期末テストが始まったというのに、頭の中はもうすでに勉強どころではなかった。

「昨日、トイレ事件のことミヤアツに全部話したで!なまえが言われたこと全部知りたいって真剣やったから。しかもアタシのカレシが言うてたんやけど、ミヤアツめっちゃこわい顔してひとこと言いに行ってたんやってー!いい彼氏やん!キレたらこわいけど!じゃあ生物がんばろなー!」

朝一で顔を合わせた友達から聞いた話は詳しく聞きたいことが多すぎて、付け焼き刃みたいに詰めこんでいた勉強内容はこぼれ落ちていった。
あの事件のことで宮に話してないことはもう無かったと思う。宮は、自分と治のことは何を言われても平気そうにしていたのに、私が気にするからわざわざ何かを言いに行ってくれたのかもしれない。
友達の口振り的に、女の子相手に怒鳴りつけたり派手な喧嘩にはなっていないように聞こえるけど、私のせいなんかで宮を悪目立ちさせたくない。
うまくいかなかった生物のテストから切り替えて、次の世界史を叩き込もうとしたとき、めずらしく角名くんが声をかけてきてくれた。昨日も声をかけてくれたのに、まだ新鮮にめずらしい気持ちになる。

「昨日の一年の子たち、たぶんもう見に来たりしないし、移動とかで会っても平気だよ。誰が来てたか教えろってみょうじさんの彼氏が必死でさ、体育館でよく見る子が中心ぽかったし、昨日も居たから教えといた。口止めされてるから詳しく言えないけど、みょうじさんの彼氏っておっかないよね。それだけ。勉強中ごめんね」

口止めするようなことがあったってことか。じろじろと見られなくなるならありがたいけど、もしかして、宮のことを好きかもしれない子にまでブタとかなんとか言ったのか。
見ているだけで目まぐるしい宮の人生に組み込まれることを選んで、望んだのに、もう心配ごとの多さに頭を抱えてしまう。
世界史どころではなかったし、この数百人だけの学校で平和に過ごす方法のほうが、世界なんかのことよりもよほど知りたかった。

春高のためにバレー部の練習があるらしい宮は、テストなんて関係なくバレーをしにきたように治と角名くんを迎えにくる。
前のドアから入ってきて、なんでもないようにわざとらしい笑顔で私に帰りの挨拶をしてくる宮のエナメルバッグに手をかけた。

「宮、あつむ!ちょっと話せる?」
「なになに甘えたさんなーん?今日も電話する?」
「うるさいっ。治、この人ちょっと借りるで!」
「ええよ、そのまま貰ったってや」
「治と私で半分こしよや」
「ええって。最後の一個やからみょうじにやるわ」
「おい!俺を残りモンみたいに言うなや!なんやねんお前ら!」

部室に向かう治たちを見送って、教室に残る。
私と一緒に帰るために迎えに来てくれた友達にも、先に帰ってもらうよう伝えて手を振った。「おめでとう、大事にしてや」と声をかけられた宮は、目を細めて喜んでいる。付き合ったことを、私が周りに隠さないことが嬉しいと、昨日の電話で言っていた。
彼氏になった宮は今日もかわいいけど、話したいことを思い出す。

「み、…あつむ!私に話すことあるやろ」
「まだ呼び慣れへんの?」
「そーやけどその話ちゃうねん」
「なまえちゃんも全部は話さんやんかー」
「まだ話してないことあったっけ?本気でわからん」

昨日あった困りごとは昨日のうちに全部話した。
今日も誰かに何かをされたり言われたりした覚えはない。
うーん、と首をひねって唸っていると、気の短い宮はよそ行きみたいな笑顔をやめて、唇をムッとさせた。
妙にやわらかいところのあるこの人の内側は、たまにむずかしい。

「俺が聞いてた以上になまえちゃんのこと悪く言われてた」
「そうやっけ?そんなん忘れてたわ。忘れるくらいやから大したこと言われてないやろ」
「アホ」
「それで話しに行ってくれたん?一年の子のことも、ありがとう」
「ほんま角名あいつなまえちゃんとはよぉ喋りよる」
「なあ、ブタとか言うてないやんな?」
「い、言うてへん!!俺の彼女見んとってね、名前も出さんとってね、って頼んだだけやし!」

嘘がバレないように目をそらす宮の、頭かどこかをなでてあげたくなった。
それから、好き、と言ってしまいそうになった。
まるで傍迷惑なアホップルになるところだった。

「私はほんまに大丈夫やから、あんま何もせんでいいで。侑がモテるより嫌われる方がいやや」
「ハグしてもええ?」
「それはむり」
「こっちもむり」

まだ教室に残っていた子たちが、私たちのいる場所と反対側のドアから急ぐように出ていくところが見える。話が聞こえていたのかはわからないけど、気を使わせてしまったかもしれない。二人だけにされてしまった。
廊下側から見られないように、宮の身体で隠れるよう正面に立って、斜めがけされたエナメルバッグに手をそえる。抱きしめてもいいと言わなくても伝わったようで、すぐに腕ごと包み込まれてしまった。

