みょうじのことがよくわからなかった。
誰にでも話しかけるし誰の話でも聞くし、教室で飛び交う下ネタや陰口はしょうもないと切り捨てる筋のある人間で、たぶん人や物事に対する判断材料がおもしろいかおもしろくないかだけで、笑い話が好きでボケもツッコミもできる。場を明るくするそういう性質を持つのにあまりにも分け隔てがないからか、どうしてだか人っぽさのようなものは薄かった。
話していても女と話してる感覚がないし、男みたいでもない、友達というほど近くに来ない、俺に食べ物を与えては気分をよさそうにしていたけど親という視線でもなくて、たとえるなら警戒心と好奇心で揺れてちょろちょろ動き回っている子犬や子猫が一番近い。
春高代表決定戦のためにみょうじが学校を休んだ日「みょうじのちょっと冷たいところが好き」と誰かが話していてなるほどと思ったことがある。分け隔てなくみんなと仲がいいようでみんなに執着がない。まるで似ていないのにその人間らしくない他人との関わり方はどこか侑を思い出すところがあった。
みょうじは俺のことが好きだと思うと角名に言われてもピンとこなかったし無いと思った。いつから話し始めたのかもどうしてよく食べ物をくれるのかも気にならなかった。
みょうじはいつも気まぐれで、俺はいつも小腹がすいている。

俺とみょうじの間はそれだけでよかった。


いつのまにか俺とみょうじの間には侑がいて、侑とみょうじの間にも俺がいさせられて、群れたがらないみょうじは俺と侑の間には入りたくなさそうだった。

みょうじといるときの侑はそれはもう心の底から気色が悪かった。
嬉しそうで寂しそうで愛おしそうに細める目は初めて見るもので、女に甘えようとする声も初めて聞くもので、まるで見ていられなくてそこに関わりたくないのにみょうじは俺に助けを求めるし、俺でその仲を深めるように二人は距離が近くなっていく。面倒で、巻き込まれたくなくてしょうがなかった。
いつも「告白されたー」と報告してきてはすぐに「あんなんとっくに別れたでー」とどうでもよさそうにしてるあの人格ポンコツが、まさか自分からあんなふうに他人を気にして声をかけにいくところをバレーの関係者以外では初めて見たから人に優しく生きると決めた俺はなんとか堪えてやっていた。
みょうじが本気で嫌そうだったら殴って止めてやろうと思ってはいたけど俺は侑がそこまで人格ポンコツじゃないことをみょうじよりも知っているし、おもしろくないものをみょうじが断絶できることも侑よりは知っている。

修学旅行のあの日、バレー以外に執着しない侑とどこにも居着きたくなさそうなみょうじは時間ぎりぎりまで二人だけでいたらしい。
集合場所に並んで来なかった二人の白白しさで胸焼けがした。



侑がユース合宿に行ってから俺の周りは静かになった。「片割れは休みか?」「静かやなあ」と言いながらみんな俺に侑の話をしてきたから居ないような気がしなかったけど、やっぱりどうしたって静かだった。
同じように周りに侑の話をされているみょうじは俺には侑の話をしないでいつも通りただ食べ物をくれた。侑も不自然に何も言ってこないし白白しい二人のことだから黙って連絡を取り合ってるものだと思ってた。
金曜の最後の休み時間、静かなだけじゃなくてやっぱり何かがおかしくて、角名の前の、みょうじの隣の席につく。侑がいつも自分の席みたいに使ってるみょうじの前の席はやめておいた。なんとなく、二人が嫌がるだろうなと思ったから。

「みょうじ、ツムおらんから俺のこと見てくれへんの?」

それだ。言ってから気がついた。この三日、みょうじがあまりこっちを見て笑わない。
そういうことは言うんじゃねえよ、と言いたそうに角名が小さく溜め息を吐いて、みょうじはいつも通り笑顔で目線をくれる。

「宮と見間違えたくない」

よくわからないみょうじのことがよくわかった。侑とひらいたものはただの五日間じゃないし、ただの東京までの距離じゃない。俺は置いていかれるつもりはないけどみょうじは置いていかれるつもりか、置いていってしまいたいのかもしれない。

「ツムおらんくて寂しいんやな」

二人のただならぬ仲は明らかで、もう疑問にすらならない。へらっと笑う顔が寂しそうで人間みたいな顔をする。

「宮のほうが寂しそうやったで。次は治も選ばれたらいいな」

次があるとしたら本格的なユースの日本代表ってことをみょうじはたぶんわかっていない。つっこまずに流しておく。なんて答えればいいのか今はわからないし、答えてもたぶん悲しませる。黙ってスマホをいじっている角名が俺のかわりに言ってくれればいいのに。

「ほーん。連絡はとってるんやな、仲ええなあ」
「…とってない。修学旅行のとき聞いた」
「あ?電話番号とか知らんの?」
「知ってる。邪魔かなと思って電話してない」
「で、かかってもきてないん?アホツムやん」

あんのドヘタレ俺にはしょうもないことで電話してきやがるくせに。みょうじの様子が聞きたかったのか。アホツム。
見られたがりの構われたがりにみょうじの無自覚な焦らしが効いている様子が目に浮かぶ。どうせ我慢くらべは侑が負ける。同じ考えなのか角名も侑を小馬鹿にするように笑っている。

「俺と角名はみょうじの味方やで。角名がツムのかわりしたろ」
「お前だけが適任だろ俺を巻き込むな」
「治にできるー?」
「…なまえちゃん?」
「ただの悪い治や!」
「似てへん?」
「似てるけど似てない」
「似たくもないわ」
「別人なんやなあ」
「そやで、別人やで」
「寂しい」
「でも双子や」
「ずっと双子?」
「当たり前やろ」
「じゃあ寂しくないな、いいな」

机をなでるようにしてから身体ごとこっちを向いてくれる。いつでもふらっと俺のところに現れてはとどまらないみょうじが少しだけ足をつけた気がした。侑の話をするために。

「宮大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしかないやろ」
「自分よりうまそうな子に絡んだりしてないかな?」
「そっちかい。嬉々として絡んどるやろな」
「大丈夫ちゃうやん。帰ってきたら標準語なってたりするんかな」
「あいつは周りを関西弁にするタイプやろ」
「あはは!そやな。…帰ってくるかな?」
「帰ってこーへんかもな」
「……」
「寂しかった?とか言いながら帰ってくる」
「そしたら治はなんて返事するん?」
「はよお土産だせ」

ずっとしていなかった侑の話をして、きゃっきゃと笑いつづける姿を久しぶりに見た気がする。かわいいみょうじはもう侑が関わらないと見られないものになっていた。人っぽさのようなものが薄かったみょうじにいろんな顔をさせるのはいつも侑だった。

「みょうじ、あんな、今ツムは外で毎日トロ食うとるよーなもんやねん」
「うん?」
「帰ってきて、はーやっぱり家のメシがいっちゃんええわーって思わせたろや」
「どーゆー意味!?おなかすいたん!?」
「うん腹減った、オカン」
「誰がオカンや。放課後コンビニ行ってなんか半分こしよかぁ、サムちゃん」
「アイス食お、アイス」
「真冬だろ。みょうじさんに風邪ひかせる気か」
「角名くん、真冬こそアイスやで!」
「関西こわ」

おもしろいことをしようと笑うみょうじは窓からさしこむ金色みたいな光の色がよく似合う。ずっとこの光のところにいてほしい。俺のオカンで姉で妹みたいな友達で、それから、侑の大事な子。
list
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -