十二月三十一日、大晦日。

 毎年この時期になると、江戸の治安を守る真選組は激務になる。特に気を張り詰めて仕事に当たらなければならないのは、やはり将軍の護衛だろう。年越しには欠かせない除夜の鐘を鳴らす為の梵鐘がある格式高い社にて行われるのだが、何せ毎年恒例の行事故に将軍を狙う輩が一癖も二癖もある者ばかりなのだ。真選組は万全を期して社全体を警護し、不穏分子は即刻排除する命が下されている。日頃、生と死の瀬戸際に立っているようなものなので、斬り合いに参ずる事はなれたものだが、今年は少しばかり勝手が違っていた。

「ほらね、お決まりのべたなパターンだよ。だから言ったじゃん。裏があるんじゃねぇのって。俺言ったよね?悪い予感するって」

 眉を顰めて、やれやれと頭を振った土方は次いで大仰に天を仰いだ。目に映るのは外にいるにも関らず夜空ではなく、立派な梵鐘であった。奇妙な唸り声を上げると反響し、辺りに音の余韻が広がる。土方は眉間に皺を刻んだまま、だらしなく半開きにした口から後悔の言葉を吐き出していく。その陰鬱な様子を一瞥した永倉は、徐に腰を下ろして手を伸ばす。指先が引っ掛けたのは、二本の導線である。

「どっちにします?もう時間ないですよ」
「ちょっとちょっと、確実なほう切ろうとか思わないの?運試しなんて命懸けてやる事じゃないでしょ」

 小刀を導線に近付けた永倉の動きに慌てた土方は、信じられないものを見るかのような目つきをしながら身を竦めた。

「でも、こればかりは解体しようがありませんし、知っているとしたら此処にいた奴ぐらいじゃないですかね」

 眉尻を下げて事実を述べた永倉は欄干に手を掛け、斜め下に視線を落とす。其処には一人の浪士が頸動脈を裂かれ、高い段差のある此処から転落した為に更なる血の海を広げていた。お前のせいだとでも言いたげな土方に睨まれている沖田こそ、その浪士を手に掛けた反動で転落させた張本人である。今、永倉の指に掛かっている二本の導線は赤い色と青い色で、所謂爆弾の機器に繋がっている。つまり、爆弾の付近にいた浪士ならば解除の方法を知っていたかもしれないのに、沖田は躊躇なく一刀に斬り伏せてしまったのだ。

「過ぎた事をねちねちと責めないで下さいよ。第一、あれが解除方法を知っていたとは限らないでしょう」

 他意はなくとも、この危機的状況を作り上げた一旦を担う沖田であったが、然したる問題でもないと言ったように、むしろ己に非などありはしないという態度で深々とあからさまな溜め息を吐く。当然、それを見た土方の怒りのメーターは勢いよく振り切れてしまう。

「知ってた可能性は充分あるだろ。お前はその可能性をみすみす潰したの。最悪最低だよコノヤロー。てか、むやみやたらに殺すなっていつも言ってんじゃん。後がどれだけ困るかこれでお前もよくわかったでしょ大変なんだよ?」
「うるさいな。永久に黙ってろよ土方」
「テメッ、反省しろや!!永久にって何?俺に死ねって言ってるの?」
「そう、死ねって言ってるの」

 沖田は悠々と腕を組み、麗しい見目にはそぐわぬ冷酷な言葉遣いを容易く捌いた。それに対する土方は眦を決し、蟀谷に青筋の浮いた血管を弾けさせる。しかし、罵詈雑言の応酬が繰り広げられる寸前で、両者の間に片腕が割り入った。片腕の先、武骨な指先は煙草を挟んでいる。紫煙を燻らせながら介入したのは、今し方まで口を噤んで傍観していた近藤だった。

「喧嘩ならこれを始末してからで頼むわ。俺ァもう寒くて凍え死にそうなんだよ」

 沖田も普段と変わらぬ態度であったが、近藤はそれをも遥かに上回る気楽さであった。人目も憚らずに大口を開けて欠伸を漏らし、隙間なく首元に巻かれたマフラーへと口元を埋め、分厚く作られたコートのポケットにも空いた片手を滑り込ませている。惰性で手にする煙草の紫煙は一旦空気に泳がしたままに、近藤は赤くなった鼻をひくつかせて白い吐息を吐き出した。その寒がりな様子を見た土方は、沖田に向けていた怒気が途端に分散したのがわかった。

