海賊 | ナノ




それから私は6校時の授業を受け、放課後も赤くなった目をそのままに部活を行った。
ナミに今日ぐらい休んだら?といわれたが、先ほどキッドさんとローさんに「負けを認めるようなもの」などと言った手前、休むわけにもいかない。それ以前に“行かない”などと言う答えはなかった。

強く、強く。もっと強く、力が欲しい。
そのためには逃げてはならない。
そう、決めたから。

先輩はその日の部活には来なかった。



「先輩に言ったんだって?」

先輩たちが去り、一年だけの部室でそう言ったのは、中学時代から仲の良い同じバスケ部の夏芽だった。

「うん。聞き入れてはもらえなかったよ」
「…でしょうね」

中学は別。だけどライバルとして知り合い、仲良くなって同じ高校に入り、今、同じ部活で同じ目標を掲げる存在。彼女もまた、私と同じく期待を背負って入部した1人。

「あの人まとめる力があるからさ、きっとその力で押し込められちゃうと思う」
「そんなのわかってるよ」
「コートに立ちたい。あの熱いこみ上げる快感を感じたい。…それを今、我慢するか。それとも自分で掴みにいくか」
「うん…」
「薙那は、自分で掴みにいったね」

着々と制服へ着替えられていく身体。その手は休むことなく、また口も休むことなく動かされる。

「夏芽は…」
「私は、いいよ。先輩たちがいなくなったら、ギャフンて言わせるような凄いプレーが出来るように。今は他の子たちと下積み時代かな」
「…夏芽と、早く同じコートにたちたい」

そう言えば夏芽は目を丸くし、今まで動かしていた手を止めてこちらを見つめていた。

「え、なに?」
「何よ。同じコートに立ったことあるじゃん。相手としてだけど」
「私がいってるのはチームメイトとして!」
「はいはい、わかってるわかってる。…とりあえず、一歩先に歩いててよ、薙那は」

ね、と笑顔を見せ、再び手を動かす彼女。――その笑顔は、ひどく寂しそうに見えた。
私は、はやく夏芽と、ゲームを楽しくしたいんだよ。






2日後、再びに先生から呼び出された。
前回昼休みにはお弁当が食べられない事態になったため、今日の部活のない放課後に。
前回と同じく進路指導室に足を運べば、そこには先輩の姿があった。


「…先、輩」

不機嫌なままの先輩。ベックマン先生は先輩の肩に手を置き、話し出した。

「しっかりと聞くよう説得した。お前の言いたいことを言えばいい」

そうして先生はソファへ座り、タバコをふかせる。顧問だからかこの部屋からでては行かないようだ。
先輩は座らず、私をじっと見つめていた。私が先輩の目と目を合わせると、ふいっとバツが悪そうに顔を背けた。それでも私は、向き合ってはなさければならない。
意を決して、震える手を握り、声を振り絞る。


「先輩のプレースタイル、私すきです」


私の震える声で発せられた言葉が予想外だったのか、先輩はもちろん先生まで目を丸くして私を見ていた。何も言えないのか言わないのかわからないけれど、遮られないならと言葉を続ける。

「中学の頃に先輩のプレーをみて憧れていたんです。それ以来、先輩をお手本に自分の今のスタイルまで持ってきました」

そう、先輩は私の目標、私の憧れ。あの時の中学の出会いが私を強くした。

「中学の頃の先輩はとっても強くて、みんながついて行く、とても魅力のある人のように見えました」
「…今は、見えないって?」
「そういう…ことではないです。魅力はあるのに力が付いていかなかったというか、」

そう、魅力はあるはずなんだ。みんながこの人について行きたいと思える魅力が。それはいつも見せる笑顔もそうだし、意見をはっきりという姿だってそう。
けれど、その魅力に相応のプレー力が欠けてしまった。
中学の頃では十分だったバランスが今ではとれていない。高校でプラスされた分を、自分で吸収仕切れていないのである。


「先輩ならきっと、今の自分の弱さがはっきりわかっていると思います」
「!」
「だから逆にそれを認めたくない。認めてしまったら、試合にでられなかったら、と思っているんですよね?」
「……」
「そう先輩が思っているなら…私は先輩に、強くなって戻ってきて欲しいです」
「…もう、無理だよ」

私の精一杯の思いを、先輩みたいにはっきりと声に出して主張した。あの頃の、私が憧れたような先輩に、とは言わないから。
それでも先輩は、

「何で、ですか」
「それが無理だから、私は今の居場所を手放したくない。私を壊したくない」
「それは…っ そんなの先輩のわがままです! 私たちはチームでバスケをしているのにっ」
「そう、全部私のわがままなの。一年の時に、今の二年全員と決めた、全員で試合に出る。そして結果を残そう…っていうね」


先輩をみれば、その目からは今にも溢れこぼれてしまいそうなほどに涙がたまっていた。


「そう、薙那ちゃんの言うとおりなんだよ。みんな少しずつでも成長してるのに、私だけが目に見えるほどの成長をしてない。それを自覚してから怖くなった。私、ここで終わりなのかもって」

