外は真っ暗になり図書室は施錠されて、人通りのほとんどない廊下は冷たく私の帰りをうながす。夜を迎えた校舎に居場所はなくなった。
何か頭を使わずに済むような見ものは無いかとグラウンドを眺めてみても、野球部は身体の作り込みのようなトレーニング中で、サッカー部のシュート練習は見るよりやる方が楽しそうに見える。
思いきりボールを蹴って発散したいなぁと眺めていると一球が無茶な軌道でこちらを目ざすようにてんてんと転がってきた。
去年同じクラスだった顔見知りのサッカー部に「どうしたん?」と声をかけられて、「わからん…」と考えのない返事しか声にできず、本当に私はどうかしてしまったんだろうかと居心地が悪くなってその場から退散した。
声をかけてきた相手が宮だったら。
そもそも練習中に声をかけてくることはありえないから、意味のない考えだ。
結局、光のある方向へふらふらと歩くままに流れ着くしかなかった体育館の二階の隅に座り込む。途中で会ったバスケ部に「双子待ち?いつも最後まで体育館おるで。大変やな」と声をかけられてももう頭がくたびれて声も出なかった。
どうして双子待ちとわかったんだろう。今日の宮の態度で仲がいいと思われているのか、それとも双子が人を待たせる事は日常的によくある事なのか。喉の奥が焼けたように熱くなる。あまり考えない方がいいことな気がする。
慣れたようにブランケットを持ち込んでいる見学の女子たちと同じ方向を見てみれば、やっぱりこちらを見向きもしないでバレーをしている宮がいる。
合わない目を追ってしまっていることに気が付いて落ち着かない。宮が気付かないこの視線を、宮以外の誰にも気付かれたくない。宮も知らなくたっていい。
フロアに目を向けていられず暗闇に呼ばれるように舞台側の階段に立ち退く。そこは暗さもほどよく遠くなる声や音も心地いい。
誰の目もない。ようやく今日一番落ち着ける場所を見つけた気がする。こんな場所で落ち着く私はもしかすると生きることがとても下手なのでは、と思えてくるけどどうでもよくなるくらいこの暗さにとけていられる。

「誰の客や?」

その声に目を開けると、見たことのあるバレー部の人が近くに立っている。
ほこりっぽい階段に根をはってしばらく経っていた。この人は練習をしながら、減ったギャラリーが外に出ていないことにまで気がついたのか。まさか。
立ち上がろうとすると、ええよ、と手で制された。

「宮です。侑です」


自然と敬語が出た。おだやかな顔立ちに纏うこの圧はたぶん先輩だろうと思う。冷たい、というか、凛々しい、というのか。隙のない姿勢に眠気がさめていく。この人が来てから気温が下がった気さえする。空気が整い、人が二人いるのに一段深くしんとしていることでそう感じる。

「ここで待っとけ言われたんか」
「勝手に待ってます。用事あって…ここ邪魔でした?」
「邪魔やないけど寒いやろ。侑は遅いで」
「一応約束してます」
「…わかった。邪魔したな、身体気ィつけや」
「いえ、お邪魔しました。ありがとうございます」

怒られているのかと思えば心配されていたようで、怒りの矛先が宮に向いたようにも見えた。優しい人。こわい人。侑という呼び方にこもる情が、同じく情を持つ私には受け取れた。

ドタドタと重めの足音がこっちに向かってきているようで、ここは意外と人通りの多い落ち着かない場所なのかと立ち上がりかける。光が飛び込むように派手な金髪が視界に入ってきて、ああ、とまた腰をおろした。

「なんでこんなとこおんねん!これ羽織っとって!」
「ここが今日一番落ち着いた」
「それ死にかけとるんちゃうやろな?うちの頭がお前は好きな女も大事にできんのかってガチギレや。あれ、なんで好きな女ってバレてんやろ?こわー」

ナチュラルにそういう話をするな。寒さのせいか、いつもならすぐにできるような返事が声にならない。
放置を決め込んでみてもずっと眼前に差し出されたままの宮のブレザーをとりあえず受け取る。
わざわざ部室まで取りに行ってくれたのか、着ていなかったものに体温なんて残ってないのに宮の一部が両手にあるようでたまらない気持ちにさせる。
認めたくない気持ちも、そのもっと奥にある知りたくない欲求も思い知りそうになる。薄暗い照明がつくる陰は私たちを昼間より少しだけ大人らしくする。この感情を言葉にはあずけたくないと思う。衝動にも乗せたくない。この人を、ただ好きでいられたらいいのに。

