昼休みが終わって自分の席に座ると同時に隣の席の主も着席した。どこかから走って帰ってきたのか髪を触りながら息をととのえる仕草は野郎臭いこの教室内でとても浮いている。 一年のときからまぁ荒れ地に花が咲いてるようにいい意味で浮いていて、二年になってから放課後たまに体育館で見かけるようになって、あ、いいな、と思ったときには自分の後輩に持っていかれていたわけだが。 同学年の女と部活の後輩。結びつかなくて違和感だらけだったこの組み合わせも付き合ってみれば最初からそうだったみたいに、二本の糸が一本になるみたいに繋がって、腹立たしいほどぴったりと似合いついた。 「鎌ち、堅治くんから伝言」 「どーせラーメン奢れとかそんなんだろ」 「公式戦勝てばステーキよろしくです、だって」 「見に来てほしけりゃそう言えって言っとけ」 「かわいいよねーほんとかわいい」 「クソナマイキの間違いだろ?あれのどこがいーんだか…」 「聞きたい?」 「いま授業中」 表紙ばっかり汚くて中身はほぼ開かれたことのない教科書と、自分でも読めたもんじゃない字のノートを机の上に出す。長い昼休みの名残でまだ気持ちは浮ついて、勉強ってなんだっけという心地にある。 それから不覚にも教科書から目に入ったケンジという名前のおかげでそのおかたい名前とは真反対にあるあのへらついた顔が脳裏をよぎる。すっげえ邪魔、と思いながらも残念なことに俺はこれを嫌えない。残念なことに。 「堅治って言われると未だに誰かと思うんだよな」 「なんでなんで?字が性格に合ってるよ」 「そういうことじゃねえんだけど、あー…」 「わかるでしょ?」 「否定はしねーけど釈然としねえ」 「あはは」 「つーかそれなら名字のほうがわかるわ、生意気かと思えば素直だったり、あいつの口ふたつあるんじゃねーのって」 「ねー、そういうところがさぁ…」 「かわいいとか言うなよ」 「まもりたいって思うよ」 「……」 「鎌ちのどんびきいただきました」 「俺はあいつ見てるといじめたくなるけどな」 「それは可愛がりっていうんですよ、鎌先さん」 その言い方はまるで二口そのままみたいで、あまりの小生意気さに鼻で笑った。 バレー部は俺たち三年が引退してから当然レギュラーメンバーも変わり、試合に出るようになった後輩が気がかりをこぼしに来たことがあった。曰わく、茂庭だったらこういうときはこうしただの、前のレギュラー、つまり俺たち三年の話をことあるごとにするらしい。おまけにいつまでも言葉がきつい二口は自分を認めてないのだろうかと悔しがる後輩に「それは二口なりの鼓舞だ」と言ったとき初めて自分がされていたこともそれだったことに気付いた。 よくも悪くも素直というか、まあ生意気で誤解されやすいのも自業自得の二口だが、まっすぐさはいつも隠し持っている。 あいつの言葉の裏にある隠しきれてない誠実をいともたやすく見つけられる、あいつが憎まれ口も惜しんで甘えきれる相手が、今俺のとなりの席にいるこのやわっこい女だ。 二口は自分が傷つくまえにいたずらに相手を傷つけようとするところがある子供だ。あいつの世界は数少ない好きなものとあふれるその他でできている。そんな奴にたいして、絶対に傷つけないし、いたずらでは傷つかない、と言うように笑ってそばにいてやれる逞しい人間がどれくらい居るだろう。まもりたいと言った女の横顔はみとれるほどまっすぐだった。愛するとはこういうことかと微塵の照れもなく思えた。羨むことも馬鹿らしくなるほど手の届かない完璧だった。 うまくいきすぎていて果てしなくどうでもいいが、ただ、よかった、と思う。この二人はずっとうまくやっていくんだろう。 二口はこの女をとても大事に手放さないようにしている。なまじ器用に生きてきた男がこざかしい駆け引きを捨てて素直に一番そばに居たがる。男と女というよりかは、無償でかわいがられたいこどもと手をさしのべる母親にも思えた。 「青根が入部してきたときな」 「うん」 「俺らも先輩も正直びびって」 「青根くんかわいいのに」 「でも二口は青根見てへらへら笑ってたんだよな、お前みたいに」 「…うん、そうだろうね」 「わかりづれーけど、まあ悪い奴ではねえわけだ、そうやって雰囲気壊して場をまとめるきっかけ与える奴なんだ、ヒンシュク買ったってどうでもいいとあいつは思ってるかもしんねえ」 「うん」 「これからもそんなあのバカをよろしく頼む」 「鎌ちもだよ!これからも堅治くんに甘えられてあげてよ」 「俺は甘やかさねーよ、ナメられっぱなしだから厳しくいかねーと」 「そうだね」 うん、と俺がわざわざ明確にはしない気持ちすらぜんぶわかったように笑って返事をする。なにごともかわそうとする二口が居心地よさそうに離れたがらない理由が充分にわかる返事だった。 「そこ、いつまで喋ってるんだ」と注意をとばされていよいよ授業に向き合う。それからむりやり押し黙って、つまらない授業になんとか集中しようとした。何故だかむしょうにバレーがしたくなった。 チャイムが鳴るととなりの女が立ち上がり、楽しみにうずいたような顔で「二年の教室ひとりで行けないからついてきて」と制服の袖を弱い力の全力でひっぱる。たまに一人で行ってることを知ってるけど、黙っておく。何言ったってどうせ連れて行かれるだろうし、ひとりで行けないのはただ俺と二口を会わせたいだけの理由付けだと気付いていながら俺がついていくことを、この女はわかってる。 俺の顔を見てゲッと顔を歪めた二口と、相変わらずかわいくねーなと突き放す俺を見て女が笑う。「やっぱり仲いいね」とふざけたことを言いはなつやわらかい笑顔と力強くうなずく青根のほほえましさに、俺も二口も反論する威勢はいなされた。 クソナマイキで少しもかわいくない俺の後輩よ、お前の大事な女と偉大な先輩に感謝しろ。俺達はこれからも存分に、お前をかわいがってやる。 20130914~五限目、二口堅治 |