限界に達したのか、先輩の目からは次々と涙がこぼれ出す。
照明の明るさに輝きながら落ちる涙がこの場に似合わず綺麗で。


「悪いことって分かってるのに、認めてしまったら私の居場所がなくなるみたいで…っ」
「先輩…」

先輩は悔しいのだ。自分じゃダメなんだとわかってしまって、他にふさわしい人を見つけてしまって。それでも何もできなくなってしまって。
その涙の意味は、私も―――。


「薙那ちゃんがいるから…っ 私が、いなくても…いいんだって」


私も、わかってしまう。


「先輩、」

涙が流れるのを隠すように、先輩は手で顔を覆う。ゴシゴシと擦る腕を止めるよう、先輩の腕を掴む。

「先輩の気持ち、わかります。わかるんです。…私も同じ経験をしましたから」

顔から離された手は当然のごとく濡れていて、その手を包み込むように自分の手を添える。隠すものがなく露わになった先輩の泣き顔は、目が赤く眉もへたれていてとても弱く見えた。

「私、3年の春の大会に出ていないんです」


軽い怪我で、本当なら試合に余裕で間に合ったはずなんです。でも試合までの練習には間に合わないだろうって言われて。
…結局、私は試合に出れず終い。私の後に付いたのが、一つ下の後輩だった。
そして、春の大会を見て思った。今まで私が必ずコートにいたのに、私がいなくても進行していく。当たり前のことなのに…私がいなくてもいいんだと言われてるみたいで。
私の場所があの子に奪われていく。
そしたら私はどこに行けばいい?
…違う、他に居場所を求めるんじゃない。奪われたなら、もう一度そこに戻るまで。


「…取られたら取り返せ。それから今までの分を埋めるように、練習に打ち込みました。その結果、冬より断然に成長して夏大のコートにたてたんです」

当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなかった。私がいて当然、なんてことはなかった。怪我をして、奪われて、初めてわかったこと。
それがあったからこそ私は成長できたし、夏大に復帰できた。意識も変えられた。一回り大きくなったと、自分でも思えた。

「先輩がわがままを言ったなら、私もわがままを言います。…先輩、一度手を引いて、第三者の目で部活を、試合を見てください。それで、強くなって戻ってきて下さい」


先ほどから握ったままの先輩の手にぎゅっと力を入れる。
できる、できる。先輩なら絶対できます。

できるなら、私が憧れた先輩に、もう一度あこがれさせて下さい。


「無理だよ…っ」
「無理じゃないです!」
「私は薙那ちゃんみたいに強くない、私は無理だよ」
「もっともっと先輩の居場所を奪う私を憎んで下さい!」

ふるふると頭を左右に振る先輩。私は自然と大きな声で怒鳴っていた。
はっと気づけば先輩も涙を流しながら固まっている。心を落ち着かせるように、息を吸って吐く。

「先輩は…何かに蓋をされて伸びないだけなんです。確かに資質はあるんです。押さえ込んでいるものを取り払えば、本当の先輩のバスケが解き放たれます」

先輩と私は違う人間。全く同じとは行かないけど…それでも先輩なら大丈夫だって思うんだ。


「憧れた先輩と、スタメン争いをしたいです」




2人で泣いて、先生は何も言わずに見守ってくれていた。私が落ち着いた頃に「あとは2人で話し合うから」と言って1人帰らせてくれた。
教室に戻ると、1人で練習をしていたのだろうキッドと、ロー、軽い練習だったのか部活を早めに切り終えてきたらしいルフィがいた。

「あれ、どうした、の?」

教室へ足を踏み入れれば3人の視線が自分に注がれる。

「にししっ 薙那を待ってたんだ」
「また泣いて帰ってくると思ってな」

そう言った3人の手には氷水の入った袋。保健室のチョッパー先生からもらってきたのだろう。
けど…

「そんなに、いりませんよ…」

氷水3つに私1人。2つ使うにしても1つ余ってしまう。
でもルフィやまだ話すようになって間もない2人にまで心配をかけてしまっていた。申し訳ない気持ちの裏に、なんだか嬉しい気持ちが芽生える。

「でも、遠慮なくいただきますね」

3つもらうと、心なしか1つ1つの大きさが小さかった。ひやり、熱を持つ肌が気持ち良さを引き立てる。

「帰るか」


ローの放った言葉に3人が続く。
そのまま4人の帰り道。からかって駆け出すルフィに、それを追いかけるロー。危ねぇと2人を止めるキッド。初めてのメンバーだったけど、ずっと前からの事のように思える。

帰り道に氷水が小さいわけを話してくれた。
みんな保健室でばったり会って、目的が3人とも同じなのを聞いてチョッパー先生が小さく3つに分けてくれたらしい。
チョッパー先生ありがとう。しっかり3つ分使ってます。


そしてその日先輩と先生の間で出された結論は、次の日の部活で男女の部員全員の前で発表された。

「今日から女子のメインメンバーに薙那と夏芽を加える。冬に向けて使える奴は使っていくからな!以上」

男女ともに「はいっ」と返事をし、私は夏芽を見る。他の部員は散らばっていくから、そこには2人だけ。

「夏芽」
「薙那」
「やっと同じコートにたてる」
「うん」
「これからだよ」
「…そうだね。これから、まだまだ伸びなきゃね」


私は右手を、夏芽も右手を。
勢いよく手と手を合わせ、互いの手を握る。

「よろしく、相棒」
「こちらこそ」


ウィンクをした夏芽に私も仕返す。
ぐっと握りしめられた手に、希望を詰めて。





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部活がらみの話はずっと書きたいと思っていました。オリキャラが出しゃばってすみませんでした…。

2010.11.29.
加筆修正:2013.01.12.
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