学校帰りにファミレスに寄っておなかいっぱいの帰り道。友達と駅のホームに降り立つと、飛びだす絵本みたいに大きく存在を主張する二人組が並んで立って電車を待っているのが見えた。ちょうど私が乗る電車が到着するところで、騒々しく情緒もなく友達と別れて電車に足を踏み入れる。笛が響き、電車が進むまで友達と手を小さく振りあい、完全に顔が見えなくなってから揺れ動く車内を歩いていく。ひとつふたつどこか期待に胸を膨らませながら扉を進んでいって、おおきな身体だとか白っぽいジャージだとかいろいろと目立ってしかたのない二人組を見つけた。あふれる高揚を隠せないで不安定な足下も気にせず駆け寄る。「こけろー」という意地悪な期待を踏み潰すように力強く立ち止まり、ちょうどあいていた青根くんの隣にすっぽりと身を置いた。弾力にしっかりと身体をあずけると隣の隣からひょっこりと二口が顔を出す。運動部の部活帰りだとは思えないくらいの涼しい顔がこっちを向いて、食べて飲んでバカ笑いしてきただけの私はきっとめちゃくちゃな図画工作みたいな顔をしていそうで、思わずその整ったまさしく女顔負けな顔から逃げるように顔をそむけた。生まれもった格差というものを感じる。


「ちょーどよかったな」
「何が?」
「座って帰れんじゃん、青根の両隣ってだれも座らねーから」
「なんで?」
「そりゃあごついし眉毛ねーし顔こーんなしかめてるし。俺も他人だったら近寄らねーわ」
「青根くんにそんなこと言わないで!」
「なんだよおまえ青根狙いかよー、逃げろ青根」
「あれだよ、青根くん身体おっきいから、隣に座ると青根くんがキュークツかなってみんな思ってるんだよ」
「それ部活がんばってへとへとの青根に立ってろってこと?うわー鬼だー」
「ちがう、青根くんが遠慮することは何もない!」
「だってさ、青根」


顔を合わせるなりお喋りをとめない私と二口のあいだで黙っていた青根くんが唇をかたく結んだままぺこりと私にむかって頭をさげた。なんだろうと首をかしげていると青根くんの身体がおおきいために心なしか遠くにみえる二口が「今のはありがとうのぺこり」と通訳をする。ありがたがられることを言ったつもりはないけど、こちらこそ、ととりあえず私からもおじぎを返す。二口が言ったように他人から見た青根くんがこわいひとだとしても、青根くんはこんなにも人間味あふれるひとだ。初めからそれを知って関わることができている私はずるいのかもしれないけれど、このあたたかみにふれられない他人がやるせない。おせじにも性格に問題が無いとは言えない二口が好んでずっと隣にいて、そしてそれを受け入れられるのは青根くんが素直だからだと思う。他人から誤解をうけやすい青根くんをありのまま受け入れている二口もきっと根はまっすぐで、二口と青根くんは、根っこは同じなのかもしれない。
それからいつも教室でしてるみたいに二口とくだらない言い合いをしては青根くんに力技で止められたり、ほぼ二口のマシンガントークになっているバレーの話をなんとなく聞いていたり、コンビニのおでんの好きな具やクラスの男子の馬鹿話、今日友達と行ったファミレスで小さな男の子に手を振られたこと、そんなとりとめのないことをだらだら話していると車内の乗客はまばらになっていく。ぽつぽつと住宅や何かの店の明かりが見えるだけのほぼまっくろい窓に私たち三人が映る。つき合わせる顔や話すことは日常的でも場所が変わるとそれだけで新鮮に感じて楽しい。動く景色がゆっくりになっていき、金切り音とともに電車がとまる。何駅目かの停車駅を告げるアナウンスと同時に青根くんが立ち上がって、私の隣はぽっかりと大きく空間ができた。初めてまともに二口と目が合う。逸らすように青根くんを見上げると青根くんは二口のほうを見ている。


「青根くんここで降りるんだね、じゃあ、バイバイ!」
「青根、先いって」


まだ扉があいたばかりだというのにすぐにアナウンスが発車を告げる。青根くんは二口の言葉を聞いて小走りで降りて、手を振る私たちを窓のむこうから見送ってくれた。ほんとうにただ眺めるように鋭いふたつの目で見ていてくれた。


「あれはバイバイって顔」
「二口って青根くんの通訳なの?ていうか二人って降りる駅同じじゃなかった?」
「おまえどこで降りるんだっけ」
「あとふたつ先」
「こないだバレー部のやつのカノジョがさぁ、痴漢にあったって」
「痴漢って満員電車であるんじゃない?」
「がらがらの電車で見せられたって」
「なにを?」
「これを」
「そんなとこ指さすのやめて。え、じゃあ二口は私を送ってくれるの?どうしたの?」
「……」
「寝た!?」


腰をあげて、あいたままだった青根くんが居た空間を詰めると前髪がかかる漆黒のまつげがぴくりと反応をしめした。依然両目は閉じられたまま。送るなんてらしからぬ行動をして寝たふりを決め込んでしまった二口に置いてきぼりにされた気分で落ち着かない。何度か足をばたつかせると隣の長い片足に両足をおさえこまれた。大人気ない行動に大人気ない行動をかえされてなんだかなぁとどこか心地いい気分になって顔がむずむずする。


