仲間だと思っていた同士が裏切り者だった、なんて話はそう珍しいものではない。どれ程盃を交わそうと、どれ程命を預ける間柄だろうと、裏切る時は正に一瞬である。それこそ最初から最後まで裏切られた事にすら気付かず、仲間と信じてあっさり斬られて絶命する者も少なくはない。無論、そんな愚行を毎度見逃す程甘い組織でもなく、隊長各を含めた隊士全員の監視する任を負う監察官が厳しく目を光らせている。怪しい動きをすれば大抵は事を引き起こす前に突き止められ、粛正に至る手筈が整う。裏切り者の多くが口にする動機は揃って、幕府の行いが許せないといった不満や妬み、多大な怒りを乗せた負の感情が吐き出される。真選組の意義を胸に刻み、迷いのなかった瞳は胸の内を明かした途端、決まって暗く澱んで恨みを籠めた睨みを利かせた。


 薄らげに砂塵が舞う中へ、藤堂が迷いなく飛び込んだ。垣根から上半身を起こす永倉の元に駆け寄り、傷付いた身体を労って優しく肩に手を置く。永倉は強い衝撃に軽い目眩を起こしていたが、そんな不調には構っていられないと苛立つように舌を打った。

「永倉!大丈夫か?!」
「・・二階に、行ったんじゃなかったのか」

 永倉に平素の余裕は窺えず、掠れた声が喉を鳴らした。利き手からは夥しい血が滴るが、そっと空いた左手で隠すように患部を覆い、強い意思を宿した双眸で目配せする。仲間の見飽きた強がりに藤堂はまたもや口を噤まざるを得なくなり、不満は溜め息に逃がしてやり過ごす。藤堂は返答すべく唇を開いて言葉を紡ごうとすると同時に、視線は自ずと剣戟のやまない半壊した部屋の中へ向けられた。

「・・・え、」

 開いた唇から漏れたのは驚き以外の何ものでもなかった。唖然とする藤堂の視線の先では、局長である近藤が目下捜索中である吉田と剣劇を繰り広げていた。堅実に近藤が攻め立てており、満身創痍の吉田の猛攻を封じているところを見ると、直に勝負は付くだろうが、思わぬ人物の登場には驚きを隠せない。

「何で吉田が此処にッ!」
「裏庭から回ってきたらしい。だけど、それよりも・・、」

 永倉は戸惑うように言葉を切り、未だ舞う粉塵を見据えながら刀を杖代わりに立ち上がる。思わぬ出会いに藤堂は弾かれたように沖田を見遣るが、蘇芳色の双眸は最初から吉田を捉えてはいなかった。永倉と同様、予想外の事態を引き起こした人物に釘付けられていて、握った抜き身の刃を閃かした。

「・・・やっと、気付いたんですね」

 やけに恍惚とした声色が、この場にいる者の鼓膜を叩く。薄らぐ粉塵から姿を現したのは、れっきとした真選組の隊服を纏う男だった。歳の割には幼い顔立ちをしており、手には些か似合わない血に濡れた刃を提げていた。真選組一番隊隊士でありながら、仲間を手にかけ裏切った男の名は奥沢孝彦。沖田は構えもせず無表情のまま、くつくつと愉快そうに笑う奥沢を見据える。

「まさか一番隊で此処まで事が運べるとは思いませんでしたよ。貴方は良い意味でも悪い意味でも他人を過度に信用しない質でしたから」
「初めから裏切るつもりだったの」

 挑発するように、さも愉快そうに笑みを貼り付けていた奥沢の表情が、一片の感情も移入しない問いに様相を変えた。上がっていた口角は下がり、無表情に冷めた視線を寄越す。微動だにしない沖田への間合いを詰め、刃に滴る血を振り払う。

「俺は真選組に・・―ましてやあんな人の良過ぎる大将に忠義を尽くした事なんて一度もありませんよ」

 最後に大きく踏み出した足は砂利の上を滑り、下段から唸る刃は確実に命を狙っていた。沖田は最小限の動きで回避し、刀を打ち合わせて断ち斬ろうとする力を殺ぐ。振り切った刀身を横目に、沖田は上段に構えて流れるままに正面を打つ。しかし、奥沢は身体ごと引いて戻した刀で振り下ろされる刃を巻き上げ、己の脇へと誘導した。見開いた沖田の目に映るのは向かい来る刃で、考えるより早く身体が危機回避に動く。だがその刹那、沖田の脳内は不意に熱く揺れ、激しい目眩に視界が歪んだ。

「沖田っ!!!」

 よく、状況がわからなかった。絶叫したのは永倉だろうかと、沖田は朦朧としながらもぼんやりそう思った。ふと視界に入った藤堂は酷く泣きそうな顔で此方に駆けていて、そうして漸く己の身に起こった事態が芳しくない事を知る。けれど、指先に感じるのは生ぬるい液体で、手にある筈の刀の柄ではない。身体を動かそうとしてみるが、どうやら地面に尻をついているようで抵抗は叶わない。呑まれていく朱に抗いたくて、沖田は視界に光りをと、命を絶とうと待ち構えているであろう奥沢を覚悟して顔を上げる。

「・・ったい、ちょ・・う」

 沖田はきつく瞼を閉じた。呑まれるのは朱ではなく闇。身体が力なく傾き、受け身を取らなかっただけで走る激痛に身を竦めた。朦朧とする意識の中で、嗚咽混じりの声色が鼓膜を震わせる。
 どうしてそんな顔をするのと、沖田は立場も捨てて問うてしまいたかった。





罪あるいは罰、またはそれに準ずる何か







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