聞く気もないのに聞こえてきたクラスメートの話によると、背が低いひとが背が高いひとを選ぶように、身体の細いひとがガタイのいいひとを選ぶように、人間は自分にないものを求めて恋人を選ぶらしい。それなら俺は、背は平均以下の身体は丸っこいブスがいたら、簡単に好きになってしまうのか。恋とはそんなに呆気ないものだったのか。なるほど、と思っていたら今度は別の奴が口をひらく。「似てる相手を好きになることだってあるんだ。だから好きな人と同じものを好きになろうとするんだ。」どっちだはっきりしろよと急く俺も、なるほどなぁと感嘆するだけのあいつらも、そういうものに憧れるばっかりで、理屈じゃない熱を知らないでいる平和な人間だ。 「ねえ二口は恋したいの?」 「は?」 ストーブにあたりながら優雅に課題をこなしている放課後、隣から突飛な疑問をとばされた。この女は俺がどんな減らず口を言ってもものともしないで笑いかけてくる変わった女で、今更おどろくことなんて何もないと思っていた俺は甘かったらしい。口元と腹をおさえながら必死に笑いをこらえる女にできるかぎりの嫌な顔をむける。どこからそんな疑問が出てきたのかわからないし、何がそうおかしいのかもわからない。つられて笑いそうになるのを押し殺しながら周りを見る。まっすぐ家に帰ったのか試験勉強のための時間を持て余して遊びに費やしたのか、教室にはもう二人だけだった。この中学生みたいな話を聞かれてなくて良かったと心底ほっとする。 「そのグミ、恋の味ってかいてるよー」 「あーこれね、これがそんなおもしろいか」 「おもしろい。恋の味!」 「ふーんバスケ部のナントカくんに告られて浮かれてんだ」 「なっ、ち、ちがう、なんで知ってんの!?」 「消去法で選んだんだろうけどこんな狭苦しい学校でわざわざ見繕うってよくやるよなあ」 「二口だってカラオケの子と結局うまくいってなかったじゃん」 「オーイそれだれに聞いた」 カラオケの子とは友達に紹介されたそれは大層きらびやかで例えるならリオのカーニバルかよって感じの女の子で、何度かラインをとばしあって、会うなりカラオケに連行されて、部屋につくなり照明を落とされて、短いスカートからふとましい脚をふんだんに見せつけられて、俺の太ももに許可もなく手を置いてきた女のことである。そんないかにもヤりましょうと誘ってくる女に乗っかってやれるほど俺は馬鹿になれなかったのである。そんなことはどうでもいい。 「なあ、おまえはなんで断ったワケ。あんな飛んで火にいる夏の虫は後にも先にも現れないよ」 「二口も断ってるでしょーが」 「なんで知ってんの悪趣味だなぁ」 「伊達工は女子少ないからたまに集会するんだよ」 「すげーな百鬼夜行かよ」 「おまえはいま伊達工女子を敵にした!」 「俺かっこいいかわいいって評判だけどー?」 「知ってるけどー」 「バレー部の二口くんかっこいい〜って」 「はいはいバレー部の二口くんかっこいい〜」 「……」 「なに」 「嬉しくなさすぎて絶句してる」 「ですよね」 あつくなってきてストーブから少し離れる。指定されたわけでも合わせたわけでもないのに同じ色のカーディガンが教室にふたつぽつんと浮いている。似てる相手を好きになる、というフレーズが課題の数式を押しのけて頭のなかで重みをもってめぐるので深く考えてみる。こんな些細な一致で恋愛感情を持てるわけがないだろう。隣にいるこいつとはこれ以上もこれ以下の関係も望んでない。考えたことがない。 だいたい俺は先月俺に告白してきた子のようにあんなに顔を真っ赤にしたり言葉が出なくなったりする、そういう感覚を持ち合わせていないようだ。同じように想えないことに申し訳なさを感じてその告白もお断りさせてもらった。まるで優しい奴みたいだ。 「ねー二口とこんな話はじめてだねー二口はどんな子がいいの私は青根くんみたいなふつうの人がいい」 「青根をふつうと言えるふつうじゃないおまえを貰ってくれるふつうの人ってどんな人?来世に乞うご期待ってとこ?」 「わからないよ、運命の人はすぐとなりに居るかもしれない」 「となりねぇ…」 ゆっくりと顔を向けあって目があったとき、それだけは絶対に無いなとうなずきあった。むさくるしい男どもがいないせいかだだっ広く見える教室で、お互いしかいない相手と目を合わせていた。ペンを置いた俺をよそに相手はまたせっせとペンをすすめはじめる。くそまじめに運命とやらの話に付き合わされる俺が馬鹿みたいで片腹が痛い。机に突っ伏して、頭だけ向けて課題に必死になる横顔を眺める。このおもしろいものをバスケ部のナントカくんに取られなくて良かったなあとは思う。二人きりなんてキケン視されるはずのことをできなくなるのは少し、あれだ。こいつと二人で話すのはわりとそれなりに楽しい。 「運命とかーアイタタタ」 「私だって話半分だけど」 「ぶっは、半分は信じてんのか」 「二口ってほんと口ひらくと残念だよね」 「おまえも黙ってじっとして目とじてたらいいと思うよ」 「え、ほんと」 「うん、そのまま、ずっと」 「ばか。あー目疲れたからちょっといいかも」 俺とこいつが二人きりになったところでキケン視される謂われはひとつもない。 こんなキスでもするのかって顔を見せられたって全然平気だ。 付き合ってもいなければ付き合う気だってさらさらない。 俺は運命とやらは信じてないし、恋とやらもわからない。 ぜんぶ本当にそう思っているのに不思議なくらい胸が痛い。泣いたあとみたいに目元が熱い。 噛みつくような視線に気付かない平和ぼけした鈍感女のくちびるは妙に赤っぽくて、引き込まれるように上体を起こす。いま俺がしたいことをすればこいつはどんな顔して嫌がるんだろう。 「えっ、なに!」 「グミ」 「びっくりしたぁ二口こんなすっぱいのが好きなんだ?」 「うん」 袋からひとつだしたグミを押し当ててやると唇のやわらかさが指先にまで伝わった気がした。気の迷いが全身に広がった。 「すげーすきみたい」 食べてもいないグミの味が身体中を痺れさせる。これは、何の味だったっけ。 20130823~pure |