海田屋事件から一週間後。沖田、永倉、藤堂の三人は本日めでたく退院した。医師による的確な薬の処方と点滴のおかげで沖田は徐々に回復していき、永倉は傷口を縫って抜糸までは養生にするように、一番の重傷である藤堂は暫くは屯所での安静が言いつけられた。狙われの身でもある真選組の隊士はあまり民間の病院では長く世話にはなれない為、三人は全快とは言えないものの安定した状態で屯所へと戻った。藤堂は帰宅して真っ先に医務を務める隊士に捕まって自室へと連行されたが、なるべく外出はしないようにと注意された沖田と永倉は早々に自由を与えられた。永倉は大人しく、というよりは生真面目な彼は溜まった書類を片付ける為に自室へ戻ったが、沖田は注意など歯牙にも掛けず外へ出る気であった。その前に、偶然にも今日非番である部下達を集めようと、沖田は携帯電話を取り出しつつ、一番隊の大部屋へと向かった。


「ごちそーさまでしたァ!!!」

 薄っぺらになった財布をポケットに仕舞い込んで店を出ると、深く頭を垂れた部下達が声を揃えて謝辞を口にした。強健な身体つきの男共が揃って敬意を表す様はその道のやくざに見えなくもなかったが、江戸で広く認知されている沖田のおかげで辛うじて彼らは真っ当な人間に認識された。真選組の者かと、行き交う人々は納得して通り過ぎて行く。
 部下に囲まれる沖田はひらりと手を振り、畏まる態度を改めるように促した。

「だからそういうのはいいって。感謝される謂れはないんだから」

 沖田は少し困ったような顔をして、近くにいた部下の肩に手を置く。ほら、頭上げてよと急かせば、部下は勢いよく上半身を起こして沖田を真正面から見据えると首を傾げた。

「だって、俺らも隊長に奢られる謂れはないですよ?」
「・・だから、その謂れを話そうとしてるんじゃない」

 沖田は一個隊を纏める隊長としての責務を果たし、皆に謝罪をしようとしていた。奥沢を最終的には粛清したとはいえ、少しでも同情をして剣先を鈍らせたのは確かだ。永倉達にはあやふやに済ませてもまかり通るが、上司の立場としてはきっちり筋を通さなければならないと思っている。しかし、部下を集めていざ話そうとすると、何故そうなるのかいきなり焼き肉を食べに行く事になったのだ。奢って下さいねと言ってくる辺り、沖田の言わんとする事は察していて、奢りでチャラにしようとしているのだろうが、沖田としてはもちろん納得がいかない。奢るのは一向に構わないが、これではケジメをつけずに甘えているようなものだ。話そうとする度にはぐらかされ続けた沖田だが、もう強引に外だろうが伝えるべきだと決起する。

「お願いだから、みんなに聞いてほし、」
「沖田たいちょおぉおお!!」

 沖田の言を遮って、ここぞとばかりに神山が前へと踊り出た。ピシリと背筋を伸ばし、敬礼する様は相変わらず沖田に忠義を示す。またかと、鬱陶しく思った沖田は視線を逸らすが、其処にも真っ直ぐな想いが在る。一番隊隊士の皆が、一様に自身の隊長へ従う姿勢を保ち続けていた。

「どうぞこれからもよろしくお願いします!!」

 毎度仰々しい神山を見つめて、沖田は半ば唖然として突っ立つ。息を吐き出すかの如く紡がれる返答も出来ず、幾つもの強い眼差しを一身に受けて尚、どう反応していいのかわからなかった。

「沖田隊長」

 穏やかな声色で呼び掛けられて振り返ると、車道に真選組の私用車が停まっていた。運転席から一番隊隊士である眞野が顔を出し、沖田を呼ぶのに続いて乗車を促す。皆で歩いて焼肉屋まで来たというのに、いつの間に車を取りに行ったのだろうかと不思議に思うのも束の間、隊士達が途端にざわついた。

「えー、隊長は二次会行かないんですか?この後飲みに行こうって話してたのに」
「おい、眞野!お前も何ちゃっかり帰ろうとしてんだよ。飲みに行くって約束したろ?」
「滅多にねぇ隊長との外食に水差すなよなー」

 不満に沸く隊士達だが、一方的にそれを受ける眞野は涼しい顔をして沖田を助手席に誘う。いまいち己の身の置き場に困る沖田は二の足を踏むと、神山が目敏く躊躇する細腕を引いた。すると、見兼ねた眞野が車を降り、同僚を見渡してから上司へと目を落とす。

「退院してから副長にまだ会われてないのでしょう?」
「・・熱で倒れてから会ってないかもね」
「それでは益々会われたほうが良いかと思います。事後報告も兼ねて」

 面倒事から逃げた沖田を難なく見抜いた眞野は流石とでもいうべきか。彼は沖田の右腕といわれ、怠け癖のある上司をそつなく支えている。また戦闘においても隊内では沖田に次ぐ実力者だ。ずば抜けた視野の広さはあらゆる面で発揮され、隊長不在の際は主に眞野が指揮する。故に沖田に次ぐ有権者でもあるのだが、眞野はそれを誇示したりはしない為に、同僚とは依然と気易い関係が築かれている。加えて、彼の生真面目さと温厚な人柄が嫌味に見せないようで、沖田からしたら己には勿体ないほど出来た男が自隊に就いたものだと度々思わされる。

