一時間目が終わるチャイムが鳴って、次の授業を受ければ決勝会場まで移動になる俺たちにとっては、最初で最後になる休み時間が始まった。
約束をしたわけでもなく銀と並んで、となりのクラスに足を踏み入れる。
学校を休むと聞いてはいたけど、目を合わせたい子がそこにいなくて、その席だけぽっかりと大きな穴があいていた。
つまらないのと同時に、観客席にあの子のいる決勝がよけいに楽しみで待ち遠しくなる。
その席のもうひとつ奥、教室の一番奥の角名の席で、治と角名は決勝前とは思えないテンションでだべっている。

「なんや今日このクラス暗ない?停電してん?やばない?」
「やばいのは侑や。一組に失礼なこと言うな!」

背中を小突いてきた銀は、このクラスにいるテニス部の子のことが気になっている。
自分だって、目当ての子が教室にいないときの気持ちくらいわかるくせに。
そう言いたい目を向けると「いらんこと言うなよ」と、恋する少年みたいにおぼこい顔で釘をさされた。
角名の席まで歩き進んで、静かで誰もいなくてからっぽみたいななまえちゃんの席には背中をむけた。
金曜日に、俺のためか、バレー部全体のために、祈っていたなんともいえない姿を思い出す。
意味がないと言うところはかわいげがなくて、そのわりに真剣そうに目を閉じて手を組む姿はかわいくて、静かで神聖で、きれいなものだった。
勝つとしか考えてなかった意志に、勝とうって意欲がついてくる。

「今日の相手の動画もっかい見よや。サムも見ろ。試合出んなら意見出せ」
「治!俺らが絶対春高つれてくからな!」

彼女か、と俺と治の声が重なった。
角名の机の真ん中に俺のスマホを置いて、膝立ちになって動画を見ていると、治と角名は驚いたような顔をしてこっちを見る。

「なんやねん?俺やなくて動画見ろや」
「ツム絶対みょうじの席座るからチクったろて言うててん」
「はあ?」
「金曜、侑の距離近かったよって教えたら、教室出禁にするって言ってたから」
「何言うてくれとんねん!?あの人それであの日むっちゃ早く帰ってたん!?あれ俺から逃げてたん!?」
「何したんや侑…」
「何もしてへん!未遂や!未遂っちゅーか、ちゃうねん!なんかえらい真剣やなぁって見てただけや!」
「事情聴取やん、犯人やん」
「動画、俺は自分ので見るよ。狭っ苦しい」

散れとジェスチャーされて、銀は俺から一歩ひいて角名の横に立つ。
俺のスマホはそのまま角名の机に立てて、かがんで治と画面をのぞく。

「……あんなに迫っておいて席には座れねーとか」
「うっさいねん!迫ってへんわ!」
「ツムのせーで今日学校来てへんのとちゃう」
「ほんまそーゆーこと言うのやめろや!決勝前やぞ!?」

俺に言うだけ言ってかき乱しておいて、動画より速そうとか、こいつが出てきたら楽そうとか、まじめに対戦相手を見てやがる。
休んでるってことは、宣言されていたとおり、試合を観にきてくれるってことやと思いたい。まさかきらわれたりはしてないと思いたい。
意識をそらすように動画を眺めて、今日はスパイクとフローターのどっちから始めようか考えた。
いい感じにイメージができてきたところで、なまえちゃんの席からガタリと音がして、もしかして観戦をやめて学校に来たのかと、首がもげそうな勢いで目を向けるとただの一組の野郎が座っていた。

「そこお前の席ちゃうやろ座んな」
「休んどるからええやん?バレー部、今日決勝やて?みょうじってそのために休んでん?」
「勝手に座ってたって言うたろや、サム」
「まあイヤがりそうではあるな。言うたろか、ツム」
「わかったて、立つって。んでみょうじはバレー部応援するために休んでん?」

三人とも何も言わないから、俺が返事をしないといけないらしい。面倒くさいし、本人のいないところでべらべらと自分の行動を明かされるのは、あの子がきらいそう。

「おん早退めんどいから休むって」

無視でいいか、と思ったら治がかわりに返事をした。
試合に来ることを、治も聞いていたってことに顔がむっとする。

「マジかー。バレー部のやつと付きおーてるん?」
「聞いたことないな」
「でもわざわざ休むってすごない?好きな奴おるんかな?」
「あの子そういう話きらいやろ、やめたれや」

いいかげん鬱陶しくなってきて、態度に出始めると、誰にでも友好的な銀が「俺ら対戦相手見るのに忙しいんや、悪いな」と笑顔を見せて平和的に解決してくれた。
あの子のきらいそうなその話は俺も気になるけど、俺以外には探らせたくない。探る理由も持たせたくない。

