なんとなく、私の世界がざわつき始めたような気がする。
複雑な人間関係には関わらないようにして、しょうもない陰口なんて聞くことも言うこともしないで、毎日平和で楽しいだけの学校生活を送っていたのに。最近どうにも身の回りが騒がしい。
私の席の机を挟んでむこうに立っている、風貌からやかましいこの金髪の人はいったいなんなんだろう。
目を合わせてはいけない気がして顔は見ないようにしてるけど、視界に入ってくる腕まくりがもううるさい。
触れないように視界に入れず、触れられないように視界に入らず、ずっと、関わらないようにしてきた人。
感情がそこにそのままあるような人。
私の平和に必要のない人が、目の前に立っている。

「むっちゃ気配消すやん。絶やん、絶」
「誰が能力者や」
「わかるんや?なまえちゃん絶対特質タイプやろー」
「それ絶対悪口やろ」
「ええやん強そうやんか」
「そっちはなんか…どれでもなさそう、どうでもいいんかも」
「ひど。侑でええよ。俺も特質がええわー」
「じゃあ治も特質?治はパワー系ぽい」
「メシばっか食うとるから強化やろ」
「そんな設定あった?」
「角名はなんやろなー」
「そんなに知らんのやけど、角名くんのこともその能力のことも。ていうかこれ、何の話をしてるん?話し相手間違えてない?何の時間?」

治の兄弟が話し上手なのか、人の話を聞くことが好きな私の性質のせいか、話しかけられると流れるように会話をさせられてしまう。
この人のどうでもいい話も、かけあいのリズムも、きらいじゃない。だけど、この人とこんな話をしてる理由がわからない。
理由がいるのかと思うけど、理由もなく話しかけられるほど仲良くなった覚えがない。
しかも、教えた覚えも頼んだ覚えもないのに、勝手に名前で呼ばれている。
反応すると余計面倒なことになりそうで、どうでもいいという素振りをしておくけど。
やっぱりこの人、治と違って変に目立つからいやだな。シンプルにめちゃくちゃ居心地が悪いな。
そう思って自分の席を立って、二列離れた廊下側の席にいる治のところに移動する。どこ行くんとかなんとかぼやきながら、治の兄弟もついてくる。
治の兄弟も、治と角名くんも、これがなんでもないことのような顔をしていて、私だけが状況をのみこめていない奇妙な状況にある。
この人が私に用事を持つようなことは治関連しか思い当たらないのに、それがなんだかさっぱり心当たりがない。

「治ー、お客さんやでー」
「おらんって言うといて」
「わかった。治おらんって。自分のクラス帰ったら?」
「サムなんかいつでも会えるからええねん」
「あ?」
「返事するんやん、治おるやん。私のこと助けてや。なんかこの人に絡まれてる気ィするねん」
「うんみょうじ絡まれとったで」
「は?楽しくおしゃべりしとったやろがい」
「なんで?治の兄弟と私が楽しくおしゃべりする理由なくない?」
「ひどない!?」

治の前の席に座って黙って聞いていた角名くんが、勢いよく吹き出す。口元を隠してめずらしく震えるくらい笑ってるけど、そんなに笑われることを言ったつもりはない。治の兄弟の反応がよっぽどツボなのか、日頃からかわいがっているのか逆に何か鬱憤でもあるのか、実は意外とツボが浅いのか。
ひどいと言われるとたしかにひどいのかもしれないけど、共通点が治くらいしかないのに、治抜きでこの人と話をする意味も理由もわからない。

「…あかん、なんで絡まれてるのかわからん!お手洗いに逃げる!」
「俺の名前覚えてもらえるまでがんばるわぁ」
「むりやろ。どう見てもツムの横におるのイヤそうやで 」
「ハァ!?なんやて!?」

治が気をひいてくれている隙に教室を出る。
言いづらいけど治の言う通りだ。
治の兄弟は思ってたより話しやすいけど、人目がいやだ。周りを見る余裕はないけど、あの人と居ると、人目をひきすぎてる気がしてめちゃくちゃいやだ。
特に行きたいわけでもなかったトイレで会った女子たちと、適当に挨拶や話をして時間をつぶす。
さっきと違って、慣れた人たちと適度な賑やかさで盛り上がる居心地のよさが楽園のように思える。
教室に戻りづらくて鏡前でいろんな子を見送っていると、一年のとき同じクラスだった子に腕をひかれた。

「なまえ!今日ひま?彼氏のバイト先ついてきてくれへん?ドーナツ食べよ、学校の近くのとこやねん!」
「いいよー!行こ行こ」

チャイムが鳴って、じゃあまた帰りにと手を振り合う。
教室に戻るとき治の兄弟とすれ違ったけど、話しかけられることはなかった。
身構えても目すら合うことがなくて、何があったのか笑顔を浮かべて私たちの教室から出ていく。
絡むことを諦めてくれたのか、治か角名くんが何か言ってくれたのかなと席につくと、違和感があった。
机のまんなかにシャーペンで「バレー好き?」と書かれている。うわあ。これは、私宛てで間違いがないのだろうか。

