狭い廊下を走り抜け、突き当たりの壁に背を付ける。刃鳴りと共に逆袈裟掛けを見舞うが肉を断った手応えがない。裂いた衣類から見えた鎖を見て沖田は顔を歪める。

(鎖帷子か)

しかし、頑丈なのは胴だけ。剣光を閃かせ振り下ろされる刀身を峰ではね上げ、そのまま返し刀で横面を叩きつけた。
崩れる男の背後にはまた新たな敵が待ち受ける。敵の人数は多いが廊下が狭い故複数同時には斬りかかれない。背にさえ廻られなければ1対1と変わらない、沖田は刀を構え直し前を見据えた。
階下からも剣戟の音がする。永倉が敵の出入りが激しい表口で奮闘しているようだ。木を叩くような鈍い音を鳴らし敵の首を跳ねると同時に吹き抜けの柵を乗り越え、下に降り立つ。

「頑丈な敵さん達だねィ。防御力5ってとこか」
「仲間を呼ぶ技が鬱陶しいことこの上ないけど」
「経験値たくさんもらえて良いじゃねぇか。いっその事合体しねぇかなぁ」
「お前は一度かしこさを上げた方が良いと思うぞ」

永倉は敵の両脛を薙ぎ払い、悶え屈んだその腹を蹴り飛ばし、右から振ってくる刀を峰で弾いた。沖田は二階から駆け下りて来た敵を迎え打つ。
確かに頑丈ではあったが力量はさほどでもなかった。敵は徐々に鬼神の如く刀を振り回す二人に怯え刃筋が鈍っていく。

「オイ、ビビってんのなら何で逃げないんでィ。表空いてんぜ?」

沖田は親指をミセの間の方へ突き立てる。抜き身片手に後退りする浪士達の顔は命が惜しいと言わんばかりに歪んでいた。

「武士足るもの敵に背を向けられねぇってか?上等上等」

逃げない敵に鼻で笑い、刀を平青眼に構えた。外から吹き抜ける湿った風に亜麻色の髪がなびく。その下に潜む眼が鋭く光り浪士達を睨みつけた。
その瞬間、一人の男が悲鳴を上げながら表へ走って行く。すると他の男達も這々の体でその後を追い出した。

「せっかく褒めたのに」

沖田は小さく溜め息を吐き地を蹴る。死骸につまづきながらも逃げる男達の最後尾に向かって一刀した。太股を断たれ悶絶する男を踏み付け、背後の絶叫に振り向いた男の顔面を叩き割る。身を低くし、畳に放り出されていた刀を掴み、前方に向かって投げつけた。
刀は走る男の横を電光の如く通り過ぎ柱に突き刺さる。男は首から血を水鉄砲のように噴かせ、断末魔の絶叫を上げながらミセの間を転げ落ちて行った。

「ひっ…!!」

共に逃げようとした仲間が皆倒れ、残った男は震えながら沖田を見据えた。後退りをし、尻餅を付く。

「た、助けてくれ…!」
「なっさけねぇ…。これじゃ囮になった宮口も浮かばれねぇでさァ」

沖田は小便を垂らし助けを乞う男を呆れた目で見下す。見逃すつもりは更々なかった。見逃せばいつかは仲間を集め近藤に仇を成す。
一度下げた刀を両手で握り剣尖を下にして柄頭を頭上まで上げる。そして男の首元目掛けて一気に剣尖を突き立てた。

「おい」
「!」

――刹那、手首を掴まれ切先が男の喉に到達する直前で止まる。見ると永倉が沖田を睨みつけていた。

「戦意喪失した奴までやる事はないだろ」
「見逃せってか?」
「そうは言ってない。捕縛すりゃあ良いんだよ」
「拷問受けるより此処で死んだ方が幸せだと思うぜ。偽善者ぶるならそこまで考えたらどうでィ?チビ」

永倉はピクリと片眉を上げ不機嫌を露にする。そして舌打ちをすると掴んでいた沖田の手首を叩くように離した。

「…まだコイツ等の拠点も分かってないんだ。貴重な情報源を無にする気か」
「…」

そこでようやく沖田は刀を下ろした。
気付けば無傷でいる敵はもうこの目の前の男だけとなっていた。足を斬られ動けない者や深手を負うもまだ命を繋ぎ止めている者の呻き声が聞こえる。

抜き身を下ろし、そっぽ向く沖田を見て永倉は小さく息を吐き、刀を納める。

「副長に連絡するぞ」

そう言い懐に手を伸ばした――その時、

「!」

突如、命乞いをしていた男が永倉の脇腹に頭突きを喰らわした。溜まらず倒れたその小柄な体を押さえつけ、口元に布を当てる。

「?!」

突然の事に永倉は目を見開き男を凝視する。

「チッ!」

沖田は片足滑らせ男の横鬢に刀身を思い切り打ち込んだ。男の首は捻られ体が吹っ飛ぶ。のし掛かる体重から解放された永倉は無言で上体を起こし頭を抱えた。

「ほれ、だから言わんこっちゃない……?」

嫌味でも言ってやろうかと思った沖田だったが、起き上がった永倉の様子がおかしい事に気付く。頭を抱え俯いたまま動かない。

「チビ、どうした?」

首を傾げつつその顔を覗き込もうと屈んだ、その瞬間――


「!!」

鋭い殺気が全身に突き刺さり肩が震える。思わず飛び下がり前を見据えた。

永倉が立ち上がり沖田を見据える。その目は瞳孔が開き、正気ではないように思えた。そしてこの青年の基本構え、片手で刀を持ち中段で刃を相手に見せる片手青眼の構えを見せる。

「何でィ…こいつぁ…」

仲間呼ばれるより、合体されるより厄介な事になっていないか?左の肩を引き、右足を前に半身に開き刀を構えた。刀を右に開き、刃を内側に向ける平青眼の構え。

湿った風と共に小さな水が入ってきた。畳の上に小さな染みを作っていく。
外では雨が降り出していたが、沖田の耳には濁流の音で雨音は聞こえなかった。





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