「おい、あんた状況わかってんの?」
「わかってるに決まってんだろ。じゃなきゃこんなところずっといねぇよ。何が悲しくて風避けもないクソ寒いとこに溜まってるっつうんだ」
「いや、全然わかってねぇよ。寒くて死ぬ前に俺達は爆弾で死ぬ状況なんだよ!まずこれをどうにかするのが先決じゃん!くだんねぇ事言ってねぇであんたも何か案出せよ!!爆弾解除の方法とか知らねぇの?!」
「あー、おう、知ってる知ってる。確か赤だな、赤を切れば爆弾は止まる」
「マジですか近藤さん、さすがです。よし、永倉、赤だってよ」
「ちょッ、待て待て!!新八ィ、早まるなまだ切るな!!!!」

 あまりの呑気さに思わず吹っ掛けた挑発にまさか近藤が乗るとは思わず、しかもそれに乗じた沖田が助長して永倉に決断を課したものだから、土方は咄嗟に声を張り上げて場を取り成す。飽くまで状況を楽観視する沖田と近藤に、常識人で生真面目な永倉はやはり素直には従わなかったようで、導線を持ったままに躊躇していた。土方は永倉の元で膝を落とし、早まるなと一種の呪文のように言い聞かせる。責任感と気楽な雰囲気に対する呆れに永倉は何とも言えぬ表情をしており、土方は宥めながらも背後いる二人の図太い神経を心底憎たらしく思う。

「切らなきゃただ死ぬだけだぜ」

 尤もな意見を近藤は紫煙を吐き出すついでに言い放ち、欄干に背を預けて視線を巡らした。爆弾があると発覚したせいで、除夜の鐘を間近で見聞きしたいと犇めいていた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまい、一変して社は閑散としていた。将軍は疾うに避難しており、今此処にいるのはこの四人だけだ。何故同じように早々に立ち去らなかったのかといえば、自分達は警察で、市民の安全を守る為に危険物の処理に当たったのだと表面的には答える。だが、実をいえば発覚したのが遅く、あまつさえ敵に発見を誘導されたようなもので、真選組に駐屯する爆弾処理班を要請するのにも時間を要してしまっている。爆弾に多少の学がある永倉が電話越しの助言もあり、あと一歩までのところまで解体出来たのだが、最後の導線ばかりは爆弾に精通する隊士が言うにも判断しかねると苦言を呈した。どう急いでも、爆弾処理班が此処に着く頃には爆発してしまう。時間はもう冷静に考える余裕すら許されなくなっていた。

 近藤は吸殻を携帯灰皿に仕舞い、永倉と同じく蒼白とした顔で導線を見つめる土方を見遣る。近藤と沖田に頼るのは完全に諦めたらしく、こっちかなと真剣に決めては二人して覚悟を固め合っていた。永倉もそうだが、特に土方はあらゆる事にも対応出来る柔軟さと耐えうる強靭さを備えているからこそ副長という幹部についているので、今の状況における対処の慌てようは近藤からして見れば何処かおかしさが込み上げるものがある。

「死ぬ時はみんな一緒だしな」

 そう独りごち、近藤は薄らと笑みを浮かべる。隣りで聞き取った沖田は、冗談でしょうと、倣った声量で言って柳眉を顰めた。秒刻みに奏でられる死へのカウントダウンは後数秒までに迫っている。丁度年越しと共に爆発する仕組みのようだった。すると、近藤が新たな煙草を懐から取り出したのと同時、不意に沖田が一歩足を踏み出した。導線を囲うように膝を着く彼らの背後に歩み寄り、立ち止まるや否や逆手で抜刀する。来世もまたよろしくな、だなんておどけて言った近藤に、今度は沖田のいらえは返らない。何を言っているのかと、土方と永倉が振り返った時には、彼女の刀は既に振り被られている。彼らの驚いた表情が、丁度沖田に隠れて見えないのは少し残念であったが、近藤は火を燈した煙草を口の端に銜えながらも喉を震わせて笑った。

 土方の絶叫と永倉の声なき悲鳴が、高尚ある梵鐘に響く。それらを歯牙にもかけず、平然とした顔で沖田は刀を振り下ろす。残り時間一秒のところ、寸分違わず、鈍く光る刃が一方の導線を断ち切った。





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