「三秒だけな」
「むり五秒」
「もう経ったやろ。廊下から見えるしやめよ」
「あと五分」
「…これ離れたとき寂しいねん、やめて」
「そんなこと言われてやめるアホおらんで」

胸元に頭をうずめるようにして首を振ると、骨を折られそうなくらいちからが強まる。グェ、と汚い声を出してみてもやめてくれない。
早く話を済ませてバレーに行かせてあげたいのに、テスト勉強もちゃんとしてほしいのに、ずっとこのままでいたくなる。

「……じゃあずっとこーしてて」
「ええよ」
「ええよじゃなくて!なんて言うたらやめてくれるん!慣れてへんねんこっちは!」
「こっちも慣れてへんわ。なんか俺むっちゃ愛されとるのに片思いみたいや」
「寂しいん?どうしよう」
「俺はずっとこーしたかったし、こーしときたいんやけど。なまえちゃんは違うん?」
「それは嘘やろ。このままやとバレーできんやん」
「悪いことしか言えんのかその口は」
「ごめんて」
「俺の好きが太陽くらいのでかさやとするやん?なまえちゃんのってどれくらい?」
「めんどいテスト始まった」

本気で拗ねてるのかどうか、顔をうかがうために見上げると、ちからをゆるめられる。
反発されてもっと強くされないように、離れない意思を込めて、ゆっくりと胸元を押し返して目を合わせた。

「宮、…侑、屈んで」
「なーに?チューでもしてくれるん?名前呼ぶのもおぼつかんのに?」
「そやで、目ェとじ」
「ほんまに言うてん!?はじめては俺からしたいんやけど!?時と場所むっちゃ考えてたんやけど!?記念日とか観覧車とかイルミネーションとか海とかやなくてええの!?」
「もう言葉より行動しかないやろ」
「男前すぎるやろ!一昨日付き合って昨日が膝枕で今日がチューなら明日どうなってまうん!?笑てる場合か!!」

付き合ってまだ二日目なのに、付き合ってる実感のようなものすら薄いのに、私より先にいろんなことを考えている侑に笑いが止まらない。
付き合うということがどういうことなのかもわからないけど、侑の腕の中におさめられていると、全部これで正しいという気がしてくる。

「ほんま毎日やさしくておもしろくてかわいいな、みんなわかってくれるといいな」
「ちゃうねん俺はかっこええねん。早よわかってくれ。なまえちゃんだけわかってくれたらええのに」
「じゃあ屈んでやツムちゃん」
「今日は何を企んでるん?」

顔が近付いて、目はあけられているけど、じっと見つめているとそらされる。
笑ってしまったけど、私も初めては侑からしてほしいし、したいと思ったときにしてほしい。
誰ともしたことのないキスを、いきなり口にすることは難易度が高かった。侑の髪の短いところを目がけたいのに、幅が狭くて狙いがさだまらない。さりさりと、やっぱり指の背や腹でなでてしまう。
大きい耳がかわいい。ちょっと困ったように動く眉毛がかわいい。頬をなでると目を閉じるところがかわいい。されるがままの侑を見ているとなんだか泣きたくなった。
頭を両手でつつんで、意を決して、だれにも見られないように、一瞬で済ませようと背伸びをしてみたけど、笑えてしまってだめだった。

「ぷふっ…あはは!」
「人の耳元で笑うな!!」
「むりやった!恥ずかしい通り越しておもしろくなってもた!」
「緊張させといておもしろがるな!」

近付けてくれていた顔は、ため息のようなものをついてはなれていった。
見下ろしてくる目は怒っているでも呆れているでもなく、私と同じような目をしている。

「人おらん海がいい、さっきの三択なら」
「いつ行けるん。それまで我慢しなアカン?」
「侑の好きにしていいよ」
「…そういうことは言うたらアカン」
「寂しいのなくなった?」
「なまえちゃん、愛されてるのはわかるけどな、俺は頼られるか甘えられたいんやと思う」
「……頼…?甘…?なに…?」
「そーゆーとこも好きやけどな、なまえちゃんのために何かしたい」
「甘えるタイプめっちゃきらいそうやん?」
「あのな、俺はお前のことが好きやねんって言うてんねん。何回でも言うたるけど」

甘えるということがどういうことなのかピンとこないけど、それこそ侑がブタとか言いそうな言動だということは想像できる。
何かしたいということは、何かをお願いしたら侑は寂しくなくなるということだろうか。