「治ー、これ治の兄弟が書いてったん?」
「せやで。あいつどんだけ脈ないねん」
「なんて?バレーわからんけど結構好きやで」
「みょうじ、俺の兄弟の名前覚えとる?」
「ツム……ツトム?」
「うん、ええよツトムで」

私の斜め後ろの席の角名くんが、また独特な吹き出し方をしている声がした。
この書き置きの意味を探るために振り返ろうとすると、いよいよ注意がとんできて、とりあえずまじめに授業を受けることにする。
まじめな顔で、チョコのドーナツとクリームのドーナツどっちにするかを考えていた。

放課後のドーナツ屋は散々だった。
私と友達と、なぜか友達の彼氏の男友達をまじえて三人でテーブルを囲むことになった。
友達のことは好きだけど、友達の彼氏と、その友達とまで関わりたいとは思わない。
話していてつまらないこともなかったけど、友達の彼氏の友達の「笑ってくれて嬉しい、好きかも」の一言でだめだった。気分が悪くなって、おいしかったドーナツの味がしなくなった。
笑うこともつらくなったことを察したのか、なぜかおごってくれようとしてたけど、食べ終わって早々にごめんなさいをして店から退散させてもらうことにした。
ああいうノリは冗談でも冗談じゃなくても何もおもしろくない。
好かれたり、好きになったり、嫌われたり、嫌われたり、そういうものは私には必要がない。
いらない他人の感情がまとわりついてるみたいに、顔の周りがいやなもので包まれる。
空はまだ青くて、風はちょうどよく涼しくて、いい秋だった。
不快なままでいることも、帰ることも、もったいなかった。
何か、まだ何か用事があったような気がする。
立ち止まって流れていく雲を見上げたり、携帯を見たりしても、何も思い出せない。ドーナツ屋のことがひっかかっているだけかもしれない。あきらめて駅の方向に歩き出す。
頭のなかのずっと奥で、思ったことなんか言うたったらええやんなぁと、記憶に残っている声がした。そうか、この人か。
踵を返して学校へ向かうことにする。
机に書かれた「バレー好き?」という文字からなんとなく、バレーを見れば?と誘われた感じがした。楽しそう、と思った。
それは、私が動く理由には十分だった。帰るために通った校門をまた通って、体育館へ向かう。
どんなものが見られるのか楽しみで、まとわりついていたいやなものは消えていた。
見えている体育館から、バレーかバスケかわからないけど、ボールが床に当たる音がたくさん聞こえる。
夏のオリンピックで見た女子バレーはまだわかるけど、男子バレーは迫力がすごいという印象しかない。
部活のバレーの練習はどんなものなんだろう。
うちのバレー部は強いらしくて、教室でのだらけた様子からは想像できないけど、治と角名くんはそこに所属していて、あの治の兄弟もそこにいる。
なかなか有名らしい双子のアイドル的な人気が、あの人と関わりたくない理由のひとつでもある。
治ひとりだけなら平和に静かに仲良くできているけど、治の兄弟の鮮烈な印象はどこからくるんだろう。
知っているバレー部の人たちの顔を思い浮かべながら靴を脱いで、あけられている体育館の扉をくぐると、外の明るさに慣れていた目のピントがぼやけた。
ひときわ明るい金髪が高くとぶ背中だけが目に入る。
あ、かっこいい。
そう思った瞬間、とてつもないボールの音とともに心臓も大きな音をたてた気がした。
体育館の薄ぼんやりとした明るさに目が慣れたとき、私はその人が、治の兄弟だと知る。
そんなアホな。そんなまさかベタすぎる。

「見学は二階や。そこは危ないから退いとき」
「あ、はい…すみません」

今起きたことを理解したくなくて、立ち尽くしそうになっていると、先輩のような人から忠告を受ける。ちからの抜けた足で二階へ向かうことにする。
誰に心を奪われたのか、飲みこみきれないままどうにか二階までたどりつくと、手書きの貼り紙が目に入った。
声出し禁止、宮侑のサーブ中絶対厳禁!と強く書かれた文字の羅列が飲みこみづらくて、今度は足だけじゃなく頭までくらくらとした。
治の兄弟はツトムではなかったし、騒がれることが好きそうなのに、ギャラリーは誰ひとりその貼り紙の通り声は出さないし、治の兄弟も二階のギャラリーなんて少しも眼中になかった。意外どころではなかった。
私の頭はなぜか「思ったことなんか言うたったらええやんなぁ?」という声をまた思い出していた。
ああ、言わせてもらうなら、私はあの人のことを、これから好きになるのかもしれない。
あーあ。ベタすぎる。
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