「聞き流してんとなんか言うて」
「練習は?」
「休憩やで。もうちょびっとだけ待っててなぁ。こんなとこおらんと上で見たらええやん、ここ暗いし寒いし襲われそうやし」
「考え中やから」
「見たら好きになってまうって?」
「…落ち着いて考えをまとめたい」
「照れるかツッコむかしてくれ。あとブレザー使ってくれ。膝掛けでええから。心配なる」
「膝掛けは悪いやろ。羽織るで?」
「そうせえ言うてんねん最初から」

座っている身体を丸めれば丸ごと包み込まれそうなくらい大きなブレザーを肩にかけると、寒さやいろんなことで堪えた身体がじんわりと温まる。
安心して、このままここで眠ってもいい気さえしてくる。
宮の匂いなんて知らないけれど、宮といるときのあの空気が耳元の素肌をなでてこそばゆい。
悪い気分じゃなかった。高いところから落とされる宮の視線だけが射抜くように痛くて居心地が良くない。

「………見過ぎ」
「そら見たいやろぉ。むっちゃ回復した」
「へんたい」
「…これもう付き合ってない?」
「付き合ってないです。ほら笛鳴ったで、練習いってきい」
「あとで写真撮らせて」
「絶対に嫌」

目を細めて口もとをゆるませて満足そうに片手を上げていく。それでもボールに触って、バレーを始めてしまえば頭の中はそればっかりになるんだろう。そういう背中だった。
化粧がつかないよう気をつけて宮のブレザーにくるまって、その内側にうずまろうとしてみる。もともと静かな空間だったけど宮がいたあとはあまりにも静かだ。落ち着いていた暗さが落ち着かない暗さに変わる。
やっぱり、だめだ。どこまでも宮を好きになれる気がするし、そうなるとどこにでもいってしまいそうな宮がいなくなることにたえられないと確信できる。
姿の見えない本人のかわりにブレザーのすそをつまむ。こんなものではもう足りなくなってしまっている。
後ろから見学の女子たちが階段をおりてくる音がして、シャットダウンするしかなくなっていた頭を持ち上げるとあらゆる部活のボールを使う音が聞こえなくなっていた。
新参者のような私の顔を確かめていく知らない女子の背中を見送って、解散しはじめているバレー部を舞台上から覗くと、まともに話したことのない銀島くんがチラチラとこちらを伺う。
いつものように並ぶ治と角名くんは、教室で見る二人よりも自然体なような、ここに居ることが本来の姿のように見える。
舞台の端に出て座っていると少し離れたところから「なに着せられとんねん」と治の声がした。そういえば宮のブレザーが、もう自分の一部みたいに肩にくっついて心地のいい重みになっている。
私を待たせているその宮はどこだろう、と見回すと体育倉庫から出てきた宮自身が目印みたいにわかりやすくすぐ目に入る。

「待たせてごめんやでー部室行ってすぐ荷物取ってくる」
「いいえーおつかれ」
「せやんなぁ、待たされてんのは俺やんなぁ」
「……」
「反応に困らんといて!?」

その通りだと思って固まってしまっただけだ。
思いもよらないことを思いのままに投げてくる宮の言葉回しは遠慮がなくて楽しい。知ってるくせに、と思う。宮が私を気に入ったところがあるとすればそういう似たところしか思い当たるものがない。
体育館の外には鍵を早く締めたそうにしているコーチのような人がいて、急いで舞台からおりて宮のとなりに立つ。
寒くて羽織ったブレザーをまだ手放そうとしないことが意外なのか、こっちを見ては目を細めて襟元に埋まろうとしている宮をいちいちかわいいと思ってしまう。この人は本当に私を視界に入れて、私に対して何かを思っているんだなあと思える。
昇降口で待ってて、と部室に走って行った宮に置き去りにされていると、前を歩いていた治と角名くんは振り返りながら二人して「帰りは人おるとこ歩くんやで」「防犯ブザー持ってる?」と宮をいじって笑わせてくれた。
もう私たちが付き合ってると思ってるのか、関わりあいになりたくないのか、それ以上は踏み込んでこない二人の他人との距離の取り方が好きだ。恋愛感情を持つことは無くてもこういう人たちのことを人として好みだと思っていた。
それははっきりとわかるのに、宮のことになると頭の中がごちゃごちゃとしてしまう。
校舎の外側をたらたらと歩いていると帰り支度を済ませた宮がもう昇降口に立っていた。私の足取りが重かったのか宮が急ぎ足だったのか両方ともか。
どこに居ても目印みたいな人だなあとまだどこか自分とは関係のない、他人事のように宮を見ている。

