軒に吊された提灯の下を潜って旅籠屋のミセの間に入り、帳簿を付けていた小太りの男性に声を掛けた。男性は真選組の隊服を見て吃驚したように声を上げたが、永倉が人を探しているだけだと説明すると素直に探し人が居る部屋を教えてくれた。

「隠れ家のような旅籠なんかねィ。んな外れにあって儲かんのかな」

建物内を見回しながら沖田が言う。部屋数は少なく、客が居るかどうかも分からない程物静かだ。聞こえるのはすぐ隣を流れる濁流の音だけ。

「密偵が隠れてんだ。まさに隠れ家だな…此処でやり合うわけにもいかないし、一度奴を外に出してから」
「なぁ、この時計の中、おめぇ入れるんじゃね?」
「宮口の前にお前を殺すぞ」

階段の手前にある1メートル程の柱時計を開けて言う沖田の背を蹴り飛ばしたい衝動に駆られるが、その時計に刻まれている時間を見て止めた。

「行くぞ」

まだ六時を過ぎたところだ。浪士達が来る前に連れ出さなくては、宮口は階段を上った最初の部屋に居るらしい。
二人は二階へと上がりすぐ近くにある襖の両脇を摺り足で固めに入った。沖田がその襖に片耳を当てる。人の気配を感じたのか、永倉に向かって指で丸を作った。

「宮口、永倉だ。此処じゃなんだし、表出ようぜ」

そう襖の向こうに声を掛け沖田を見た。片耳を付けたまま少しだけ腰を落とし佩刀の鯉口を切っている。恐らく彼の耳に刀を手に取る音が聞こえたのだろう、仕方ないな、と永倉も刀を抜き峰を肩に担ぐように置く。
そして襖に手を掛け一気に引き開けた。部屋から刀を振り上げた宮口が雄叫びを上げ躍り出る。静かな旅籠内に絶叫が響き渡り襖が震えた。

――しかし次の瞬間、宮口の首が飛び、右胸からも縦一直線に血が噴き出す。それらはほぼ同時の出来事だった。


「だから二人もいらなかったんでィ」

首がない宮口の死体を見下ろしながら沖田は溜め息を吐いた。座敷に置かれてあった極秘資料と思われる一枚の封筒を見ていた永倉が沖田の方に目を遣る。

「用心したんじゃねぇの?」
「大体おめぇ何で胴を斬るんでィ。首飛ばしたら一発じゃねぇか。痛みも感じずあの世逝きでさァ…あ、そうか、首落とすには身長が足らねぇのか」
「お前の首を落とそうか?」

自分が付いてきた事がそんなに気に食わなかったのか。いつも以上に突っ掛かってくる亜麻色に対して青筋を浮かべながら封筒を懐に入れる。そして青ざめた顔でこちらを見てくる小太りの男性に言った。

「オヤジ、後から来るコイツの仲間がどうにかしてくれると思うから放って置くぜ」

そんな事を言われても、という感じなのだろう。男性は青ざめたまま頷きもせず硬直している。そんな彼を少し哀れに思いながらも永倉は沖田に向かって「帰るぞ」と声を掛けた。

「何でこんな奴に七人もやられたんでィ」
「さぁ…人は窮地に追い込まれると変わるって言うし」

所謂、窮鼠猫を噛むという奴だ。追い込まれ、死に物狂いで斬り掛かってくる者程恐ろしいものはない。きっと七人は逃げ道を作ってやらず退路を断ったまま斬り掛かったのではないか、と永倉は考えていた。一人を囲む時は必ず逃げ道を作ってやる、それは戦法の基本だった。
未だ硬直している男性の横を通り過ぎる。すると店の者だろうか、階段の上に男と女が様子を窺うように柱から顔を出していたが、二人が部屋から出ると短く悲鳴を上げ、慌てて階段を駆け下りていった。沖田は手摺りに手を掛け、吹き抜けから1階を見下ろす。

「他に客いなかったみたいだねィ、だぁれも出やしな」
「キャアァッ!!」

下の階から女の悲鳴と、バタバタと複数の足音が慌ただしく聞こえてきた。続いて刀を抜く音。沖田は上から階段の下り口にあった柱時計を見る。

「…三十分前集合とはねぇ…遅刻をする事と同じくらいマナーがなってないでさァ」
「…填められたな」

いや、もしや土方はこれを見越して二人向かわせたのか。恐らく下から怒涛の如く上がってくる奴等は宮口の仲間、攘夷浪士達だろう。
永倉は抜刀しながら沖田を見た。一掃できるのが嬉しいのか、楽しそうにニヤリと笑っていた。





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