「侑がんばれって今ごろみょうじさんも言うとるぞ!知らんけど!」
「俺な、あの子に名前で呼ばれたことないねん」
「スマン!でも名前で呼ばせてくれとるんやろ?仲ええやん!」

あの子のお友達が呼んでいた名前を、ふーんと思って、勝手に呼んでみたら、意外とそのままにしてくれているだけ。
たしかに他の男が名前で呼んでいるところを見たことがないけど、これを、仲がいいと言っていいのか。

「ツッコむんめんどいだけやろ。みょうじとツムの性格的に」
「ツッコミ入れると侑が喜びそうだもんね」
「お前らな!ほんまあの子含めて一組のやつこーゆーとこある!」

こいつらの言う通り、名前は勝手に呼んでるだけ。ツッコまれないだけ。
俺の名前は、呼ばせてみようとしても、継続して呼んではくれない。
でも試合には、来てくれる。気付くひまもなく、そういう話になっていた。

「今日お前らがなまえちゃん試合呼んだん?」
「ツムが呼んだんとちゃうん」
「当たり前に来るもんやと思てしゃべってた」
「尾白先輩のファンかもって言ってなかった?」
「いつ!?俺聞いてへん!」
「一週間前」
「お前ら仲よかったん!?」
「席近いだけ。みょうじさんてふらっと話しかけてくるじゃん?」

わかる、と治がうなずく。
ろくに話しかけられたことのない俺にはわかるわけがない。俺から見るとあの子は、いなくなりそうでいなくならない、ふらっとしてる人。

「わからん!俺ほぼ話しかけられたことない!」
「ツムは席遠いからちゃう?」
「席っつーかクラス違うやろ!最近の侑ほぼ二組おらんけどもや」
「アランくんのどこが好きやって?名前?ツッコミ?パンツ穴あいてるでってちゃんと教えといたか!?」
「声でかいて。尾白先輩のプライバシー侵害すな」
「サーブ前の動作とか、サーブの音とかが厳つくてすごいって」
「サーブフェチやん!!」
「なんやそれ!」
「アランくんもすごいで?そらすごいけど!サーブといえば俺やろ!俺のサーブは?今日もアランくん目当てなん?」
「知らねー」

角名は聞いているのに俺が聞かされていない話があることに、やるせないような気持ちになる。
本当にアランくんみたいなエースが好きなのだとしたら、セッターが一番かっこいいって話にうなずいてくれない理由がちょびっとだけわかる。
俺はサーブも褒められたことがないし、公式戦の感想なんて「ひいた」の一言だけだった。
照れてるとかでもなんでもなくて、あの顔は、たしかにひいていた。

「お前ら甘いわ。みょうじの目当て、アランくんだけとちゃうやろ」
「一応聞いたるわ、なんでや?」
「あいつ、自分の話せんやん」

わかる、と角名がうなずく。
これも、俺にはわからん。話したがりではないけど、けっこういろんなことを話してくれる。
これは、俺にとってはいい意味での違いかもしれない。

「たしかに、治目当てとか俺に言うわけないか」
「なんでサムやねん!……とべとべ治って言いたいって言うてた!」

ワッと顔をおおうと、銀がなぐさめてくれる。
優しさがしみるけど、ここは逆になぐさめないでほしい。

「春高で言わせたれや、アホサム」
「春高つれてったるから早く復調せえってことやな!侑!」
「訳すな」
「……わかった!今日の会場神戸やろ?みょうじ、中華街行きたいんとちゃう?」
「はあぁ?なーにが、わかった!やねん」

治は試合に出ないから神妙な顔つきをしているのかと思えば、メシの話に目を輝かせて、そこら中にメシがある朱色の街にトリップしてる。

「治じゃねーんだから…って言い切れないとこはある」
「せやろ?今ごろ小籠包食うとるで。ええなあ」

ごま団子、角煮まん、とメシの時間でもないのに、朝からハイカロリーな話を幸せそうにする。五感がその街にあるように幸せそうな顔をして。

「お前のそーゆーとこを信用してんやろなってことしかわからんわ」

治は今にもじゅるりといいそうで、角名は何やらスマホをポチポチして、銀は応援のために声をかけてくれたテニス部の子とイチャコラしている。
羨ましくはない。俺は直接観にきてもらえるから、羨ましくなんかない。
終わりそうな休み時間、さっき座られたあの子の席に上書きするように、腰をおろす。
真似をするように目をとじて、こっそり、ひっそりと、祈るように、観客席の、きっと片隅に座って応援してくれているあの子を想像する。
今日きっちりと勝って、あの笑顔が見たい。
list
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -