宮いじりがツボらしい角名くんがまた震えるように笑いだして、周りの席の子も笑いだして、聞き耳をたてられている気配がする。わかる。宮っていちいちめちゃくちゃおもしろい。そこも好き。
「みょうじさんは治が好きなのかと思ってたし。わからなすぎる」「わからんよなぁ」「そこはわかるやろ、わかれや」もう休み時間の終わりが近い。日直の子が黒板を消したそうにしている。まだ写せてない私が消すから置いといてください、とお願いして手を早めた。「でも、そうやな、あんなに食い下がられたん初めてや」「そら食い下がるやろ。人のこと好きになったん初めてやもん」「おいここでイチャつくなよ」「これ私が折れるまで帰らんのかな?毎日詰められるんかな?ってちょっと思った」「こわがらせてんじゃん。侑って重いタイプだったの?ちょくちょく発言こえーし」「素直になったらええだけやのにならへんから。他の男が諦めへんかったら折れた?俺やから折れてくれたんやろ?なまえちゃん、聞いてる?」「そやなー」「ほぉら角名聞いたか?俺の彼女が俺のこと好きやって」「お前の彼女めちゃめちゃノートとってるよ話聞いてねーよ」「俺の彼女照れてんねん」
「照れてない!彼女彼女うるさいなあ!角名くん黒板消すの手伝って!」
ぎりぎり読める字でノートを書き写して、席を立って黒板を消しに走る。「え、嫌。彼氏に頼んで」
スマホを見たままの角名くんの横顔に向かって「ひどいな」と笑うと笑い返してくれた。
双子の友達じゃなくて自分の友達のようなものになれた気がする。
二時間目はさすがに顔をつねってでも起きていた。
その反動でとてつもなく眠いのに、銀島くんと並んで教室に入ってきた宮は治の席じゃなくて私の席までむかってくる。
銀島くんも引き連れられるようにこっちまで来て、あまり話したことがない私たちはお互いに軽く会釈をした。
さっきは角名くんが座っていた席に、やっぱり自分の席だというように宮はどっかりと腰をおろす。
「なまえちゃん、付き合ったって銀にも言うてええー?」
「もう言うてるやん…宮が言いたいなら誰に言うてもいいよ。寝ていい?」
「言うてもーたわ。ほらな銀、ほんまに付き合ってるやろ?」
「ほんまやな…!良かったなあ侑とみょうじさん!侑が脅したんとちゃうやんな?」
「ありがとー銀島くん!脅されてないし治と間違えてもないでー」
「みんな同じ反応なんやな」
「銀島くんの方こそどーなん?どーなん?今あの子教室おらんで」
自分の話よりも人の話がいい。私のクラスのテニス部の子とお似合いすぎる銀島くんの話が聞きたい。
そう思って
腕に乗せていた頭を起こして銀島くんを見上げると、きょろきょろと辺りを見回して、ごくりと息を飲むようにして私の方を見てくれた。修学旅行の結団式のときにひどい事件を起こしたけど、二人のことをお似合いだと思っていることも知ってくれているらしい。「…相手も部活あるからなぁ」
「悩んでるん?悩むよなあ。私もバレーの邪魔したくないと思ってるんやけど」
「邪魔なわけあるか」
「宮に言うてない。今
は私と銀島くんのダイジな話やねん。私は自信ないけど告白されて嬉しかったでって話をしてるとこやねん」「告白したの俺やろが!?」
「おいイチャつくなら俺は教室帰ってええか?お前ら結団式のこと覚えてるか?俺はもう二度と巻き込まれたないで」
「えー銀島くんの話ききたいー参考にしたいー。なあ宮、付き合うからってなんか変わった?変わらんくない?まだ一日やけど」
「気持ち隠さんでええんがでかい。だいぶ気ィ楽んなった」
「侑はダダ漏れやったやろ…
ちゃうな、どうでもええ人間と極端すぎんねんなお前は」「あっ、あれ銀の好きな子やん」
「アッ!?」
「ちゃうわ見間違えたー
。耳赤いで、ダダ漏れやん」「しばくぞ!俺は二組帰る!!」
