「俺が先に約束したんやけどー?なまえちゃん一緒にメシ食おなーって」
「こっちはいつも一緒に食っとんねん!なまえに聞きたいこと山ほどあんねん、四六時中一緒におるカップル痛いやろちょっとはなまえに遠慮せえ」

食堂の受け取り口でうどんを待っていると、朝と同じように賑やかな二人が私を挟んで喧嘩を始める。
トイレで取り押さえられるくらい言い合った私もこうだったのか、これ以上だったのかもしれないと思うともう家に帰って寝込んでしまいたい。

「付き合った初日くらい譲れや遠慮ないのはどっちやねん!彼氏と食べんでええのぉー?とか言うて俺らを応援する立場やろアンタは」
「はぁー!?アンタがアホな女相手にしてるせいでさっきも女子便でなまえが絡まれとんねん!自覚もって行動せえや!」

何それ聞いてへん、という宮の強い視線が痛い。言ってない、と目をそらしてうどんを受け取る。話す時間もなかったし、やっぱり全部を言う必要もないと思うし。

「みんなバラバラで食べよ、なんかグーゼン近なったな?みたいな感じで食べよ。な。私は治が見える席ならどこでもいいから!」
「そんなん俺とみょうじの関係バレてまうやん」
「治……!」
「もうバレとんねんお前らほぼ他人やねん何回言わすねん」
「治、おあげいる?」
「おあげ?きつねうどんのおあげ?大胆すぎへん?人前やで」
「オマエ!!!人の彼女に何言うとんねんアホサム!やめろや!洒落ならんねんお前らお似合いすぎんねんアホさが!」

丼と、おやつみたいにパンも抱えた治がそこにいたから着いて歩く。ぞろぞろと席につくまで宮がぴったりととなりにいて絶対に何がなんでもトイレでの事件を聞き出すつもりだろうなと気が重くなる。



「えっ、じゃあ何?修学旅行のときって治クンと二人になりたいんじゃなかったん!?目撃情報あったからいつか話してくれるかなって思ってたんやけど!」
「サムちゃうわ!一人でうろついてるなまえちゃんを俺が颯爽と迎えにいってデートしてたわ」
「めっちゃいい奴やんミヤアツ!」
「せやろー!いい彼氏やんって常日頃言うといてー!」

根が明るくていい人でしかない二人の意気投合は早かった。
友達は私の正面で、宮は私の右隣で、会話が早くて勢いのいい二人に私はツッコむひまもなく置いてきぼりにされている。
ななめ前で幸せそうにごはんを食べている治にアニマルセラピーのような癒やしを感じながら、黙ってうどんを一本ずつすすっている。
寝不足といろいろな意味で賑やかな一日だったことと、食べ終わると宮の聞きたい話をさせられそうな予感でお箸が進まない。

「アタシも今度なまえと一緒に体育館いっていいー!?」
「それはむっちゃ邪魔ー!」
「やっぱりな!?なんやねんこの男!でもただの正直者みたいやな、なまえがミヤアツのそういうとこも好きならしゃーないなぁ」
「アンタまあまあええ人やん!」
「まあまあってなんやねん!」
「俺がおらんときなまえちゃんのこと頼むわー!トイレまで行くわけいかんしな」
「任せとき!キレるなまえはアタシにしか止められん!」
「なまえちゃんがキレたん?聞かせてやなまえちゃん」

思ったより早く始まってしまった。
早く言え、早く聞かせろ、という視線が痛い。

「俺のせーで誰と何があったって?話して全部」
「…宮の元カノ、五組か六組の?かわいい子」
「あー、付き合うゆーてもすぐ別れてるから付き合ったうちに入らんで」
「期間関係ないねん。宮はあの子と付き合ったねん」
「…はい、」
「謝らんでいいからな」
「はい…」

うどんがお箸から逃げていった。必要のない強さを手にも言葉にも込めてしまって、静かにしてくれている周りの人たちに緊張を走らせてしまった自覚を持つ。

「みょうじ、俺のからあげ一個やるわ。取りや」
「え!?治から取れるわけないやん!からあげやで!?どっか悪いん…!?」
「俺はツムのもらうからええねん」
「なんやねんそれ何のサイクルやねん」
「サムちゃん心配してくれてるん?喧嘩してないから大丈夫やで。ありがとぉな。からあげ食べや、あーんしたろか」
「イヤや!やめろや!むちゃくちゃ怒っとるやんけ!」

家族ごっこみたいに言ってみただけで手振りもしていないのに、宮にとっては悪ふざけするタイミングじゃなかったのか手首を強く掴まれてお箸を落としそうになる。
身内との冗談なのにそんなに嫌なのかと反省する気持ちが複雑な心境を融解していく。
本当に怒っているわけではなくてただ呆れているような、元カノとのむなしい関係にこっちまでむなしくなるような、いろいろ思うけど、理解もできるから付き合っていた過去に対して何も言いたくはない。
掴まれている手をなでると力をゆるめられる。ここが食堂じゃなかったら頭から抱きしめたかったくらいなのに、喧嘩したいわけがない。

「呆れはしたけどほんまに怒ってないで。性格合わんかったんやろ?だからいいねん」
「はい…。それで、なまえちゃんは何されたん」
「侑はやめといた方がいいでーどこがいいんーって言われただけ」
「…かっこええとこって言うてくれた?」
「やさしくて一人でしゃべってるとこって言うたらちょっと泣いてた」
「俺が可哀想で泣いてたん?」