「逃げたんかと思った」
「普通に逃げたいけど?」
「あ、写真撮りたい」
「返すわ今」
「えー!もったいないー!」

肩からかけていたブレザーをずり下ろすと、正面に回ってきた宮に両手でまた肩にかけられる。
今の一連のやり取りはなんだろう。服を脱ぐ、着せられる。なんだか良くないことをした感じがして、宮の顔を見上げるとやっぱり良くないことを考えていそうな顔は手で隠されていた。
何もなかったことにして、ブレザーはまだ借りておくことにして、壁のようになったその図体を押しのけて歩き始める。

「話をするんやっけ?なんか食べに行く?」
「人おらんとこのがええやろ」
「治が人おるとこ歩けって」
「なぁにいらんこと言うてんねんあのクソサム!人に聞かれたい話するわけちゃうやろ?とりあえず話しながら家まで送る。コンビニだけ寄りたい」
「え、電車通学やで?野狐の人は方向違うやろ」
「すぐ終わる返事なん?」
「肉まん食べてから考える。じゃああっちの公園いこか」
「完全に食欲に負けてるやん、俺の告白」

やっぱり帰り支度を急がせたのか靴のかかとを直したり、ワセリンを指先にぬりながら隣を歩く。
早くあったかいお風呂に入って、お腹いっぱいごはんを食べて、明日のバレーにそなえて深く眠ってほしい。帰らせてあげたいけど、今を終わらせたくない。
宮の人生に私を組み込まなくていいのに、宮は今のままでいようとはしてくれない。
コンビニという日常で見る宮は少し浮いている。
背は高いし派手なナリに見えるし雰囲気から自信と強気が満ち溢れていて、学校では特別なことが当たり前になっていたけれど、やっぱり当たり前ではない特別なものを持った人に見える。
プリンを眺めていても、たい焼きを手に取ってまた戻していても、肌色の多い雑誌を気にしない素ぶりをわざとらしくしていても、離れた場所から大声で名前を呼ばれて捜されても、私とは違ってこの安っぽい蛍光灯のもとにある日常にはとどまらない特別な人なんだろうと思える。
同じ棚からホットレモンを取って、別々に並んだ隣のレジからも肉まんを頼む声が聞こえて、真似すんなと笑い合いながらコンビニを出る。
私は何かを選べるほど冷静な頭じゃなくて、ただ好きなものだけを手に取っていた。これを、どうしてこの人に対してはできないんだろうとまた考えた。
少し歩いてたどり着いた公園には私たちしか居ない。建物の壁の向こうのそこら中に人の気配はあるのに、暗くて寒くて静かなここで、私たちは二人きりにされている。
通学路から道を一本ずれただけで人通りも少なくて、どこかで治と角名くんと銀島くんが覗いていないものかと辺りを見まわしてみても、当たり前に人は見当たらなかった。
冷たいベンチに座るとだだっぴろい広場と誰もいない遊具と枯れた桜の木しかない寂しい風景が広がる。
宮が居るだけでどこだって楽しい場所になるのに、どうして練習を終えて疲れた宮が、ただ私だけのためにこんな場所に居るのかわからなくなる。

「はいカイロあげる。もう風邪ひきなや」
「あー?自分で使いや、寒いやろ」
「セッターなんやろ?指あっためや」
「…アホか、好きな女の子から取れんわ」

肉まんの紙をはがしながら、とてもまじめな顔をする。改めるように私の立ち位置を教えられる。まさか差し出したい物を断られると思ってなかった思い上がりと、その理由の男の子らしさに胸がつまった。宮も私もそういう話をするためにここに居るのだと思い出させられる。

「一緒に使ったらええやん」
「じゃあ交代で使お」
「今フラれた?」
「……考え中」
「まだかい!マジメさんやなー!俺のことそこまで考えてくれたん初めてか」
「初めてやな」
「こういうのは即答しよる」