宮の頭にまるで痛くなさそうなゲンコツを入れて、銀島くんは行ってしまう。おかしなことに巻き込まない保証がないから賢明な判断だなあと他人事のように思う。
そこら中から視線や関心を感じるけど昨日の夜以来に宮と二人にされて、眠気は頂点で、とても起きてはいられない。何が変わったのかわからないのに、私が宮を好きで、宮も私を好きらしいこと以外に何もわからないのに、恥ずかしい。
「じゃあ私は寝ていい?寝ます」
「見ててええ?見ます」
「ふふ…なんなんそれ。教室帰りや。ちょっとでも寝えや」
宮の視線を感じながら腕に頭を沈める。
誰もいない方、左肘に回した右手の人差し指に、人の指が絡まる。宮の指だなあとうれしくなる。
「俺のありあまる自信わけたろ」
「やさし」
「惚れた?ちゃうな、もう惚れてるもんな。惚れ直した?」
「うるさ…」
何かをなだめるように、励ますように、私の指を
なでてくれる宮の指はとてもやさしかった。
三時間目の終わりは宮に先を越されないようにとチャイムが鳴る前から友達に捕まえられていた。どうして宮が好きなのか、いつから宮を好きなのか、きっとうまく言葉にはできないのにずっと話していなかったことを聞きたがる友達に連れられて、宮の来れない女子トイレまで引きずり込まれる。一旦各々で個室に入り込むと、知らない声が天井から反響して私に突き刺さってきた。「宮侑とみょうじさんやっぱり付き合ったんやってー!」
最悪か。一生無関係と思ってた女子トイレの密閉空間の薄暗さに私が巻き込まれる日がきてしまった。
女子トイレもこわいけど、広まるのが早い学校もこわいし、宮侑という人の大きさがおそろしい。
聞きたくもない話を聞こえてくるままに聞いていると噂話をしているのは宮の元カノのグループで、私が捨てた覚えのないサッカー部の男を捨てたことになっていたり、治が振り向いてくれないから宮に乗り換えたことになっていたり、誰かから宮を略奪したことになっていたり、私が宮と仲良くなるために治に食べ物を与えて取り入っていたことになっていたり、そんな私にまつわる勘違いは別にどうでもいいけど「双子やし絶対治くんもみょうじさんのこと好きやってー!」これは絶対に許さない。
「いま変なこと言うたの誰?治に変なこと言うのやめて。無いから。私のことは何でも言うたらいいけど他の人のことはやめて」
鍵が壊れそうな勢いでドアをあけると鏡を見ていた三人グループが気まずそうな顔でこっちを振り向いた。
興味がなさすぎたし、興味がわいてもそれを知りたくはなかったから誰が宮の元カノか知らないけど、一番見た目が整ったあの子だろうなとなんとなく察しがついた。私を見る目つきが他の二人と違う。
「アタシはなまえのことも好き勝手言われたないでー」
同じタイミングで蹴破るようにドアをあけていた友達と並んで手を洗う。ヤンキーみたいやと宮が言い表したこの子の方が爆発的に怒りそうで、となりに居てくれるおかげで私の方が冷静になれてありがたい。
関係のない治をおもしろくない話題で消費されて頭にきて飛び出てしまったけど、悪目立ちはしたくないから穏便にいきたい。
「私は何言われてもどうでもいいねん、でも治が変なこと言われるのめっちゃ嫌」
「じゃあ侑捨てて治くんにしたらいいやん」
「あ?なんやねん?なんて?もっかい言うてみてや」
穏便にはいけそうになかった。二人を物のように、最低なことを言ったのは元カノらしき子だった。
どんなつもりであんな発言をしたのかと、見ないようにしていた顔を見るために詰め寄っても相手は黙り込んでいる。私と同じく不快感をあらわにした目をそらさない。やっぱりこのかわいい子が元カノだろうなと思うけどその劣等感とこの怒りは別ものでよけいに苛立ってくる。宮の過去に夢は見ていないけど、実際かわいい元カノという存在に目の前に立たれると痛む心はある。あんな発言ができる人を一度でも選んだ宮にも腹が立つ。
