「織り姫と彦星とか、ロミオとジュリエットとか、そういうの憧れるんだ」 後回しにしていた課題と解答にずっと向きあっていると解答の持ち主は教室の天井のむこうの空まで射るような目をしてそう言った。俺があまりに放置しすぎたせいで頭がおかしくなったらしい。いやもともとこうだったかもしれない。 まるで愛してるとでも言ったふうに顔をうつむけて恥じらい赤くなる。自分で言っておいてなにを恥じらっているのか、聞かされた俺にしてみれば一字一句余すことなく聞いてられない恥ずかしさである。できれば今の言葉を耳からひっこぬいて土に埋めて手を合わせて土葬して忘れてしまいたい。 「涙でそう」 「感動したの?私の胸で泣いてもいいんだよ」 「んじゃいただきます」 「は!?」 「おまえが言ったんだろーが。冗談だよだいたいどこに胸があんだよー」 「帰ろうかな」 「めんご」 「いーよ」 「つーかさっきのなんだよ、なんか可哀想」 「可哀想ってなに!」 「いきなり夢みる乙女ぶられても」 「二口女心わかんないんだー」 「え、女の子ってみんなそんなこと考えてんの」 「うん」 「ふーん」 「痛いバカちから!」 うそつけって。ぱしん、と軽く一発あたまを叩いておく。小さいころ箱型のテレビをこうやって父親が叩くのを見ていたことを思い出した。叩いたってなおらないなら撫でてみればいいんじゃないかと頭をよしよしとそれらしく撫でてみると虫でもはらうかのような勢いで顔をはたかれていまデリケートな時期の親知らずが疼いた。 「いいなって思わない?」 「何が」 「語り継がれたいっていうか、永くつづきたいっていうか」 「織り姫と彦星って一年に一発じゃん」 「帰る」 「一年に一回じゃん、えーっと会えるの」 「みんなに幸せ願われるような二人って素敵だよね」 「ソーダネ」 「ほんとに思ってる?」 思ってる思ってる。うんうんとうなずくと満足したのか諦められてるのか早く課題のつづきをしろと促される。 「ロミオとジュリエットはどんな話」 「知らない、たしか悲劇だったとおもう」 おまえ目指すとこ間違えてんじゃないの。ぐりとぐらとかにすればいいんじゃないの。 片田舎の真新しくも特にさびれてもないふつうの工業高校でなに語り継がれたいとか壮大なこといってんだろうこのオトメモドキは。 俺は課題うつさせてもらう相手わざわざおまえを選んで必死こいて一緒にいるひたむきな俺に幸あれっておもうよ。憧れられるようなもんじゃないし物語じゃないしいつまでつづくのかも知らねえけど、なかなか何にも負けず劣らず素敵だとおもうよ。 「二口字かくの遅くない?」 「おまえが集中そいでんの」 「なにそれ私に夢中ってこと?」 「やめろ」 「時間ないよーバス一本のがすよー」 「待て待て」 「待たない」 「待ってくださーい」 「待てない」 「……」 一瞬字を書く手がとまって何か空気が変わったみたいな瞬間を通った。バレーでもたまにある、ネットのむこうがわが全部スローになってある一点がよく透き通って見える、あの感覚。これは決めるときなのだと頭のなかのどこかから指令をうける。 時計の音がよく響く。遠く下にある駐輪場からの声も届く。俺の声もどこか遠くまで届いてしまうんじゃないかとおもう。まあ聞かれたっていい、聞かせてやれ。好きだって言え。 「まだ?」 「あとちょっと」 「……」 「…あとちょっと」 「うん、あとちょっとね」 「あのな」 「うん」 「俺さ」 「はい」 「じつは」 「なに…」 「……写し終わった」 「なに勿体ぶってんの!?」 ごもっとも。本日初めて同意できた言葉を強く胸にいためつけるように刻んだ。 それでも悲劇にするのもハッピーエンドにするのもしたくないと惜しんでしまった。 この苦しくて眩しいときを、まだ終わらせたくないと思ってしまった。 20130916~romantic chicken. |