今日の体育館はいつも通りまばらに人がいた。
侑によると、昨日はここで告白をするために私を待ちながら人払いをしていたらしい。
そんな傍迷惑なことをしていたのかと思うけど、そんなことをさせるだけの気難しさが私にあることは否定できない。
別の場所で二人きりになるように呼び出されたり連れ出されたりしたらきっと話を聞かないように逃げていたかもしれないし、人がいれば冗談として聞き流していたかもしれない。
タチが悪いと言われた記憶も新しくて我ながらややこしい性質をしていると思うけど、侑のこの理解がある限りはその性質からもこの人を好きでいることからも逃れられない気がする。

「今日な、脅されてないっていろんな人に何回も言うてて気付いたねん」

「好きで付き合ってるんやんなー」
「治のひ孫を人質にとられたなぁって気付いた」
「あれはっ!脅しとちゃうやろ!別れへんで!」
「別れへんよ。ありあまる自信どこいったん」

話しながらボールを上げる侑の近くで、今日はおやつがないから私もボールを触ってみる。
どうすれば試合中の侑のように綺麗に後ろに飛ばせるのか気になって、高く上げたボールを指で弾き返してみる。なんとか後ろに飛んでも遠くへ飛ばすことはできない。比べることも失礼かもしれないけど身をもって侑のすごさを知ることが楽しい。

「別れへんけど付き合うってなんなん。帰りたまに会えたらいいけど待ったら侑は送りたがるやん?あ、宮か。あれ?侑?」
「侑や侑」
「今日角名くんといっぱい喋ったから侑呼びうつったみたい」
「いろいろ言いたいけどギリ許したる」
「それで、侑が帰り遅くない日はたまに待ってていいん?バレー部で寄り道するとかじゃなかったら」
「なんそれ俺のこと好きみたいやん…」
「やっぱり飽きる?」
「噛み締めてんねん、やっぱり飽きるてなんやコラ」

ボールが空中にいる隙に、怒りを隠さない目元がギロリとこちらを見る。たしかに昨日あれだけ好きだと言わせておいた身で、失礼な物言いをしてしまったかもしれない。

「元カノが帰り待ってたらフられたって言うてたから」
「それは根本的な原因ちゃうしなまえちゃんと他の子は何もかも違うってええかげんわかって」
「うん、侑に好きって言われたことないって言うてた、びっくりした」
「好きな子にしか言うたことないからな。よく覚えとって」
「そう、私は好かれてるんやなって思ったのが最悪やった」
「なんなんむっちゃ俺のこと好きやん…」
「侑のこと侑って呼ばれるのがいやなこともいややし、付き合う前から応援席とかいややったし、こういうのいやや。好きとかちゃうねんこれ」
「ちゃうことないやろ、ヤキモチやろそれ」

絶対に言葉にしたくなかったことを言葉にされて、その場でへたり込む。昨日の続きのように頭がこんがらがっていく。身体ごと隠れてしまいたいけど冷たい床の上はどこにも隠れようがなくて、巻いていたマフラーに鼻まで埋まることしかできない。
ずっと、嫌なことを嫌だと認めたくなかった。ヤキモチなんかやきたくない。誰にも執着のない寛容な人でありたい。誰が誰をどう呼ぼうと、誰が誰を好きになろうと自由であってほしい。
人を好きになるということはもっと明るくて、人に見せられるものであってほしい。
こっちは自己嫌悪で目元までマフラーの内側に入ってしまいそうになっているのに、侑はもう元には戻らないんじゃないかというくらいずっと口角を上げている。

「ちょっと抱きしめてもええですか?」
「そのままボール触ってて。性格悪いって言われたし…その通りやで最悪や」
「なまえちゃん俺のこと好きなだけやんなんも悪ないって、だからハグしよ」
「人おるからむり」
「一瞬だけ」
「絶対むり」
「じゃあ何されたか全部話して。何でキレたか」
「…何もされてはない。大丈夫」

侑の上げていたボールがその両手におさまる。そうまでして聞く話なんだと暗に言われる。認めたくないヤキモチのせいで床でペシャンコになりそうな私の前にしゃがみ込まれてしまって、ここまで聞く体勢に入られると話さざるをえない。

「嫌なこと言われただけやねん…言う必要ないやん?侑と治のこと悪く言われたとか」
「治も?なに言われたん、兄弟やから聞かせてや」
「……双子やから治も私のこと好きとか」