「甘えたら嬉しいってこと?できると思う。やってみる!」
「いちいち男前やな」
「できるで、治みたいな感じやろ?」
「絶対やめろってそのたとえ。おい咳払いして態勢入んな、かわえーけどもや、待て」
「ツムちゃん…もっとぎゅってして?腹減った」
「半分サムやねん!前フリ最悪やねん!でもかわええ!ギュッてしたい!何この気持ち!やめて!」
「コツは掴んだで」
「掴むな!ヘンな遊び覚えんな!頭おかしなる!」

お願い通りに腕のちからが強まって、頭の上で懇願のようなものをされている。
本題がなんだったのかわからなくなったけど、話は済んだような気がするから、部室まで送り届けることにする。

「ツムちゃん、一緒に部室いこ。食いモンない?」
「なんで半分サムやねん!それどんな気持ちで言うてるん!?」

おしまいの意味をこめて背中をぽんぽんと叩くと、もっと腕を強く回したくなった。
一瞬だけちからを込めてみると、ヒェ、とかわいい声をあげて侑のほうが腕をはなす。
離れてみると、いまさら何が恥ずかしいのか顔を隠しだして、こっちまで変なことをした気分になって、とりあえず教室を出た。

「甘えるってむずかしいな。手本見せてや」
「俺は甘えるシュミないし」
「なんかないん?してほしいこととか頼みとか」
「むっちゃある」
「あるんかい!なに?」

視線を感じて、となりを見る。
テスト勉強を教えるのはむずかしいけど、侑のためなら一緒にがんばれるかもしれない。昨日断ったアイスの半分こは、室内だったらなんとか叶えてあげられるかもしれない。
まあだいたいのことは、やろうと思えばなんだってできる。

「テストで朝練ないから一緒に学校行きたい。駅行く」
「わざわざ!?」
「付き合ってるんやろ?」
「そやけど勉強ちゃんとしてる?してない人は朝詰め込むのが一番大事やろ」
「勉強しかしたことないです」
「してないなこれ」
「それでな、朝電話で起こしてほしい」
「いいけど、ちゃんと起きてくれるん?責任おもいなー!」
「手ェ繋いで行ってくれるなら起きる」
「朝歩きながら勉強したいからあかんわ、繋ぐ手ない」
「じゃあええよ肩抱きながら歩くから」
「なんも良くないわ!」
「じゃあ教科書かノートか知らんけど一緒に持つ。そんで手ェ繋ぐ」
「絵面おもしろいけど危ないからあかん」
「じゃあ俺が片手で持つから」
「もー!わかった!ふつうに繋いでいこ。ちょっと早めに来て勉強しよか」

廊下のまんなかで、サービスエースを決めたときみたいにガッツポーズをしてる。
甘えるシュミがないと言っていたわりに、こっちは甘えてくる人を甘やかしてるような気がしている。
手を繋ぐくらい、好きにしてくれていいのに。

「そうや、まだ侑に話してないことあったな」
「なに?愛してるって?」
「侑が合宿行ってるとき寂しかったし、電話したくなかったけどしたかったし、しそうになってたし、してほしいなと思ってたら電話きた」

バレー部の部室が見えてきて、なんとでもなれというように、気がおおきくなってくる。

「今思えば、関わりたくないのが最初から特別やねん。好きになりそうでこわかったねん。どこまで好きになるかわからんやん、こわいやん」

私からすれば、侑が私を好きになったんじゃない。私がずっと侑のことを好きだった。

「いつも、諦めたかったねん。でもむりやったねん。ずっと片思いなんはこっちやで、だって、こんなん」

早く部室に入ってほしい。私の話なんて置いて、バレーをしにいってほしい。

「愛してるってことやん…」

侑がそう言って、私が顔を隠したとき、部室のドアがひらいて着替えを終えた治たちが出てきた。

「あ?ツムとなまえやん」
「お前なに名前で呼んどんねん!!!しかも今むっちゃええとこやってんけど!?」
「うわ、侑となまえまたイチャついてたの?」
「角名くん!?私も倫太郎って呼んだらいい!?」
「絶対アカン俺が許さんっ!」
「さっき赤木さんも、なまえは脅されたんか?言うてたで!」
「脅してへんて!名前呼びたいだけやろ!なんやねんその流行り!」
「で、北さんはー」
「治と間違えたんか、やろ!?もうええねんそれ!!」

私の好きな人は、みんなに愛されてるなぁ。
うれしくなって、目もあけていられないくらい笑顔になってしまう。

「なまえちゃんは何をうれしそうにしてるん?」
「侑が好きなだけやで。はよ着替えや。いってらっしゃい、明日ちゃんと起きてなぁー!」

言い逃げするように手を振って走っていくと、どれが誰の声なのかもわからない、いろいろな騒ぎ声が聞こえてきた。
侑と、侑をとりまくすべてが好きなだけ。
それだけはわかるから、甘えられたいという侑のために、明日は私から手を繋いでみようと思う。
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