「二口、おなかすいてるよね?送ってくれてありがとう」
「……」
「私はね、おなかいっぱい食べてきたよ。でもまだパルフェもう一個くらい食べれるよ。うとうとしてきた…パルフェとパフェってどう違うんだろう」
「……」
「ダイエットにバレーしようかな…私どのポジションむいてるかな」
「ボール」


二口、それはポジションでも人でもないよ。ひどいけど言い返せないその言葉をかてにダイエットがんばるよ。今月はもうあれだから、来月からにするよ。電車ってなんでこんなに眠くなるんだろうね。がたんごとんが心臓の音に近いのかな。それとも揺れがあると人は眠くなるのかな、だからゆりかごがあるのかな。
ゆらゆら揺れて、何かにぶつかって、もう自力で起きてられない頭をそのままあずけた。このちょうどいい枕は二口の肩かな。もう目が開かないし二口も拒まないし、どうしようね。このままでいいのかな。あまえてもいいのかな。二口って本当によくわからないけどとりあえず悪い奴ではないよね。そういうとこずるいと思うよ。
電車があったかいのか、二口があったかいのか、眠気に包まれる私の熱が高いのか、ぜんぶ溶け合ったみたいでわからない。二口の肩にのせた頭になにかが、おそらく二口の頭があずけられて、その離れない重みに安心してほとんど浮遊していた意識をかんぜんに手放した。
 
 
 
 
 
 
「で、ここどこ」
「終電間に合うからいいじゃん」
「なんで一緒に寝過ごすかなー」
「部活帰りの俺と食後のおまえのうたた寝を一緒にされたくないよなー」
「うたた寝っていうかもう熟睡だよね」
「俺の肩枕とかゼータクして」
「二口も私の頭枕?とか貴重だよ喜んでいいよ」
「ハンバーグの匂いですげー腹減ったんだけど」
「わ、ほんとだ制服におう」
「はらへったー死にそう」
「生きろー」
「おー。各停で帰ることになるけど」
「各停!?まさかの!」
「やること若いよな」
「若すぎるよ」
「俺、ちゃんと終電調べて寝過ごしたから」
「うん?」


息を吐くように自然に吐き出された言葉は、なにか意味ありげなことに聞こえた。二口がその場その場でいいかげんなことだけを言う人じゃないことはよく知っている。だけど言葉を深読みするにはヒントが足りなくて自意識が持てない。どうにもならないから聞かなかったことにしようと他のことを考えようとしてもまだ眠いせいか切り替えも、頭の起動すらうまくいかない。いま、二口はなにを言ったんだろう。誰もいない寂れたホームは私たちが黙るととたんにしんと重く静まって、名前も何も知らない駅はまるで現実じゃないようで落ち着かない。辺りも暗く自分がどこに居るのかはっきりしなくて、まだ夢の延長に居るのかもしれない。目を閉じると、めんどくさいことになるから寝るなと声をかけられて、うつらうつらしていると、となりから頭突きがふってきて、そんなやりとりをしていると目を覚まさせるような音とアナウンスが響く。脳天に響くくらいの強い光が闇を切り裂くように近づいて電車が到着した。迎え入れるように開いたとびらからそっと踏み込むと、長い車両には私たちふたりだけだった。ふたりの車両が、がこんと古びた音を鳴らせて動きだす。これからまた永遠のように長い時間この電車に揺られる。二口がとなりにいるならそれでもべつにいいと思える自分がおそろしい。


「また寝過ごすよねこれ」
「寝過ごしたら帰れねーから」
「ねむい…」
「寝てもいいけど置いてくからな」
「送ってくれるんじゃなかったの」
「送るなんて一言も言ってねえしちょっと帰りたくなかっただけ」
「そっかぁ…おやすみ」
「おい」
「二口も寝ていいよ」
「誘惑やめろ」
「おいでー」


二口の肩に乗せた自分の頭をぽんぽんと叩くとそこに頭がかぶさるようにすり寄せられた。起きているのか窓にうつる顔を見てたしかめたいけどもう目をあけるのも億劫だ。暗い外に揺れる電車にそれから二口。あったかくて、安心して、眠くなるのはしかたない。こんなにほっとする空間はやっぱり夢かなにかかもしれない。このまま家まで運んでくれたらいいのになあ。それか運転手も車掌も他の車両にいるであろう乗客もどこかにおろして、このまま、ふたりで。二口、私は眠くてたまらないし、またおなかもちょっとすいてきたしお風呂に入りたいし早くベッドで寝たいけど、私もまだ、帰りたくないよ。いま寝るのだってもったいないって本当はおもうよ。でも二口といて眠くなるってとても幸せで大切なことだとおもう。
この電車はいつまで走るんだろう。せめてゆっくり、ゆっくり走ってほしい。シーツのようでそうじゃない布を力のない手で掴むとそれは二口のジャージだったようで、大人みたいにおおきな手が重ねられた。たしなめられたと思い掴んだ手を離してもその手は重なったままで、相手は寝てしまったんだろうとおもう。もう私も寝よう。それともこれが夢ならまだ醒めないように、寝ていよう。このまま、ふたりで、いたい。意識の淵に沈むとき、重なっていた手が力をこめて握られた気がした。


20131003~つづく夢路

 

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