治と私の関係はちゃんとあるのに、双子やからってなんやねん、とまた苛立ってくる。口をつぐむ私を眺めて侑は真剣な顔つきで次の言葉を待っている。

「…そんだけ!?どこが悪口やねん!自分のことでキレろや」
「治は私の友達で侑の兄弟やで?しょうもないこと言われたくないやろ」
「俺らのことなんか言わしといたらええねん。相手する価値もない」
「いやや。侑を、…捨てて、治にしたらいいって言われたのが一番むかついた…二人のことなんやと思ってんねん。治に言わんといてな」

大事な二人をコケにするような物言いは思い出しただけで怒りだけではおさまらずに泣きたくなる。
ヤンキー座りに頬杖をつくようにしていた侑があぐらをかいて両腕を広げる。腕の中に来いということだろうけど、ボールを軽く浮かせるように投げると見事にトスを上げてこっちに返ってきた。
おお、と私が感心していると、ちゃうねん、と侑は空中にツッコミの手をいれている。

「言わんけどそんなしょーもないこと気にせんで治は。笑ってネタにするやろ。でもなまえちゃんはイヤやったんやな、ハグしたろ、おいでや」
「せえへんって。言わんでもよかったやろ?」
「なんか隠されてるなーってアレがイヤ。なまえちゃん自己完結するとこあるし」

もともと自分の話はしたくない方で、言いたくないことを言わないようにしながら話すことは難しくないつもりだった。それなのに侑には私の心の声が漏れてるのかと本気で思うときがある。

「…侑の言う通りやな。ありがとう。侑が修学旅行のとき弱ってたのってこれ?優勝と合宿で上がりすぎて崩れてたんかな?」
「弱ってるん?なでたろか」
「なでて」
「まさかの即答やん。なでるのはええんかい」

隙間を埋めるように正面まできてくれて、口振りのわりにためらいのある手を伸ばされる。侑の手がマフラーで浮いた髪に沿うように当てられて、頭をかたむけてあずけると大事な指先が遠慮がちに髪に通される。
指先のためにやめよう、と離れようとするとボールを掴むみたいに後頭部を掴まれておとなしくなでられていた方がましな状況になってしまった。

「…離れたくないって思ってる。さっき言えんくてごめん」
「いきなり心臓止めにくるのなんなん。ここは抱きしめるとこやんな?」
「それは違う」
「なんでやねん!」
「バレーの邪魔したくないけど何が邪魔になるかわからんやん?負担かけるのちょっとこわい。バレー部だけの時間も邪魔したくないって思ってる」
「邪魔とか無いから。離れへんって安心させてくれる方が集中できるねん。愛してるって毎日言うてくれたらええねん」
「……まじめに話してるんやけど?」
「こちらこそ大まじめや」

後頭部の手がマフラーの内側にあるうなじまで下げられる。
こんな誰に見られているかわからないところでしない人だとわかっていても、少しでも力を込められるとキスをされそうで落ち着かない。
愛してる待ちみたいになっているこの状況もごまかして切り抜けたい。
目を泳がせて壁時計を見ると本鈴まであと十五分になっていて、朝から考えていたことを思い出した。

「侑、お昼寝しよ!今日ずっと起きてるやろ?昨日倉庫にいい感じのマットあるの見た」
「お前、…お前ちゃんは何を言うてるんですか!?」
「そっちこそ何焦ってるん、近くで見といたるよ。予鈴鳴ったら起こすよ」
「いらんって、やめとけ。男女が二人っきりで体育倉庫なんかおったら事件やねん」
「事件なん!?」

侑は両手を膝の上にして大まじめに何度も深くうなずく。誰にとってどんな事件になるのかわからないけど部活停止になるような事件は起こしたくない。
それに、昨日私にとって居心地の良かったあの場所に侑を連れて行きたかったけど、侑には日当たりのあるこのフロアの方がいいかもしれない。

「じゃあ膝かすからちゃんと寝て。私のマフラー敷いて」
「…は?それ意味わかって言うてる?角名の仕込み?」
「膝かすだけやろ!?誰にも言われてないし夜更かしさせたから寝てほしいだけなんやけど…嫌?」
「してほしいに決まっとるやろ」
「どないやねん。嫌なら無理せんでいいよ。寝たら寒いもんな」
「イヤなわけないけど基準どうなってん?膝枕やで?ハグも愛してるもアカンのに?」
「膝枕とか言うから変な感じなるねん。膝かすだけやって。昨日めっちゃくっついてきたやん、あれより密着してないやん?あれは慣れてるん?」
「慣れてへんわ!」
「おいでや」