クッ、と笑いを噛み殺すようにみんなが宮から顔をそむける。
喧嘩寸前みたいな張り詰めた空気が残っていたのに「一番泣きたいの俺やない?」と言ってまじめな顔をする宮を見て私を含めて長いテーブル一帯が笑いをこらえている。
治のとなりでちゃっかり聞き耳をたてていた角名くんに至ってはお箸を置いて顔を隠してまで震えて笑っていてもはや実は宮のことが大好きな人に思える。

「他は?なまえちゃんがキレるくらいならまだあるやろ。なに言われたん」
「そっくりでお似合いって言われた」
「え?喧嘩なったんちゃうん?」
「そらもう大乱闘よ」
「なんで?そっくりでお似合いで?なんで?」

角名くんが食べたものを吹きそうになって天を仰いでいる。角名くんの笑いのツボがわかってきた気がする。
たしかに言われてみればなんであんなに嫌だったんだろう。言葉に悪意しかなかったからか、宮を悪く言われることが嫌だったのか、私の知らない宮を知っていそうで嫌だったのか、侑と呼ばないでほしかったのか、短い会話でたまったストレスが最後に大爆発した。
こんなことは言いたくないし、治に迷惑がかかったことも治と宮に言いたくない。言えないことが多い。一番頭にきた二人を物のように言いのけたあの言葉も口にしたくないし、二人にも聞かせたくない。
こういうときはおもしろがらずに黙って聞いてくれている友達の深い気遣いがありがたい。

「でももう彼氏おるから宮に未練ないって。じゃあなんでわざわざ悪く言うん?なんで泣くん?女心わからん」
「プライドが無駄に高いんやろ。そんなんプライドとも言いたないけど」
「あれって未来の私?私もあんなことなるんかな?こわい」
「ならんわ。ならせへん。変なこと考えんなや」
「わからんのがさぁ、好きな人が好きなバレーがんばってて何が嫌なん?私は邪魔になるくらいなら離れたい。やっぱレンアイわからんわ…全部わからん」
「なまえちゃんのそれが愛なんやってたぶん。でもなまえちゃんには寂しがられたいから俺もよぉわからん、離れてほしくないから付き合ってって言うたねん。離れるとか言われたら俺は暴れる」
「暴れるのは困るなあ…」
「離れたくないって言われたい」

バレーの邪魔をしたとしても?
私のどんな言動が宮の邪魔になるかはわからないけど。

「なあ俺らこれから毎日お前らのイチャつくとこ見せられるん?今までもたいがいイチャついとったけど」
「治クンよくこの話題止めに入れるな」

離れたいわけがないけど、離れたくないとすぐには言えなかった。こんな場所だから、人が多いからとか、そういう理由じゃないことはきっとなんでもお見通しな宮も察している。

「邪魔すんなやサムー!」
「お前ら食堂でどんな話しとんねん。ここはメシを食う神聖な場所やぞ」
「治の言う通りやな、しょーもないことあったけどごはん食べてる治見てたら幸せやわあ」
「みょうじ、ツムと離れても俺と遊ぼな」
「当たり前やん!ずっと一緒に遊ぼな治」
「離れへんわ!まずそこ否定しろや!」
「この二人はなんでこんな仲いいん?ミヤアツこれ許すん?」
「宮は理由知ってるねん、宮だけ知ってる」
「やめて、怒りたいのにその俺だけっていうの弱いから。キュッてなるから」

ここが、と宮がおさえた胸のあたりは私もよくキュッとなる場所だった。宮とみんながいて楽しいのに今もすこしだけそのあたりがざわめいている。

「治クンは知らんの?」
「理由あるのも初めてきーたわ。なんでもええよ俺は。みょうじが笑ってくれたらええねん…」
「治……!」
「今そのノリほんまやめろや!俺の彼女が絡まれて反省中やから!今日の俺かっこええとこ無いから!」
「絡んだのは私やでたぶん。陰で言うてるつもりのところ個室飛び出したから」
「なまえの方が元カノ泣かせてたしな。アタシですら出る幕なかったわ」
「世界チャンピョンやん…俺ってなんなん、余計へこむ」
「殴ったりしてないで?アンタらお互い好きじゃなかったんやろって言うただけ」
「ど正論アッパーパンチやんアゴ粉砕しとるやん」
「宮のことアホって言われたから…」
「俺どんだけかっこ悪いん!?」

クッ、とみんなが顔をそらす。この人たちはきっと宮がアホなだけじゃなくてかっこいいってことを知っている。
うどんだけにしては時間がかかった食事を終えて、とっくに食べ終わっていた宮のブレザーの裾をひく。昼休みになったらやろうと朝から考えていたことがあった。

「かっこいいとこ見せてや。体育館いこ二人で。二人がいい」
「いきなりなに!?誘ってくれるの初めてやん!別れ話なら聞かんで!絶対別れたれへん!」
「別れるわけないやろ。いいからいこ」
「なに企んでん?」

朝からずっと起きて騒いでいる宮を寝かしつけられないものかと企んでいたけど、タイミングが悪すぎたのか不審に思われている。

「はよフられてこいやアホツム」
「フられへんわ!昨日付き合ったとこや!」
「二人とも声ちいさくできるかなあ!?治、うどんのおつゆあげよかぁ!?」
「おつゆはあかんやろ、こんなとこで間接チューはあかんやろ」
「どこでもすんな!あげんな!はよ下げろそれ!」
「だからはよ体育館いこって、私もういくで」
「オカンみたいなんやめて、彼女の言い方して」
「…侑くん?」
「はよ行くでなまえちゃん」
「ミヤアツほんまおもろい。いってらー!」

同じテーブルにいた人たちに手を振って、私の食べ終わった食器も持っていってしまった宮のあとを追う。
繋ごうとしてくる手をよけて袖を掴んでいると不満そうなまんざらでもなさそうな顔をして、やっぱりどうしてもかわいい彼氏だった。
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