戦えなければ、人を殺せなければ、あたしに生きる価値などこれっぽちもなかった。



その双眸、涙こそ落つるなかれ



 姉上を故郷に置いて江戸に上京すると決意した時、あたしは剣に生きる道を自ら選択した。代償はとてつもなく大きかったけれど、敬愛する近藤さんを守る為と思えば後悔などなかったし、むしろこの先も彼の傍らにいれるのだと幸せに感じたのだ。大変喜ばしくないことに土方というオマケも付いて来たが、それも別段気に止める程でもなかった。表向きは副長の座を狙うがそれも可愛いお遊びである。手加減はしていないけれど、土方さんだって弱くはない。昔やんちゃしていただけあって、身体能力はずば抜けて高いから、真剣の扱いだって直ぐに自分のモノにしていた記憶がある。副長になったばかりの土方さんは、生来の粗野なところや負けず嫌いが何かといき過ぎてしまい、角が立つことも度々あった。でも、肝心な要所では恐ろしく頭の回転が早く、その地位に相応しい振る舞いを見せる。次第に己を確立していく公私の弁え方は様になり、増して冷静かつ思慮深くなっていた。規制を課す局中法度に則る土方さんは鬼だと真しやかに囁かれ、江戸の誰もが彼を鬼の副長と認知するのにそう時間はかからなかった。そして、剣の才に恵まれたあたしは大層な人斬りになり、気づけば真選組で随一の腕前を誇るようになる。土方さんはあたしとはまた違ったやり方で近藤さんを、真選組を、守っていた。

「・・・まっ・・、てよ」

 如何なる理由があろうと人の命を摘み取っていることに変わりはない。ろくな死に方をしないとは百も承知だった。在り来たりが敵に刺されて死ぬ、はたまた爆死だろうか。恨み辛みを一身に背負って地獄に行くことは前々から覚悟していた。それがあたしに課せられた罰なのだと。それが今まで殺してきた奴らに対する、あたしが唯一かけられる情けなのだと。

「ま、だ・・たたか、える・・から」

 身体が鉛のように重かった。立ち上がりたいのに、穢れるばかりの寝間着から隊服へと着替えたいのに、刀を手に取って戦場に向かいたいのに、去り行く仲間の背中に向かって叫びたいのに、病に蝕まれた身体では何一つ実現することが出来なかった。焼けるように熱い喉からは、掠れた弱々しい言の葉しか生まれなくて、今のあたしには引き留める術すら見当たらない。だいじょうぶ、かえってくる、まってろ。そんな陳腐な台詞ばかりが吐いて残された無機質な部屋が、吐き出された朱に穢される。後ろ髪引かれて振り向いたのは泣きそうに顔を歪めた近藤さんで、堪えきれない涙が一筋、引き攣った頬を滑り落ちた。どうして?あたしはまだあなたを守れるのに、どうして置いてっいってしまうの。どうしてもう戦うなだなんて残酷なことが言えるの。相も変わらず薄情な土方さんは、ただの一度も振り返らず去っていく。流れる紫煙は遠ざかる彼と比例して、いつだって気に食わない匂いが鼻孔を掠める。なんて無遠慮な野郎だ。枯れていく喉を震わすあたしの前で、平気な面して害を撒き散らすことが出来る野郎は、どこまでも図太い。

「っふざ、けんな・・!」

 刀を振るわなくなったか細い腕を張って、あたしは震える掌で空を掻いた。何も掴めない、拳を作った拍子に鋭く尖った爪が皮膚を突き破る。痛みも感じず、抵抗すら叶わず、緩やかに意識は沈殿した。








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