生温い風が開け放たれた窓から入り込み、戦場を吹き抜ける。湿度が高い空間に血臭は濃く香り、一層不快さを増す。その匂いを発する骸は辺り一面に広がり、どれもが的確に急所を討ち取られていた。藤堂は確認するかのように数回瞬きを繰り返す。視界に入るだけでも相当の数に辟易するが、此処からでは見えない部屋にも骸は転がっているのだろう。

「何であんたが来るかなぁ。せっかく近藤さんが加勢に行ったってのに」

 藤堂が半ば這って上がった階段の先、この現状を一人作り上げた沖田が壁に背を預けて立つ。呆れた視線を寄越す彼女の腰に刀はなく、血を被った隊服がやけに映えて見えた。

「お前が心配だったんだよ。それにちゃんと下が落ち着いてきてから来たし」

 口元に手を当てて咳込む沖田を見て、藤堂は不安を露わに大丈夫かと体調を気遣う。一時は高熱を出して寝込んだ程の人間が熱が下がった当日に討ち入りに出張っているのだ。心配するなというほうが無理な話である。藤堂の脳裏には、ふと友人の妙に強張った表情が浮かび上がる。藤堂と永倉は見かけによらず心配性な友人をさりげなく落ち着かせたが、心配の種である沖田はそんな心配は何処吹く風といった感じだ。
 沖田は徐に腰を折ると、懐から白い布を取り出す。

「人の心配する前に自分の心配しなよ」
「確かにそうだな。新八と局長の制止振り切って来ちまったし、絶対後で怒られるな」
「身体を心配しなって言ってんの」

 沖田は深い溜め息を零す。藤堂が負った額の傷口からは血が溢れ、当てがっていた布はたっぷりと血を吸っていた。その用済みとなった布を放った沖田は代わりに新たな布を当てがう。

「随分と手酷くやられたね。首謀者にでもやられたの?」

 命に関わるようなものではなかった事に安心してか、沖田の意識は別の場所へと逸れていた。心配そうに覗いていた双眸は絶命した浪士の手に辛うじて握られた刀の品定めに忙しない。良さそうな刀を手に取っては吟味する様を見ていた藤堂は、問い掛けられた言葉の違和感に眉根を寄せた。

「・・首謀者って吉田だよな?」
「うん」
「・・俺、吉田と殺り合ってないけど」

 両手に刀を持って刀身を見ていた蘇芳色の双眸が、ゆっくりと肩越しに藤堂を捉える。

「だって、吉田は二階にいたんだろ?」
「いたけど」
「お前か局長が片付けたんじゃねぇのかよ」

 話が噛み合わず、困惑した表情で互いを見る。時間にして数秒、沈黙を破ったのは身体ごと向き直った沖田だった。

「確かに二階に突入した時、此処に吉田はいた。でも手下の士気だけあげて下に行った」

 沖田は片手に握った刀の切っ先を階下に向け、即ち藤堂と永倉が奮闘していた戦場を指す。

「なるべく私の手でやろうと思ってたから阻止しようとしたんだけど・・」

 言葉尻に合わせるように切っ先の向きが変わり、藤堂の近くで倒れている二体の骸に向けられた。

「こいつらに邪魔された」

 沖田の眼差しの先には、見覚えのある顔が血に汚れていた。記憶が正しければ彼らは指名手配になる程に危険視されていた攘夷浪士だ。腕前もさる事ながら、監察方の目をかい潜る知的さもあった。彼らに邪魔されたとなれば、如何に沖田が真選組随一の遣い手といえど手間取っても仕方ないだろう。

「言っとくけどよ、一階に吉田は来てないぜ」
「永倉が仕留めたとか。若しくは逃げた」
「ないない。階段付近で張ってたけど俺見てねーもん」

 ひらひらと振られる藤堂の手を見詰める沖田の双眸は思案するように細められる。

「大の大人も神隠しに遭うのかな?」
「・・単純に考えて、隠し通路があったんでしょ」

 沖田は左手に握った刀は其処らに放り投げ、右手に握った抜き身一つで階段を降りる。それを見た藤堂は慌ててふらつく身体を起こして後を追う。

「おい!隠し通路なんて一階にはなかったぞ。てか、吉田は降りて来なかったって言って・・、」

 前を進む沖田はピタリと階段の踊り場で足を止めた。最後まで言い切れず口内で言葉を持て余した藤堂は、背の低い亜麻色の頭を見下ろす。何かを探すように上下左右あらゆる方向へ動いていた目がある一点で止まった。

「見つけた」

 幾分弾んだ声色を耳に、藤堂の視線が沖田と同じものを捉えた。其処には一見しただけではわからない、小さな溝が床に沿うようにあった。階下からも階上からも死角になる踊り場はある意味絶好の逃げ場だ。丁度指先が入る溝に核心を持った沖田は勢いよく上に持ち上げると、思いの外重量の感じない壁を真似た扉は呆気なく開かれた。まるで誘うように吹いた風が通る狭い通路は、天井に吊された裸電球だけがぼんやりと空間を照らしていた。

「んじゃ、行ってくる」
「あ?俺も行くよ」

 一歩足を踏み出した沖田の鋭い視線が肩越しに藤堂を射抜く。

「あんた自分の状態わかってんの?今にも倒れそうな顔して」
「お前に言われたくねーっての」

 藤堂は小さく笑みを零し、沖田を後ろに追いやって前へと進む。血を流し過ぎた所為か、視界がぶれて危ういのも確かだったが、背後で文句を言う彼女も症状は違うにしても本調子でないのは確かだ。現に藤堂が見ないところで、沖田は不調に顔を歪めて咳込んでいた。気付かれないとでも思っているのだろうか。

「まあ、強がってるのはお互い様か」

 溜め息と共に吐いた言葉は人知れず落ち、藤堂はすぐに抜刀出来るよう気を張り詰めた。





この息は終わらない







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