修学旅行から帰って、風邪をひいて、またほんの数日で、宮はユース合宿のある東京まで行ってしまった。
来週には期末テストも始まっていて、宮の人生のスピードと密度は見ているだけで目まぐるしくて、こっちまで熱が出そうだった。
いつのまに書かれたのか、なまえちゃんへ、寂しくなったら電話して、という宮しか書かなそうな机の書き置きを眺める。
これも、テストが近いからまたすぐに消さないといけないと思うと、心がずくずくとした。
バレー好き?と書かれて以来、次の書き置きはいつだろうと席をあけるたびに少し期待していた。
いつまでたっても机は寂しくて、また書くと言っていたのに見た目通りのいいかげんな人だなと思った。
いらないと言ったのは私の方だから、いいかげんなのは私だけだった。
宛名まで書くというどうでもいいことまで宮は忘れていなかった。
宮はいつも私に対して何を言いたいのかわからなかったけど、いいかげんな態度ではないことはわかっていた。
たぶん、いつも、私が言われたくないことを、言わないようにしてくれていた。
言ってくれれば今すぐ離れられるのに、と、ずるいことを考えていることを、最近自覚させられている。
いいかげんなのはいつも私の方だった。
机に書かれた文字をなでる。寂しくなったらって、寂しくなるときはいつだろうと考えた。
最高の環境でバレーができるところへ行ってしまって、このまま宮が帰ってこなくなることを考えると、初日からもう寂しい。
帰ってくるとしても、宮の帰るところは家族やバレー部の元でしかないことが少し寂しい、けどそれでいいとも思っている。
私は宮がいないと寂しいけど、宮は私がいなくても何とも思わないでほしい。
こんなことは考えさせられたくなかった。
電話をしてもいい立場というだけで満足したかった。
五日間たえられれば、宮も私のことを気にせず連絡してこなければ、このさき宮がいなくても平気な自分でいられる自信がつきそうだった。
宮のいない、平熱で何も輝かない世界に戻ってみたかった。
何日経っても目を閉じて柑橘と冷たい風のような香りがあれば、宮がすぐ近くにいるような気がした。
結局連絡はきてしまったし、待っていたからすぐに出た。
私はいつも私の意思で宮から逃がしてもらえない。



水曜から金曜まで学校にいなかった宮は立て込んでるのか、帰ってきたばかりの今日は、私たちのクラスには現れなかった。
そうして宮の顔をろくに見かけないまま昼休みになっていた。
昨日の口約束は忘れられてるかも、そもそも大阪で会えたことも夢だったのかもと思いながら、お土産をわたしたがっていた顔を思い浮かべて、体育館へ向かう。
宮はめずらしく、入り口に立ってそわそわとしながら待っていた。
いいかげんな私がまた口約束をすっぽかすと思ったのかもしれない。

「宮どしたん?中入らんの?」
「なまえちゃん待ってた」
「今日のは約束したから来るよ。いいよって返事したやん?」
「してたな」
「電話で呼んでもいいし」
「うん…」
「どしたん?時差ボケ?」
「噛みしめてる」
「何を?なんかいいことあったんやな、よかったな」

よかった、と嬉しそうにするヘンな宮と並んで、靴箱にスリッパを並べて、体育館に入る。足から全身が冷えていく。
宮との用で体育館に来ることは久しぶりだった。
みんな他のあたたかい場所を知ってるのか、人のいないだだっ広い空間は、冬をとじこめたような冷たさと静けさだった。
修学旅行のあの日以来、宮とまともに二人きりになることもそういえば初めてだった。
昨日大阪で会えたことはいろいろと偶発的で、周りも知らない人とはいえ人混みで、まともとは言いがたい。
おかしかったあの日の続きがあったらどうしようかと少しだけこわかった。
毎日が目まぐるしい宮にとっては振り返らない一瞬のできごとであってほしかった。
あらためて見回しても、体育館には誰もいない。
宮はボールを取りに行って、私は落ち着かないまま座って、手渡されていたお土産を開封する。

「なんで八ツ橋やねん!好きやけど!」
「東京駅にあってん。それサムから守るのむっちゃ苦労したんやで。半分こしーや」
「先あげたらよかったやん」
「サムが半分で済ますと思う?」
「私なら済ませへん」
「せやろ?」
「めっちゃおいしいーっ!ありがとー!宮も食べたら?」
「食べさせて」
「やめて」
「はい。機嫌なおして?」
「いつもいいやろ?」

やっぱり東京に染まってしまったのか、ツッコミを放棄した宮の手からボールがポーンポーンと上がる。
バレーボールを触る宮と、宮の触るボールと、二人だけでいること、このすべてが好きだなあと思う。
今日は静かに練習したい気分なのか、合宿で掴めたものがあったのか、宮は何か考え込んでいそうな顔をしている。
体育館だけじゃなくて、宮もヘンに静かだった。
寒いだけかもしれない。合宿の続きのように、バレーに集中していたいのかもしれない。
どうしていつもならボケとツッコミとして流しそうな機嫌を気にされたんだろうと気になって、なぜか主導権を握りたくなって、急いで口を開いてしまう。