ほどいたマフラーを横に敷いて、横座りをしてぽんぽんと膝を叩いてみる。侑の手で変に熱を与えられていた首周りがちょうどよく冷やされていく。
侑は敷いていたマフラーを私の首元にぐるぐると巻き直して、葛藤した表情で少しずつ身体をかたむける。
愛してるなんて言うことに比べると膝をかすくらいどうってことはないのに、侑にとっては一大決心が必要らしい。


「床痛いやろ」
「膝だけでええです。ほんまにええの?」
「いいから一気に来て、寝かしつけるために二人になったねん」
「何これ、何が起きてるん?付き合ってるからええんやんな?」
「そやで、付き合ってるから早く横になって寝えや、知らんけど」
「知っとけや…」

頭がこてんと左の太ももに乗る。思ってたより近いな、と侑の目元を手で覆うとまばたきを繰り返すまつ毛がばさばさと手のひらに当たって笑ってしまう。おなかが出てるとか思われてしまったらどうしよう、侑の首とか傷めてしまったらどうしよう、と事の重大さにどんどん気が付いていく。
しかも感情の振れ幅のある一日で、食後で寝不足で、私の方が眠ってしまうかもしれない。

「ねむい…」
「予鈴鳴ったら起こしたるわ。なまえちゃん俺な、授業中寝たから眠くないねん」
「……は?膝返して!?授業ちゃんと受けや!」
「膝枕なんかされたら今日も寝れんやんどーしてくれるん?いっつもそーやって純粋な俺を弄んで…」
「だから起きたらいいやん!?やめよ、床痛いやろ?」
「あ、寝れそう。寝てる。寝たわ俺、寝てるでー」
「そのまま目ェ閉じとき。閉じてるだけでもいいらしいから」
「ちょおっ!?なんで頭なでるん!?」

寝たふりをしていた目がまたカッと開く。なんでと訊かれてもそこに頭があったからとしか答えようがない。

「なでたい。なでると落ち着く」
「人に見られたない」
「……人目気にすることできたん?」
「できるわ!いつも気にしとるわ!」
「じゃあ侑が頭打って私が膝かしてる感じでいこ。誰か来たら頭いけるー?って言うからぶつけたふりして」
「どんだけなでたいねん俺の頭を。あんま髪崩さんといてな。彼女できた男が髪乱して教室戻ったらアカンやろ」
「なんで?」
「……」

まるで寝る気配もなくあけられていた目が閉じられる。
答える気がないと察するけどもしも少しでも嫌なら無理強いなんかはしたくない。

「頭さわられるの嫌?」
「…身だしなみ大事やん。彼女の名誉に関わってくるやん」
「運動してたーって言うたらいいやん」
「絶対アカンやろ!!!」
「なんで?バレー部やのに」
「一回泣いてええ?こわい」
「なに?膝が嫌なん?」
「イヤなわけないやろ。やめたら暴れる」
「暴れるってなんなん、ちょっと見たくなってるんやけど」

横になっている侑がどうにも寒そうに見えて、ほどいたマフラーをかける。捕まった指先がその下に持ち込まれて、指を絡められてあまりの甘ったるさに侑の髪を掴んでしまった。身だしなみはもういいのか、私の反応をおもしろがって楽しんでいるように口角を上げている。

「なまえちゃんて甘やかすのがシュミやったりする?俺はもっとかっこええとこ見せたかったりする」
「これって甘やかしてるん?」
「だいぶ。交代したらわかると思う。やってみる?いやアカン、絶対アカンやろ!!」
「あかんよ。今日はこっちがするねん。今寝て授業ちゃんと受けて」

返事がこないということは今は寝るつもりがないということだろう。侑は嘘もわかりやすいけど、嘘でも返事をしないところもわかりやすい。
合わせていられなくて閉じた目をまたあけてみると、パッチリとあけられているかわいい目がそこにあった。


「見られるのなんかいやや」
「むっちゃ最高やで」
「めっちゃいややな。目ェ閉じるかあっち向いて」
「寝かしつけるんやろ?やってみてや。その耳の周り触っとるの逆効果やねんけど」
「ここすき、キウイみたい」
「誰がキウイや。キウイなでんな。キウイに膝枕すな」

