団体における要人の護衛は案外暇だ。いや、正確には敵方が乗り込んで来ない護衛は突っ立っているだけでとても暇だった。戦闘を望んでいる訳ではないのだが、非番に駆り出された身としては何とも無意義な時間で、見回りという名の暇潰しを求めて歩く永倉は思わず深い溜め息を吐いた。今回の護衛対象はやはり幕府の高官で、格式ある料亭を貸し切っての会合だった。攘夷浪士からしてみれば纏めて敵を討ち払う絶好の機会だが、真選組も万全の警備を期す。大抵の護衛は要人が会合する場所を丸々警備する形になり、個人の護衛より必然的に動員する隊士は多くなる。最低二つの隊を伴う厳重な警備体制で展開される故に、そこへ敵方が乗り込む為には綿密な計画や多数の強者やらを用意しなければならない。態々骨を折ってまでも乗り込む攘夷浪士は少ないし、そう大々的な用意に動けばあらゆる所へ包囲網を張っている密偵の者が気付く。幾ら密かに動こうとも密偵には全てがお見通しだ。討ち入りの兆候があれば前持って報告があるのだが今回はなかった。きっと何事もなく終わるに違いない。

「二番隊のいる必要ないだろ」

 警備を全うする部下を横目に永倉は呟いて、埃一つない掃除の行き届いた板張りの床を踏み鳴らす。派遣されたのは一番隊と二番隊と十番隊、そして総括を指揮する副長である。実力も申し分ないし、いざという時の連係も抜かりはない。特に一番隊と二番隊の連係による戦闘は隊内で定評があり、こちら側の被害は最も少なく速やかに事が終わる割合が高かった。平素は両隊の隊長が言い合いからの抜刀という殺伐とした遣り取りがしばしば交わされるが、命懸けの仕事となれば態度も一変した。因みに一番隊と十番隊との連係による戦闘は破壊力は抜群だが、決まって後々厄介な事になる割合が高かった。両隊の隊長が単身きって猪の如く突進していく為、様々な支障を来たすという。

「あれ?」

 曲がり角の手前、要人が会合する部屋に近い警備位置には誰もいなかった。辺りに視線を巡らしてみるも求めた亜麻色の姿はなく、奥の部屋から漏れる笑い声が聞こえるだけだった。別段此処は敵が乗り込まない限り重要な警備位置ではないが、要人を安心させる理由で剣豪に名高い一番隊隊長を配置したのだ。もし要人に不在などと気付かれでもしたら不安を煽るだろうに。永倉は眉根を寄せて踵を返し、離れた所で警備する一番隊隊士に居場所を聞くが、居場所どころかいなくなった事すら知らなかったと淡々と話す。そして冷静に上司の仕事を継ぐ部下は何とも慣れた様子で、何故だか永倉が申し訳ない気分になった。

 一番隊隊長、即ち沖田総は確かに仕事を放り出す頂けない癖がある。今日は自分と同じく非番という理由もあり、何かと不満もあるのだろうと永倉は少し同情するが、部下に一言もなしに独断で動くのは警備体制に支障が出かねない。永倉はもし敵が乗り込んできたらと考えて、ふと自分のやっている事が問題視される沖田の行動と変わらない事に気付く。一応部下に伝えたとはいえ、憂慮に備えて警備位置にいるのが常識だ。途端、頭が冴えれば自ずと焦りを覚え、永倉は小走りで自分の配置場所へ向かう。だがその途中、聞き覚えのある莫迦笑いにぴたりと急ぐ足を止めた。次いでそれを咎める潜めた声色は、一時探し求めた沖田のものだった。小さくなった話し声のするほうへ永倉は首を回すと、どうして気付かなかったのかと自分を叱咤したくなる程近くに沖田と原田はいた。中庭のど真ん中で地べたに座り込み、永倉に背を向ける形で雑談を繰り広げている。その堂々とした職務放棄には怒りを通り越して呆れ返るより他なく、今日一番の大きな深い溜め息を吐いて、靴も履かぬまま旧友の元へと歩み寄った。

「お前ら、護衛中の身で何してんだ」
「うおォッ!びっくりしたぁ!」

 仕事の際に癖として無意識に気配を消した永倉が見下げて声を掛ければ、驚いて振り返った原田が大袈裟に肩をびくつかせた。沖田は振り返らずとも気付いていたのか、依然と背を向けたまま、手元の何かに意識を置いている。永倉からは丁度死角になって見えなかった為、角度を変えて上から覗けば、そこには猫がいた。沖田が左右に動かす茎の長い雑草に釣られ、真っ白い毛並みを地面に擦りつけるように転がってじゃれている。

「完全なるサボりだな」
「あぁうん、暇だったし・・」
「だからってふつー猫と戯れるか?」

 あまりの逸脱とした現状に永倉が半眼で睨めば、原田は能天気に悪いなァと、誠意の欠片もなくがさつに笑う。そして首を傾げた沖田がちらりと見上げ、こちらは意地の悪い笑みを浮かべていた。

「あんたもサボりの癖にさ、よくもまぁそんな事言えるよね」
「え?!そうなのか?」
「二番隊の警備配置からして此処まで来る必要はないでしょ」
「サ、サボりじゃねェよ・・。お前らと一緒にすんな」

 じゃれるのに飽きたのか、はたまた疲れたのか、眠る体勢に入った猫の土に塗れた身体を撫でる沖田は、さも可笑しそうに笑みを深める。まるで玩具を見付けたかのような表情を見た永倉は嫌な予感に自ずと一歩後退すれば、顔面蒼白ながらも無理に笑みを貼付けた原田が踵を返そうとする右手を掴んだ。痛いぐらいに掴まれた無骨な手を離そうと咄嗟に左手を動かせば、それは沖田に掴まれる。両手の動きを止められた永倉は急に様子の変わった両者に問い、離すように軽く抵抗するが、これまたどうして気付かなかったのかと自分を叱咤したくなる程に、背後で震え上がるような怒気が訴えていた。

「え・・ちょ、マジで・・・?」

 恐る恐る、万に一つの希望をかけて、永倉も首を回し顔を向け、その人物を確かめる。

「永倉君も共犯でーす」

 希望を打ち砕かれた永倉に追い打ちをかける陽気な掛け声は、鬼の副長による説教とは間違ってもいえない体罰の始まりの合図だった。





役者は揃いましたので









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