰もいねぇ」


この声の主を怒らせる行為は欠伸を噛み殺すより簡単だ。いつも面白いぐらいに食いついてくれる。

「見えてるだろ。わざとだろ、お前」

もちろんその通りである。沖田の視界の下辺りで黒髪の青年、永倉が青筋を浮かべ拳をわなわなと小刻みに震わせている姿があった。
ついでだからもうひと押しからかっておくか、沖田は彼の頭上から自分の顔の前まで長さを測るように両手を広げた。

「後30センチは伸びてくれねぇと視界に入らねぇでさァ」
「その目、二度と見えないようにしてやろうか?」

副長と同じく抜刀癖がある永倉は刀の柄に手を掛け鯉口を切る。決してそれは威嚇ではなく本気で斬りかかってくる事が常なので沖田は仕方なく彼の質問に答えた。

「確か七人向かわせて全滅」

沖田が溜め息を吐いたと同時に隣から鯉口にハバキが入る音がする。

「追っ手が全員やられちゃあざまぁないよなぁ…」

永倉は頭の後ろで手を組み空を見上げた。釣られて沖田も顔を上げる。
陽が落ちて辺りは薄暗くなっていた。昨日の大雨とは打って変わって晴天だった今日の空には小さな光が一つだけ輝いており、その下を鉄の塊が人工的な光を放ちながら通り過ぎていく。

「アイツ意外に腕良かったんだねィ。一手申し込んでりゃあ良かった」

先日、新入隊士が攘夷派の密偵だったという事が判明――名は宮口吾郎、発覚した当日に脱走した。厄介な事に宮口は真選組に関する極秘資料を持って逃げたのだ。
土方はすぐ七名の追っ手を差し向けるが全員斬り捨てられ逃げられる事になる。

七名はいずれも土方が自信を持って向かわせた強者ばかり。永倉は眉を寄せて唸る。

「終が手合わせした時はそんな風には思えなかったって言ってたけど…自分の腕を騙すことも密偵の仕事なのかな」

真選組隊士となるにはまず面接をし、実技試験に移る。この実技試験は三番隊隊長斉藤の役目だ。
その斉藤が言うにはそんな目立った人材ではなかったと言う。何故受かる事ができたかと言うと知識が大変豊富であった。タイプでいうと五番隊隊長武田にあたる。

「山崎に聞いてみろよ」
「ウチの密偵は刀じゃなくてラケット持ってるイメージしかねぇよ…」

永倉の言う通りで山崎の抜刀は滅多に見る事はない。沖田も地味な監察が中庭でラケットを振り回す姿がリアルに想像できた。

「今何時?」

永倉の問いに沖田は携帯電話を取り出す。

「…六時…早いかねィ」
「会合は七時からだろ。仲間来る前に片さねぇと」
「え、いっその事一掃しちまおうぜィ」
「バカ。副長から宮口を斬るだけで良いって言われてるだろ」

もう逃がす事は許されない。土方は確実に討ち取れるよう真選組ナンバー1、2を追っ手として向かわせたのだ。
しかし、敵はたった一人。何故永倉まで付けたのか、沖田は心中複雑だった。
逃亡した隊士が潜んでいると思われる建物が見えてきた。土手が石で補強されており、その上に建てられていた。石壁のすぐ横では濁流が流れている。
山崎の調べでは持ち出した資料を会合に来た浪士達に渡す為なのか、夕刻辺りからこの建物内に潜んでいるらしい。窓からは橙色の光がこぼれ、時折人らしい黒影が見え隠れしている。

「浪士達が来る前に終わらすぜ。ややこしくなる」

永倉は振り向き沖田にそう伝えた。





next


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -