部活帰りにいつもの奴と別れていつもの道をはずれて住宅街を歩いていく。
雲をさらっていく風は昼間よりも冷たくて、黄金色だった空の焼け跡には星が光りはじめている。あとひとかけらで満月になりそうな明るい月も頭上にあって、いつのまにか夜だった。
建ち並ぶ家にまぎれるようにある公園が見えてくると、呼び出していた相手がもうそこのブランコに座っている。
ぽつんと見えるその姿は暗くて冷たい景色のなかであんまりにもちっぽけでやわなのに、はっきりと俺の視界のどまんなかに居座る。


「ついたら連絡するつったのに」
「家でじっと待つの苦手なんだぁ」
「暇人かよ」
「かわいくないなー二口は」
「危ないだろ、こんな暗い公園に女ひとりって、こどもが見たらこわがるだろー」
「そっち?なんなの帰っていい?」
「帰んの?」


となりのブランコじゃきっと俺にはもう小さくて、冷たい鉄の仕切りに腰掛ける。
正面に居る相手を見下ろせば帰ると言っていた口をとじて寂れた花壇や無機質な砂に目をやっていた。
言い返せないでいる困った顔にもう一度「帰る?」と声をかけてみれば「帰っていいの?」と返されて、行方なんかどうでもいい押し問答は終わらせた。
それなりに仲のいいこいつを呼び出したのは初めてのことだった。
もっといえば女を呼び出すなんて初めてだったし、こんなに気持ち任せな行動に出たことも初めてだった。
今日は誕生日だというのに土曜のせいで学校は休校。唯一会うバレー部には二日違いの先輩と昨日まとめて祝われたせいで俺の誕生日なんかほとんどもう済んだことのようになっていた。
むしろ、サーブ練すれば「誕生日だから多めにいっとく?」、レシーブ練のときは「年の数だけうつから拾え」、後輩に八つ当たりすれば「大人になれ」と、誕生日を逆手にとられてろくな一日じゃなかった。
まぁこんなものだろうとも思っていた。
一日早かろうがまとめてだろうが祝われたことに変わりは無いし、彼女もいない部活三昧の爽やかスポーツマンの誕生日なんてこんなものだと、負け惜しみでもなんでもないありのままを受け入れていた。
手をつっこんだエナメルのなかががさりと音をたてる。
タオルをクッション材みたいにして包んでいたものを取り出してみせると正面から砂利が擦れる音がした。
伝わってくる動揺に比例するように俺の口角も上がる。


「これ」
「ちがう」
「なんも言ってねーけど」
「……」
「お前からだろ」
「青根くんでしょ」
「なんで青根って知ってんの」
「うわっ」
「ちょろすぎ、鎌先さんかよ」
「わー!バレた!」


誕生日だからって、年をとったからって、何も変わらない一日の終わり。誕生日なんて頭からもう抜けていたとき、いつもと変わらないはずの青根の手元にいつもと違う特別があった。
落ち着いた色に包装されたそれはそりゃあ青根の手元に似合ってはいても、青根からではないと直感が告げる。こんなもの用意する時間も思いつきも青根には無いだろうってことを頭のどこかでわかっていた。
極めつけ、これはお前からかときいてみれば、嘘をつけない青根は頷きもしないでうんともすんとも言わなくなった。
プレゼントを用意しておいて他人に預けるようなやつは誰だろうかと身近な人物を思い浮かべてみれば、そんなやつはひとりしか思い当たらなくて、勢いのままこの公園に呼び出した。


「お前、自分でわたしにこいよ。昨日でもよかったのに」
「だって二口の誕生日って今日じゃん、今日もらったほうが嬉しいかと思った」
「そーかもだけど、俺のなのに青根がお前からわたされるっておかしいだろ」
「青根くんが盗るわけないでしょ」
「そーいうことじゃねーよバカ、つーかこれ何?あけていい?あけるけど」
「二口の欲しいものみんなに聞いてまわったんだよ、でもわからなくて」


俺のいないところでこいつと楽しくやっていたのが青根だけじゃなかったことのつまらなさよりも、俺のことで頭いっぱいにして悩んでいたらしいことへのむずがゆさがおさえられない。
幼稚な独占欲はどうでもよくなって紙袋をあけてみれば、何かのキャラクターのビニール袋がふたつ入っている。取り出して電灯のぼやけた明かりにかざせばクッキーとグミだとわかった。


「ほんとにみんなに相談したんだよ、でも女川くんは安らぎとか難しいこと言うし」
「それ女川も言う相手間違ってるだろ、お前に安らぎって」
「ちーかま先輩は胸でかい彼女が欲しいんじゃないかとか言うし」
「えっ三年の教室まで行ったの、俺のためにわざわざ」
「たまたまいたバレー部の先輩たちに声かけただけ」
「はいはいー」
「ほんと緊張した、バレー部の先輩かっこいいから」
「は、どこが」
「笹谷先輩、女は胸じゃなくて心だって言ってたよ…かっこいい」
「なに簡単に騙されてんだ」
「茂庭先輩は、なんでも嬉しいんじゃないかなーって言ってくれた」
「あーその通りだけどいちばん困るやつだ」
「そうそう、で、バレー部っぽい物はバレー部があげるよね?そしたらもうグミつくるしかないよね」
「うぇっ手づくりかよ」


手元のビニールの中身を眺めてみれば「昨日だけど味見はしたから!たぶん大丈夫だから!」と不安な言い訳が聞こえてくる。
こいつの柄にもない手づくりに俺が柄にもない気持ちでいることはまったく伝わってないみたいで、というか今の気持ちは自分でもわからない。伝えようがないから伝わらないのも仕方ないのにもどかしい。


「プレゼントそれしか無いからね」
「喜んでるから、一応」
「よかった、急に呼び出されたから、何かよこせって言われるのかと思ってた」
「独り身こじらせると思考歪むのな」
「うるさいよ、そのとーりだよ」
「呼びたくなったから呼んだだけ」


青根の手からわたされたプレゼントを追及したかった。
ちゃんと礼が言いたかったし、ちゃんと祝われたかった。
話がしたかった。声を聞きたかった。顔が見たかった。
いろんなことが渦巻いて、窮屈になった喉から出た言葉はひとつだった。


「会いたかっただけ」


掠れそうな声が吐いたこたえは正しいのかわからない。
会いたかったのは本当だけど、それだけじゃない。
きっと気温二桁もないくらい寒い公園に風が吹く。
この距離でも顔が見えるくらいやけに明るく照らす無粋な月を雲が隠していく。
いい機会だと距離をつめて目の前にしゃがみこめば、これでもまだ遠くに思えてしまってあからさまに求めている欲を知った。


「会えてよかったよ、誕生日おめでとう」


ひとつも触れ合わない距離で、見上げて交わす視線は暗闇にとかされていく。
お前が好きだよ。
思うよりも、言った声のほうが少しだけ早かった。


20141109~KEY TALK
20141110~Happy birthday!


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