王子様の過去
□理人視点



まことの自由奔放さには毎回呆れる。振り回されるのが当たり前になっちまったから、微塵も怒りを感じない。むしろ、まことは今の方がいい。



***



「今日からまことと遊んでくれる理人くんよ。迷惑掛けちゃ駄目よ」
「はい、母さん」

女の子みたいだ、と思った。まことは小さくて、可愛らしかった。白い肌にうっすらピンクの頬っぺたなんて、どこのお姫様だ、とさえ思った。

「…おれ、お外であそんだことないんだけど……」
「そうなの?すっげえ楽しいよ。行こう、まこと」

俺には兄弟がいなかったから余計に嬉しかったのかもしれない。俺の後ろを慌ててついてくるまことは、可愛い弟みたいだったから。

「ねえ、理人くん」
「理人でいいぜ」
「理人!…おれ、しらないことばっかだから、いっぱい教えてね?」
「おう、もちろんだ!」

まことはいつも俺の手を握っていた。はぐれないように、という理なのかもしれない。悪い気はしなかったし、頼られていると思えば嬉しかった。
最初はあまり笑わない子だと思っていたが、一緒に遊んでいるとよく笑っていた。人見知りだったのかもしれない。


いつものように、外で遊んでいたある日。もう日が暮れるという時間だった。日暮れの頃にはまことを家へ送るように母親から言われていた。まことのお母さんじゃなくて、俺の母親に。

「そろそろ帰るぞ、まこと」

いつもなら手を差し出せば笑顔で握って来るのに、この日は違った。黙ったままその場から動こうとしないのだ。

「まこと」
「いや」
「お母さんが心配するぞ」
「しない。…おれ、今日はかえらない…」
「なん」

なんで。そう言おうとした時、まことの目から涙が溢れた。

「母さんは…おれのことなんて好きじゃないもん…あの人のことが好きなんだ……っ」

あの人──それがまことのお父さんではないだろうということはガキの俺にでも理解出来た。まことのお父さんは出張で帰らないらしかった。まことはお母さんに言われたんだと言う。

『まこと、今日は帰って来ちゃ駄目よ。ママのところに大事なお客様が来るの。まことはいい子だから分かるわよね』

その言葉にまことはどれほど傷付いただろう。いや、それだけじゃない筈だ。もっと前からまことは孤独だったんだ。何で気付いてやれなかったんだろうと俺は自分を責めることしか出来なかった。


「…理人は、ずっとおれのそばにいてくれる………?」


俺はまことを辛い目に遭わせたくなかった。俺が傍にいてやればいい。ずっと、ずっと。




***



「…理人?」
「………ん…」
「どうしたの、ボーッとして。…あ、糖分足りてないんじゃない?仕方無いなぁ、チョコあげるよ」
「…さんきゅ」

あれから、ずっと俺はまことと一緒だ。あの約束──いや、約束とは違うのかもしれないけれど、俺は一度も忘れなかった。

「理人?やっぱり元気ないね」
「…別に。チョコレート食ったら元気になったわ」
「…なら、良いんだけどね」
「お前も食うか?」
「ううん、俺は要らない。理人にあげた物だしね。早く行こ、授業始まっちゃう」
「…そうだな」


走るまことの背中を追い掛けるように駆け出した。



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