誰が憎くて何が悲しいのかわからなくなってくる。
おもしろがって観戦状態の友達はさすがに手が出そうになったら止めてくれると思いたい。
「みょうじさんって侑のどこがいいん?言うといたるわ、やめといた方がいいで」
「は?普通にやさしいやろ」
「優しいときなんか無かったし!話しかけてもバレーのことしか考えてないし!」
「真剣にバレーやってる人がバレーのこと考えて何が悪いねん。しかもいつも一人でしゃべってておもろいやん」
「全然おもしろくない!話聞いてくれへんし電話しても治くんとゲームするからっていつも切られた!」
「…でも出るまでかけてくるやろ?」
「かかってきたことない」
「……タイミング悪かったんかな」「知らん!」
癇癪を起こしはじめている気配がしてちょっとこれ助けて、誰か止めて、と元カノの取り巻きみたいな女子二人に視線をやると目をそらされた。治が私を好きだったりしてとかつまらないことをおもしろがって言ってた子はどっちだろう、どっちも呪ってやろう。
「部活終わるのも待つと怒るし!」「それは送って帰りたいからやろ?心配なるやん?な、ほらやさしいー」「送ってもらったこともない!勝手に待ってたから…それで…もうええわ別れてくれって…!」「……治と間違えてないやんな?治もやさしいもんな…」
「間違えてない!侑と付き合ってたもん!…でも好きって言われたこともなかった。絶対やめといた方がいいってあんな奴!どーせ捨てられるって!」
告白をするのが初めてだとか人を好きになるのが初めてだとかいう宮の言葉を疑っていたわけじゃないけどきっと本当のことなんだろうと思った。宮のことだから告白されてかわいいからって理由で付き合って、結局この子を好きになれなかったんだろう。この子はこの子で宮のことが好きだったとは思えない。それともバレーより少しでも自分を見てほしいってことがちゃんと宮を好きになるってことなのか。わからないけどこうはなりたくない。
「……それでどうしたいん?未練あるなら私じゃなくてあっちと話してみたら?」
「いらん!もう彼氏おるもん!あげるわあんなアホ!!!」
アホ?宮はアホではあるけどアホではない。好きだと思えない人に好きだと言わない程度にはアホかもしれないけど、少なくともさっきから人を物のように言い捨てるこの人に言われるほどアホではない。
「あげるとかアホとかなんやねん、お互いまったく好きじゃなかったんやろ。しょうもない」
「…お前らカップルそっくりやな!お似合いやわ!きっしょ!」
「似てないわ!そっくりは言い過ぎやろやめてや、嫌や」
「言い捨て方とか!目付きとか!ほんっまそっくりやムカつく!」
「じゃあ人の好みもそっくりなんやろなぁ!?よぉわかったわミヤアツムクンの好かんタイプが」
「その嫌味っぽいとこそっくり!侑に見えてきたわ!サイアク!」
「やめてってそれは嫌や!」
「セーカク悪いねんお前ら!」
「ポンコツにだけは言われたないわ!!!」
大声で小学生の言い合いみたいになると通りがかった先生が止めに入ってきて、私の方が今にも暴れ出しそうだったのか取り押さえられた。
みっともなくて、恥ずかしくて悲しくて怒りたくて泣きたい気分だったけど、となりでゲラゲラ笑って笑い話にしてくれる友達に救われる。
教室に帰ったとき「俺を置いてどこ行ってたん!?彼氏やから今日は昼メシ一緒に食べよなー!彼氏やから!」と騒ぐ彼氏がアホでどうしようもなくてかわいくて、ただ好きでしかなかった。
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