ごまかすように肉まんを小さく一口かじる。すぐに食べ終わらないように。隣の宮も目を閉じて大口をあけて半分近く食べている。
ものを食べるところを見るのは修学旅行以来で、まだ二回目なことが不思議に思える。それくらい精神的に近いところにいるのか、治で見覚えがあるのか。
おいしそうに食べるところが治とよく似てる、と言えば機嫌を悪くしそうな気がして思っておくだけにする。
同じタイミングで手に取ったホットレモンのキャップを開けられずにいると、右側から長い腕が伸びてきて取りあげられた。手のあいたところに先に開けた宮のものをわたされて、そのまま交換される。この流れが当たり前のことのように何も言ってこないところが照れ臭いし恥ずかしい。いつもみたいに冗談だか本気だかわからないことを言ってほしい。いいな、と思った私だけが浮かれているみたいだ。何かを言いたい気持ちと、口の中のレモンの味をおなかの底まで流し込む。
隣の市の空港から飛んでいく飛行機が近かった。宮と同じベンチに座り、同じものを食べて、同じものを飲んで、同じものを見上げて黙っていた。

「うまー。それで返事はー?食べたらって言うたよな」
「ずっと頭の中ぐちゃぐちゃや。なんであんなこと言ってきたん」
「何がアカンねん。稲荷崎の宝に好かれてるんやで?」
「あっはは!肉まん出るわ」
「これ好きやな。持ちネタちゃうねんけど」
「好きやなぁ」
「俺は?」
「うーん」
「強情もんが」

だいぶあたたまってきて、カイロを差し出す。受け取られずに空気にさらされるカイロが無駄に思えて宮のジャージのポケットに突っ込むと小言が始まった。
贅沢、と前に言われたことを思い出した。たしか人の気持ちにこたえようとしないことでそういう話になった気がする。
私には、宮がとなりに居ることの方がよっぽど贅沢だと思える。それなのにこれからもそうしようと言ってくる。嬉しいを通り越しておそろしい。これ無しで生きていけなくなったらどうしてくれる。夢は見るだけでたくさんだ。幸せは手からこぼれるほどはいらない。少しもこぼさないように必死になることはきっとしんどいし見苦しい。
どうして今のままではいられないんだろう。

「観念したら?イヤやけどイヤじゃないみたいなん見てて最高なんやけど」
「最低や発言が。じゃあもし付き合ったらな、私とバレーどっちが好きなんとか訊くかもしれんやん。どうするん?」
「そらなまえちゃんだけやでって言うたるやん」
「言わんくせに」
「訊かへんくせに。なまえちゃんなら訊いてもええのに」

そう、訊くわけがない。だってバレーだけを好きでいてくれたらいいのに宮はきっとそれ以上の答えをよこす。
何も、欲しい答えを聞きたいんじゃない。
全部聞きたくて、その答えが、私の欲しいものだと嬉しいだけ。
まだ足りない。隠したいことを言わせてみてほしい。
私の欲だって、宮になら暴かれてもいいのに。
しゃかしゃかと振っていたカイロを手に乗せられる。離れようとしない重い手からカイロだけを受け取ると、宮は眉間を寄せて唇をとがらせた。街灯のつくる陰が濃い。

「じゃあフッたらどうなるん、付き合っても別れたらどうなるん?他に好きな子できるやんな?」
「縁起でもないこと言うなや!心痛まんのか!」
「痛むけど…他の子も好きになれるのにこたえる意味あんのかなって思わん?クラス離れてたら関わりもなかったかもしれへんし」
「今は俺とお前の話やろ。なんで起きてもない起きるかもわからんことで拗ねてんねん。それ究極なんで死ぬのに生きてるん?って話になるやん」
「宮ってたまにめっちゃ天才やな」
「そっちはたまに考えすぎてどえらいポンコツよな」

この先他の人を好きになるなんてことはありえない、と適当に言われたところで信用できない。そんな約束はいらない。言わない選択を取るところが好きだ。好きなのに。まだ喉がつかえてそれを言えない。

「俺が諦めたらフッておいて友達になれるつもりなん?そんで他に彼女つくったら勝手に拗ねるん?なんやねんそれ。俺はそんな半端なもんいらんねん」

ほとんどを思い出せないけど図書室で見かけた言葉が頭をよぎる。けれど漕ぐ手はやめないで。やめないでほしいのに。本当に勝手な話だ。夕方に泣いた詩の作者ももう覚えていないのに、この先何を持っていけるんだろう。私はこれ以外に何を持っていたくて、これ以上に何が欲しいんだろう。

