「え!三日で一箱?!マジかよ!!」
「声がでけーよハゲ」

 病院であるにも関わらず、原田は大きな声を出して瞠目した。幾つかの視線を集めて些か居心地の悪さを感じた土方はすかさず注意を促すが、ハゲ頭の彼は近い日に槍が降るなどと喚き散らす。土方は溜め息を吐き、灰を落とした煙草を銜えた。今いる喫煙所が個室になっていたので、室内にいた者の顰蹙を買うだけに留まったのは幸いであった。この病院は狙われる身でもある真選組隊士を治療してくれており、多大なる感謝はあれど迷惑は決してかけてはならない。故に粗野な隊士には大人しくするように常識を説き、病院に訪れる場合の振る舞いには口酸っぱくして言ったというのに、下手をすればそれも水の泡となっていた。土方達よりも先にいた人々は、不満げな顔をして全員退室する。白い目で見られた事に全く気付いていない原田は一頻り勝手に騒ぎ立てると、此処に来た本来の目的をはたと思いだして懐を探った。

「もうお前一服したら帰れ。頼むから」
「あ?やだよ。そんな話聞いたら黙って帰れねぇ」
「何する気だよ」
「近藤さん元気付ける」

 原田は得意気な顔をして、力強い拳を顔の近くで小さく突き上げた。次いで何故だか嬉々とした様子で箱の封を切り、銜えた煙草に火を燈す。土方は旧友の珍しくないそのお節介に憂慮し、ため息交じりに紫煙を吐き出した。

「余計な真似すんな。テメーが何をしようと白けるだけだ」
「だってこのままでいいのかよ。異常事態だろ?」
「放っておいても直に解決する」

 無造作な口ぶりに原田は何か思うところがあるといったように片眉を上げるも、土方は話は終わりだと言わんばかりに灰皿へ煙草を押しつけた。

「んな大事に捉えんな。ただ稀に見る近藤さんを面白がっただけなんだからよ」

 そう言いながらふらりと踵を返そうとした土方の腕を取り、原田は双眸を鋭く細めた。見透かそうと努めてみるが、原田にはそういった心情を的確に知る術はない。形ばかりを繕ったのも束の間、結局は生来の素直さに従って躊躇なく核心を突いた。

「つまんねぇ嘘吐くなよ。面白がる余裕なんてあんたにはねぇのに。俺に思わず弱音吐くぐらいだ、近藤さんが悄気てる姿見て相当参ってんだろ」
「・・ちょっと待て、俺がいつ弱音吐いた?」
「近藤さんが三日で一箱しか煙草吸ってねぇって言ってた時のあんた、うっすい笑み浮かべてはいたがしょぼくれた面してたぜ?言葉の裏にどうしようって泣き言が俺には聞こえたね」
「そりゃ幻聴だ。久しぶりに煙草吸い始めて頭おかしくなったんじゃねぇのか」

 全く素直じゃない土方に、原田は己のほうが溜め息を吐きたいと胸中で愚痴る。一見、彼は普段と変わらず仕事に打ち込んでいるように見えるが、その実こうして気を揉んでは右往左往している。原田は土方と旧知の中であるから、彼の神経は図太く滅多な事では動じない質だとは知っている。職業柄と言ってもいい。原田もその類いである。真選組隊士であるならば、例え仲間が目の前で死のうとも頭の片隅では確と理性を残しているだろう。そして、少し時間が経てばすっかりと冷静に戻る。そうでなければ人斬りはやっていけないのだから。
 原田は肺一杯を煙で満たし、ゆっくりと紫煙を吐いた。依然と視線を外さない原田に対し、土方は疾うに目を伏せて新たな煙草を吹かしている。辛うじて副長としての体面を保つ彼は、局長とは正反対に煙草の本数が激増していた。

「まったく、あんたらがそんなんじゃ、あいつもおちおち休んでいられねぇな」

 原田はポケットに詰め込んでいた煙草の箱を取り出し、掌中で放って弄る。己の銘柄でも、眼前の男の好みでもない。近藤が好む銘柄だ。気が向いて買って来たというのに、今じゃ無用の物ときた。滅多な事はするもんじゃないと、原田は微笑する。

「なぁ、土方さん。あいつは女だよ」
「・・・何言ってんだお前」

 根本的な確認を投げかけた原田を、土方は奇異な眼差しで捉えた。そんな事は、言われずともわかっている。あれは女で男よりか弱い存在だ。そんな事は、確認されずとも理解しているのに。
 知らず、土方の眉間には皺が寄った。

「俺ら野郎とは作りが違うって、当たり前の事を言いてぇのか」

 土方は吸い口を噛み、紫煙を口内で咀嚼する。空気の如く馴染んでいる筈の苦い味に、何故か不快と感じて仕方ない。顔を顰める土方を見て、原田は押し殺していた笑みを零す。

「そりゃあ理解してるよなァ。じゃなきゃ、じきに解決するだなんて言わねぇ」
「そうだよ、あいつは生きてる。だからそのうち目ぇ覚ますんだ」
「あぁ、そうだな。近藤さんは大袈裟過ぎらァ」
「全くだ。日頃へらへら笑ってる奴があんなんだと、」

 こっちの調子が狂っちまう、そう呟いた土方は苦虫を潰したような顔で舌を打った。
 





救世主なんて存外怠惰なもので










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