「あの、ごちそうさまでした」

 止めようと絡みつく隊士達を巧みに振り切った眞野が、乗車するなり律儀に頭を下げた。そして続けざまにすみませんでしたと謝り、まだ騒ぎ立てる仲間を一瞥するものだから、沖田は薄く笑って、なんで謝るのと眉を下げる。

「充分楽しんだよ。みんなで外食するのもいいね。今度から定期的にやるのもいいかも」

 本心からそう言って頬を緩めれば、眞野は安心したように微笑した。沖田がシートベルトを締め、最後に仲間へ向けてひらりと手を振れば、車は緩やかに発進する。バックミラー越しに見送る仲間を見て、沖田は密かに溜め息を吐く。結局、甘やかされてしまった。

「・・誰も、奥沢の事に触れなかったの」

 せめて彼にだけは胸の内を吐露してしまおうかと、沖田は小さく口を開く。罪悪感から逃れたいだけじゃないかと今更ながら気付くも、このまま黙っていても騙しているような気がした。
 一番隊隊長は、冷徹でいなければならない。率先して粛清していたのはそのいい例で、例え相手が自隊の者であろうと情けはかけた事がなかった。機械のように、狂いなく命を絶つ。いつだって、平常心を忘れないよう心掛けていたというのに。

「――――奥沢は、」

 静かに、眞野が呟く。流れる景色を見ていた沖田は目を遣って、続く言葉を待つ。

「奥沢は、沖田隊長の事を尊敬していたんですよ。本当に」

 念を押し、ハンドルを捌く眞野に嘘はない。嘘など、この生真面目な男はつける筈もない。

「隊内では俺と一番に気が合ったんです」
「あいつも真面目だからね」

 すぐに雑務を投げてしまう沖田の傍に、ひょっこりと現れては手伝いに来るのは奥沢だった。巡回を怠けて休む沖田を見つけた時も、奥沢は決まって気難しそうな顔をしたが、やんわりと注意するだけで決して見放したりはしなかった。仕方ないですねぇと言って苦笑しつつも、結局は付き合ってくれたりするような甘いやつだった。

「入隊前から、彼は沖田隊長に憧れていましてね」

 眞野の零れ落ちたかのような言葉を聞いて、沖田は僅かに瞠目する。憧れるとすれば、大抵が精鋭の集う一番隊、つまりは斬り込み隊にが最も多いだろう。沖田に憧れて入隊する者は極少数で、大半がどのような腕前を持って隊長という座についているのかを疑ってくる。
 また物好きがいたものねと沖田が呟けば、眞野がちらりと目を動かす。沖田は向けられた眼差しを受け止めると、力の抜けた笑みを浮かべた。

「あんたと一緒。だから気が合ったんだ」
「えぇ、そうです。俺達、物好きだから」

 くすくすと、隣り合う二人は肩を弾ませて笑う。先に笑みを収めたのは眞野で、沖田は何の気なしに汚れのない両の手に目を落とす。

「憧れていたからこそ、吉田に利用されたんだと思います。警戒心の強い隊長に近付く為にはその感情は打ってつけですから。そして恐らく、奥沢が隊長を心の底から慕うようになる事も見越していたんでしょう。そうすれば、――隊長が裏切りに気付き難いと思った」

 吉田の懐刀として、奥沢は沖田の傍にいた。海田屋での件が起こる直前まで、奥沢は裏切る算段である事を吉田に知らされていなかった。それは実に良策である。余計な下準備をさせてしまえば、例え自隊の部下でも敏感な沖田は勘付いたであろうから。

「まんまとしてやられたって事か」
 
 己が傷付けられるのは構わなかったが、死者を出したのは痛かった。優しい藤堂は己の部下が死んだとしても沖田に恨み事の一つも漏らさず、それどころか粛清しに行くと言った彼女を叱咤してまで止めた。罵倒でも殴るでもしてくれたほうが、藤堂の気を晴らす為にはよかったというのに。

「落ち込んでます?」

 屯所に到着し、シートベルトを外す沖田に向かって眞野は訊ねた。意地の悪い問いに沖田はドアを開けながら、素っ気なくまぁねと返す。でしょうねと言う眞野はどうも彼らしくなく、車から降りた沖田は怪訝そうな顔を向けた。

「沖田隊長はもう充分に傷付いているから、みんな傷口に塩を塗るような真似はしないんですよ。まぁ、あれはあからさまでしたけどね」
 
 だから奥沢の事には触れないのだと、言外に仄めかした眞野は小さく頭を下げて暇を告げた。沖田はまたしても言葉に詰まり、送ってくれた事に対する礼だけを告げてドアを閉める。
 すぐに発進して遠ざかる車を見送り、沖田は解錠しようとする門番を止めた。丁度通りかかったタクシーに乗り込み、行き先を告げて背もたれに寄りかかる。横に続く屯所が視界の端から消え、街並みを眺める沖田は徐に空を見上げた。清々しい夏空は、とても眩しくて、目に痛かった。





綺麗な言葉だけ知っていてもそれでは彼女は救えない







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