相手をするといつまでも寝ないから黙って目を閉じて、侑の耳の近くの髪の短いキウイのような部分を指の背と腹でゆっくりとなでる。
会話をやめてしまうと感覚がよく研ぎ澄まされて、マフラーの下で、なでるように絡められている指がとけてしまいそうに熱い。
侑の指先は、私の指や手のひらをやわやわとおさえるようにゆっくりとなぞっていく。手をつなぐのかと思ったら指の根本をなでられたり、手のひらのやわらかいところもつまむように触られる。
そのままシャツの袖から入ってきた長い指に、手首の内側までなでられて、肩に力が入ってしまい崩さないように言われていた髪をまた掴んでしまった。

「…………なまえちゃん起きて、やっぱりアカンてこれ、おかしなるって。思ったより顔近いやん。手ェ早いとか思われたくないねん。アカンって膝枕は、だって膝ちゃうもんこれ、太ももやでこれ。絶対太ももやって。わかってる?触ったらアカンのに頭乗せてんねんで?おかしいやろ、順序ってもんあるやろキウイにも……ツッコんでや!何言わすねん!起きてやなまえちゃん、俺いつも一人でしゃべってるのとちゃうねん一人でしゃべらされてんねんアンタに…なあ、なーあ!なんで手も太もももやらかいんッ!?」
「うるさいキウイやな!離れたらいいやん」
「頭くっついて離れへん」
「侑くんはかっこいいなぁ?」
「うれしー、もっと言うてー?」
「ツムちゃんは甘えたさんやなぁ」
「やめろて。甘えてないねん半ばむりやり甘やかされてんねん」

そうかもしれない。起き上がればいいだけなのに起き上がらないかわいい人をかわいがりたくて仕方ないのかもしれない。
持ち上げていられないまぶたをまた落とす。意識は飛ばさないようにしておきたくて背筋を伸ばすと、枕が動いたせいかまた侑が口を開く。


「起きてる?」
「めちゃくちゃ寝てる」
「なまえちゃんて俺がサムにちょびっとだけ妬いてたこと知らんやろ。ちょびっとだけやで」

これは私が寝ていた方が都合がいい話なんだろうか。止めていた手でまた頭をなでて、目を閉じたまま話すことにする。

「私が治を取ると思ってたんやろ?取らんて」
「こわいって。アンタ人間になりたてなん?」
「ほんまに私のこと好きなん?」
「なんで俺が名前で呼ばれたいか考えたことある?」
「双子やからやろ?片方だけって気持ち悪そうやもんな。靴の中で靴下片方かかと脱げてるみたいな感じ?あれなんで片方やねんって思うよな」
「なんでずっとサム中心になっとんねん」
「双子ってそういうもんなんちゃうん?イヤホン片方取れて早く早くって探してるせわしない感じ?」
「そこはどうでもええ!さっき俺のこと侑って呼ばれるのイヤって言うてたやん、それと同じやで」
「同じかなぁ?治って治でしかなくない?」
「わかるけどな。なまえちゃん的にはワンちゃんと同じって」
「今は嫌じゃないん?治ちゃんとかにする?」
「変えんでええよ。俺の名前呼んでくれたらええ」
「…あつむ?もうちょっとで慣れそう」

漫才じみてきて、閉じていられなくなった目を下に向けるとやっぱり開きっぱなしの目に見られていて、上を向いても日差しがきらきらとしていた。眠気のある目にはどれも眩しい。

「お友達にも言われとったやん。サムのこと好きそうに見える態度なんやで」
「そんなつもりないし治もそんなこと思わんやろ。そこがいいよな治は」
「ほらまたそーゆーこと言うやろ。治、治って。言わんだけで語尾に大好きってついとるよーに聞こえんねん。サムにも膝枕するん?」
「自分からこんなことせえへんよ。頭さわるのも。指さわっていいのも。侑だけやで」

指を絡めて、弱いと言っていた言い方をわざとしてみる。身内の治に妬く理由がわからないし、あざといことはしたくないのにご満悦そうなこの顔を見ると許してしまう。気分がよくなったおかげかようやくまぶたを閉じてくれた。

