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私の役目





四日前、ようやくティリアがこちらへ住み始めた。
私は父や義母の居る建物とは違う建物に住んでいる。いわば離れに。

こちらへ来たということは近々婚儀を挙げるということになるのだが、私たちの中ではまだ詳しいことは決められてない。
近いうちに遠征があるらしく、こちらに住み始めても実際婚儀にはまだ遠いようだ。


今日の朝も、ティリアは私の部屋に訪れた。



「おはようございます、スコルピオス様」

何もない日や、普段は別の部屋…といっても隣だが…に寝ている。そのため、朝は食事前にこうして部屋を訪れて顔を見せるようにした。

「ああ、おはよう。今日も早いな」
「そうですか?向こうではお花にお水をあげていたので、いつもこのくらいには」
「自分でやるのか」
「ええ。愛情をたっぷり注ぐと、それに答えるようにきれいに咲いてくれるので、楽しみなんです」
「ほう…」

そういって部屋に飾られている花の水を入れ替えるティリア。無意識のうちに花の手入れをするのだろう。


「あ、今日も朝食をご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「構わん。…それより、その敬語をどうにかしないか」
「うぅ…すみません」


敬語も時々は抜けるものの、やはりまだ身に染み着いているためになくすことができないらしい。
花の水を取り替えているティリアの隣へ立ち、その様子を近くで見る。
やがて開ききり、美しさが半減してしまった花を摘んでいる。

「どうかしましたか?」
「いや。昨日まで美しく在ったのにと思ってな」
「でも、一瞬でも美しく咲くことが花の本望なのだと思います」

そういって自分の使命を成し遂げたと言わんばかりの萎れ始めた花を丁寧に束ねた。
ありがとう、と。

「…そろそろ、朝食にするか」
「あ、では私はこれを片したら参ります」
「わかった。先に行ってるぞ」
「はい」


本当に花を大事にする娘だと思う。
はじめてここで夜を明かす日、私の部屋で共に寝るまで花を気にし続けていた。
花のように気高く生きる。

まぁ何にせよ、この花はもう私のものだがな。








こうやって共に朝食をとるのは三度目だ。
近くに女中がいるのがまだ慣れないのか、少し緊張の目をして朝食をとている。
まったく、朝食の時までゆっくり出来ないとなると疲れるだろうに。

「ティリア」
「はっ はい、何でしょう」
「…落ち着け。別に緊張することではないだろう」
「や、でも…」

ちら、と女中の方を見、視線を私へと戻す。
私は何をすればいいのだ。そんな目で見られても何も出来ん。


「そういえば、腰の具合は大丈夫なのか」
「ぶっ」

口に含んでいたスープを吐き出さないようにしたのか、ゴホゴホと咽せるティリア。女中がクスクスと笑いながら背中をさする。


「ごほっ っは、」
「す、すまん。そんなに咽せるとは。一昨日、ミーシャに抱きつかれて崩れ落ちていたので気になってな…」
「し、食事中にだす内容ではありません…っ」
「しかし、私は心配しているのだ。私の責任だろう」
「こ、腰は大丈夫です!ですからもうその話題はっ もう、恥ずかしい…!」

取り乱すティリアに小さく笑い続ける女中。
落ち着いてきたので女中に「もう大丈夫」といっていたが、顔を真っ赤にして目を合わせないところをみると気まずいらしい。


「殿下…イジメは反対です」
「イジメなどではない。心配しただけだ」
「うぅ…」


「確かにあの子のあのアタックは効きましたけど…」と小さい声で言ったが、私には丸聞こえだ。

「懲りずに構ってやってくれ。まだ遊び相手がほしい年頃だ」
「ええ、それはもちろんです!」
「あの二人は本当に…お前がきて感謝をしている」


照れくさいのか顔を下に向けて頬をほんのり桃色に染め、目をそらす。

「次は…次は、スコルピオス様のお役にも立ちたいです」

照れながら上目遣いで放つその言葉に、私はドキッとした。危うく欲情するところだった。


「お前はもう役に立っているだろう?」
「へっ…?」
「何のためにこちらに住ませたと思う。急かせたのは何故だと思う」
「う…?」
「…お前と出会って、お前が近くにいないと落ち着かないからな」
「え、それはつまり…?」
「何度も言わせるな!お前は、ここにいるだけでいいんだ」


えっえっ?と、口をぱくぱくさせている姿は、最近よく目にする。
しかしそれは毎回微妙に表情が変わるため、見ていて飽きない。

「あの、スコルピオスさま」
「ん?」
「そういっていただけて、うれしい。私、幸せです」
「…ふん。後悔などさせはしない」



えへへと、まだ子供のような面影を残す笑顔を見せ、止まっていた手をまた動かした。
年のいった女中がティリアの飲み物を注ぎながら「お熱いですこと」と小さくつぶやく。それを耳にしたティリアは再び顔を赤く染めた。

…本当、私とは正反対の娘だ。気持ちが外にでやすいというか、よく言えば素直といえる。
しかし周りのことをよく見ることができ、自分に不利がないように行動ができる。良い娘、という部類だ。


さて、この娘…まだまだ楽しみが沢山残っている。
私が飽きることはないだろう。

今後、どう刺激を与えていくか――場合によっては手に余るほどの“女”に育つだろう。


これからが本番だ。
十分に生を楽しもうではないか。
なぁ、ティリア…?






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書き始め当初から随分と時間が経ったので前半と後半でずいぶんと文章の違いが目立ちます…。

書き終わり 2009.04.17.
加筆修正 2011.09.08.
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