「そんな顔するんやったら腹くくるか諦めさせてみてや。フラれたら弄ばれたことをサムのひ孫まで語り継いだるからな」
「やめたってや……こっちにも理由あるもん」
「何。言うてみ」
「だって、釣り合わんやん。かっこよすぎるやん。ユースて。全国て。稲高だけちゃうやん、グループ校とか、他所にもどんだけファンおるん、…なんで私なん」

いやだ。
私が私じゃなくなった。少なくとも宮の思う私ではなくなったと思う。宮にさして興味のない、他の女の子とは違うという目で見られている気がしていた。確かめたことはないけど好意というより好奇で近寄られているんだと思ってる。
だって最初は本当におばあちゃんちの犬を思い出す治だけと薄く関わっていられればそれでよかった。治のことは普通に好きだけど、クラスが離れれば切れる縁だと思っていたしやたら持て囃されてる宮ンズというものにはまるで興味を持てなかった。
それが、突然現れた宮と話すことが楽しくて、バレーをしてるところが好きで、意外と悪くないと思っていたらいつのまにか、どうしてだか宮に近付きたくなっていた。こういう好かれ方は宮も飽き飽きしているだろうけど私だってこんな、好きという気持ちに余計なものがたくさんついてくる状態はいやだ。
今、対等な友人関係は終わった。終わらないでほしかった。
長いため息を吐いていた宮は上体を地面に向けたまま戻らない。面倒なことを言った自覚で胸が痛い。せめて嫌われたくはない。気まずくて足を動かすと砂利の音がして、私が帰ってしまうと思ったのか宮は勢いよく顔を上げる。

「え、ハグする?してええ?」
「絶対いやや」
「絶対いやなん!?なんで!?うちわ持ってる子なんか騒ぎたいだけで彼氏おるやろ」
「でもみんなかわいい」
「顔なんか知らんわ。絶対今のお前の方がかわええ勘弁して、治助けて」
「好かれる覚えないんやもん、たまたま治と同じクラスなっただけやん」
「出会いがたまたまなだけやろ、そんなん当たり前やん。誰でもええ軽い奴やと思っとるん?」
「思ってない…から余計わからん、不安になる」

ひどいことを言っている自覚はあるけど、宮もその懇願するような顔を狙ってやっていないならよっぽどひどい。
誰でも選べるのに私を選ぶ理由がわからない。どこが好きなのかわからない。私が宮を好きになる理由があっても宮が私を好きになる理由も、これから好きでい続けられる理由もない。今だって泣きたくて顔がゆがむ自分のことが面倒くさい。

「どこが好きかって?欲しがりさんやなあ、たまらんわ」
「なんで心読めんねんこの人いややー」
「今ぐだぐだなってるのかわええしそのくせ人のブレザーおとなしく着てるところとか、俺のためにカイロ出してきたのとかそういうとこやぞって思っとるのにまったくわかってないところとか」
「もういい、わかった、まだ好かれる覚えはないけど」
「それなら俺の方が好かれる覚えないのに告白までしてるんやで。いつまでも試してんと優しくしてくれ」
「はははっ!」
「むっちゃウケるやん。え、俺んこときらい?」
「きらいではない」
「よかったうれしー、ってちゃうやろ!」

楽しいなあ。色気のないいつもの感じだ。これがいいのに、心が軽くなったところを見逃してくれない宮はわざとそうしたように畳みかける。

「好きになるのってめんどいやん。俺はバレーだけしてたいしバレーのことだけ考えてたいし今やってめんどい話してるのに、なんでかめんどくないしイヤちゃうねん」
「ぎりぎり最低なこと言うてない?気のせい?」
「他人に頭の中支配されたないやん?」
「意識するとおかしくなるのがいや、微熱あるみたいになっていや」
「そういうこと言うて振り回してくるやろ?これがイヤちゃうねん。こんなん初めてやねん」

あれこれ理由を持ち出さなくても好きになるときにはもうなっていて、もとの自分に戻ろうとしても戻れない。よく知ってる。今まさに痛いくらい身に覚えがある。
宮が適当に告白なんてするほど軽くて暇な人間じゃないってことも、もう知ってる。そこを好きになってしまったから。大好きだ。

「泣く女めんどいやろ、絶対めんどいって言うタイプやん。めんどいよ!?」
「泣いてるん?キレてるん?」
「今日ずっとおかしい…どうしてくれるん」
「フッフ、胸かしたろか」
「いらんー」
「だいたいそっちも男に好かれとるやろが、うちわとかより本気のやつ」
「あれこそ誰でもいい人らやろ」
「そういう目で見られてるのイヤや。俺だけがええ、全部」