「いいことあったん?侑くん?」
「ちょっとな」
「よかったな。治と友達みたいになったのも侑が間に入ってきてからやで。侑のおかげで仲良くなれたねん。こないだもアイス半分こして角名くんにドン引きされた」
「あ?は?浮気やん。いつ?俺呼ばれてへん」

感情をすべて出す侑の顔が一気に歪む。自分のいないところで楽しまれて拗ねる気持ちはわかるけど。

「合宿行ってたときやしアイス半分こくらい浮気ちゃうやろ。治やで?なんでいきなり不機嫌なん」
「アイス半分こって何?まさか大福的な」
「なんでわかるん!?」
「はぁ!?むっちゃ浮気やん!カップルやん!俺のおらんとこで何してくれとんねん!」
「友達やて。私と治が仲良くして何が嫌なん」
「度をこえとんねん大福的なやつ半分こは!俺もする。俺もしたい」
「むずかしい人やな…おなか冷えるでバレーの前はやめとき。いつかしよ」
「今日したい。アイスじゃなくてええからなんか半分こしよ。なまえちゃん選んでええよ」
「要求譲ってるようで譲ってないよな。そういうとこあるよな。いいけど」

予鈴が鳴り始めて、離れない頭を持ち上げる。
人も散り散りで、やたら近くでマフラーを巻いてくれる侑がどさくさに紛れてほぼ抱きしめてきている気がするけどそれよりも重大な問題が起きている気がする。

脚が、しびれている。
こそばゆいような脚と戦っていると、ボールを体育倉庫に戻してきた侑は座りっぱなしの私のところまで戻ってくる。侑がこの事態に気付かないわけがない。嫌な予感がする。

「立てへんの?脚しびれたん?」
「ちがう、立てるで」
「立ちや」
「立てるけど先に行って」

私を見下ろしていた侑がまたしゃがみこむ。心の声なんて漏れていなくても何を考えているかわかってしまう。

「緊急やし彼氏やからえーやんな?」
「待って、絶対やめて、お願い」
「えーからえーから」

むりやり立ち上がろうとした膝の裏と腕の後ろを侑の腕が通ってくる。それだけはやめてほしくて死んでしまいそうなのに、下手に暴れて突き指なんかさせても死んでしまう。勝てた試しのない口でしか抵抗できない。

「重いから!どこ触ってんねんコラ!」
「これは触ってない、支えてんねん」
「なんも上手くないわ!目立つのいやや!やめて宮!侑くん!?」
「マフラーで顔隠しときなまえちゃん」

ふわっと身体を浮かせられて、体重を負担する腕から逃れたくて肩と首にすがりつく。こっちから抱きついてるみたいだとか、耳の近くで声がするとか考えている余裕がない。バレーに影響のない顔か頭に噛みついてしまいそうなくらい本気でやめてほしい。

「侑っ!!」
「どしたんなまえー」
「うるさい!もう歩ける!おろして」
「えーやんえーやん」
「…パンツ見える!見せパンやけど!」
「あァ!?」

そっと腕からおろしてもらって、勝てたのかわからないけど初めて侑に勝てた気がした。脚もちゃんとなおっている。
逃げるようにスリッパをはいて駆け出しても長い脚で早歩きのような侑にすぐに追いつかれて並走される。

「むっちゃ危ないとこやったやんスカート伸ばせや」
「伸ばすけど危ないのはアンタや。腕折れるから絶対やめてお姫様抱っことか。バレーできんくなるで」
「そんな細い身体で折れへんわ。俺の腕ナメすぎやろ」
「折れへんくてもやめて」
「今日ええとこ無いから名誉挽回したいねん」
「いっぱいあったわ。アホ言うな」
「なんでそんな男前なん?惚れてまうやろ、もう惚れてたわ」
「ふふっ…うるさいな。笑わせたらいいと思ってるやろ」
「すぐ笑いすぎやねんて」
「今日はもうお互い近寄らんとこな、今のは近すぎた。半分こもなし!また今度!」
「イヤや、彼氏やもん」
「そういうとこかわいいねん」
「ちゃうって。俺はかっこええねん」

私にしてみればどっちでもいいことをこだわるところがまたかわいい。
どっちだっていいし、かわいいところもかっこいいところもひっくるめて愛してる。
まだ言えないそれを言ったときの、驚いた顔はどんなものだろうと想像して笑って手を振ると、私の彼氏はとてつもなくかわいい笑顔を見せて隣の教室へ帰っていった。
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