ずっと胸のまんなかが痛い。
どれだけ気を紛らわせるためにふざけようとしてみても宮は容赦なく本気の様子から切り替えてくれない。宮の左側はさえぎる前髪がなくて目がよく見える。捕らえられてしまっている。

「毎日話し足りんし合宿中も寝る前とか朝起きたときとか顔浮かんどったしこっちも結構やられとんねん。そろそろええかげんにしようや」

どうしよう、嬉しい。
線を引く。一歩さがる。線の上に宮が立つ。また新しい線を引く。何度か繰り返してきたこの行為にも終わりが見えてしまった。

「なまえちゃん、好きやで。俺のことどう思っとる?」

カイロごしに手を握られて、薄暗くて曖昧だった輪郭がはっきりとする。握り返すとお互いの熱が繋がって、とっくにそこにあった私の答えを大事に手放すときがきた。

「もういやや、宮のことこれ以上好きになりたくない」

観念して力が抜けると宮の右腕が回ってきてもたれかかるように抱きしめられた。私が嫌がらないとわかったのかどんどんちからが強くなる。ちょっと痛いけど今はいい。寒かったし、何より宮に寒い思いをしてほしくない。好き。

「もうな、ずーっとこうしたかったねん」
「うん」
「なまえちゃんに嫌われたくないからガマンしてたんやで」
「宮はやさしいよ」
「イヤとか言わんと好きになって」
「…もう好きやねん、楽しそうにバレーしてるところとか…うっ」
「くたばるな、最後まで言うて」
「バレーしてるとき、すき」
「おい。してないときは」
「おもろい、うるさい、ちょっとめんどい」
「いっこも噛まずに言うやん」
「けどすきやねん、めちゃくちゃすきでいややねん」
「知っとるよ」
「そういうとこや」
「ありがとぉ」

そういう意味じゃなくて。ここはつっこんでも喜ばせるだけだからケタケタと笑っておく。もたれかかられた重たい身体の中で揺れると繋がれた手と巻きつかれた腕のちからがまた強まる。

「好きなやつに好かれたら嬉しいやろぉ、逃したら二度と現れへんでこんなええ男」
「ふっふ」
「ネタちゃうねん」
「うれしいよ」

そしてやっぱり少しこわいよ。だって本当にそうだとしか思えない。寒いのに熱い。うれしいのにこわい。好きなのに、なんだろう、終わらないでほしい。
こんななんのかたちでもない雲。近くを何度も飛んでいく飛行機。丸くも細くもないぼやけた月。腕のちから。ジャージごしの身体の厚み。当たるマフラーのこそばゆさ。真冬なのに汗をかいてしまいそうな手。耳の熱さ。宮を好きなこと。どれかひとつでも覚えて持っていけたらいいのに。何ひとつなくならないでほしい。好きでいたい。好きでいさせて。
どこにいたって綺麗な目が今、私をとらえている。確かなことはこれだけだ。十分じゃないか。

「付き合ってくれるんやんな?」
「うん」
「今日は家まで送らせてくれる?」
「うーん。早く休んでほしい」
「朝ロードだけやから。今日手ェ離したくない」
「…駅までな」
「同じ気持ちなんや嬉しいなあ、なまえ」

同じじゃないと思うけど同じがいいなあ。本当は私のほうが送っていってあげたい。早く帰してあげたい。まだ帰りたくない。

「せやなあ侑、って呼ぶとこやろがい」
「あー、えー?ツムちゃんは?」
「治がちらつく、イヤ」
「まあそのうち、呼ぶときあれば」
「あるやろ彼氏やぞ」
「順応早いな。まだ恥ずかしい」
「かわええなぁもー、好き」
「うるさいなぁ、侑」

疲れているからよけいに寒そうで眠そうで、なのに、無限に幸せそうな顔をする。
めずらしく素直に照れてる侑のほうがよっぽどかわいい。
ちからの込められた腕をあいた手でよしよしと撫でるとあやされたようにご機嫌そうに笑う。
この先、侑の大きさのぶんだけの苦しいことがあってもそれごと何ひとつ失いたくないと思った。諦めずにいようと思った。
侑が私にそうしてくれたように、いやになるほど好きになっても、私はこの人といることを選んで生きていきたい。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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