「合宿楽しかった?ユースの代表残れたらいいな。うまい子いじめてないやんな?」
「いじめてへんわ!たぶん。まだ俺のがうまいし」
「宮もう帰ってこーへんかもなってみんなで言うてたで」
「どんだけハクジョーやねん俺」
「……」
「なまえちゃんは帰ってきてほしかったん?」
「最近のそれなに?ヘンなやつ」
「そっちが黙るからやろ」
「宮のテンションがなんかヘンやねん。人生激動やからしゃーないな!すごいよな!」
「わざとテンションあげなや」
「ずっと空気おかしい…」
「緊張でガチガチやねん」
「……黙らんようにするからちょっと待ってな?」
「フッフ。待ったろ」

まだボールを上げている宮が何かのタイミングをうかがっていることが伝わって頭が茹だる。
勘違いであってほしい。
私の思ってるような話じゃないって笑ってほしい。笑いたい。
目ざとい宮は私の手が震えそうなことも気付いてるはずなのに、何も言ってこない。

「訊いていい?」
「ええよ」
「宮って私のこと…」
「こわい話は絶対やめてな」
「治をたぶらかして食べ物を与えるメーワクな女やと思ってるんやんな?」
「こわい話やめろって言うたやろ!最後であってくれそのこわいやつ!誤解やから」

宮はついにボールを上げなくなって、となりに座り込んで、そのまっすぐな目で私の目をじっと見る。
八ツ橋はもうおなかに入らない。
もう、何かの終わりが近い予感がして胸がつまる。
どこかもわからないどこかに帰りたい。
治もユースに呼ばれるように、近寄らないでくれと言われるのかと思ったけど、違ったしまるでそんなことを言いたそうな厳しい顔じゃない。
望みは絶たれた。でも。

「宮はバレーが一番なんやろ?学校ではバレーせえって言うてた」
「いつ」
「一番最初、誕生日、めっちゃスベってた」
「忘れてくれ!思い出させんといてくれ!」
「バレーが一番なんやろ?」
「せやで、バレーが一番やで」
「そうやんなぁー」

やっぱりバレーしか見てなかった。よかった。
宮から目をはなして正面を向くと、大きい手が頭に回されて、また宮のほうを向かされる。

「なまえちゃんも一番好きやで」

手はすぐに離れていった。
見たことのない表情をする宮から目をそらせない。
聞こえなかったふりをするほど宮に不誠実になれなくて、もう逃げも隠れもゆるされない。

「スベったこと思い出して緊張とけたわ。告白するの初めてやってん。好きとしか言いようないな。好きやで、なまえちゃん、好きや」

息を忘れる。何を言っているのか理解できないのに、告白、好き、という単語だけは拾えてしまう。
まばたきすらも忘れて、笑うことも泣くこともできない。
宮に告白されている自分が誰なのかもわからなくなりそうになる。

「付き合うとかよぉわからんし、今は春高とかインハイしかつれていけんけど、俺のとこおってほしい。他の男のこと好きにならんとって。俺はなまえちゃん以外の女の子どうでもええ」
「……ちょっと待って」
「俺のことなんとも思ってないとは言わせへん」
「…怒涛や、まって」
「もう待った。好きやねん」

いやだと言えないことが答えだ。いやなら逃げてしまえばいいし、本気で話してくれた宮を傷つけてしまえばいい。いやじゃないからできるわけがない。
宮もそれをわかってる。いやじゃない。でもいやだ。受け入れられないし断ち切れない。
今まで、誰かに冗談でもレンアイのようなものを仄めかされると断絶してきたのに宮にはそれができない。

「返事して」
「…付き合うってなに?」
「そこから?俺もわからんって。俺のこと好きやないん?ちょっとも特別やない?」
「特別…やけど、私は宮と付き合わんくても、他の人とか好きにならんと思う。宮は他の人のこと好きになるん?宮に彼女ができたら縁は切れるん?それはなんか…いやや」
「それは脈アリ寄りのアリやな」
「そうなん?まだわからん…」
「好きって言うてほしい」

目をそらせないまま、宮の腕が腰の後ろまでくる。近いのにまたどこにも触れてこない。まだわからない。
どっちかっていうと、これは泣きそうかもしれない。
さっき一瞬触れられた頭はもう一度、宮の手に触れてもらうことを待っている。

「近寄られて、どう?」
「手慣れてて嫌やな」
「手慣れてへんわ!いっぱいいっぱいや!」
「これ、好きかこわいかわからん…」
「ええー?イヤならやめるけど、それって…」

宮の話の途中で体育館の入口から女の子の悲鳴があがる。
緑の体操服を着たかわいい一年生集団に、体育館で二人きりで、密着に近い現場を見られてしまった。いいかげんな返事をしてかたまっている場合じゃなかった。

「空気読め!やかましんじゃブタ!」
「今ブタって言うた?かわいい女の子に」
「言うてへんカサブタって言うた。なまえちゃん以外かわいくない」
「言い過ぎやろどう考えてもこっちが悪いし生き恥やし女の子はみんなかわいい」
「生き恥も言い過ぎやろ!人の初めての告白現場やぞ!?」
「あかん、頭追いつかん…ごめん…」
「いま謝んなややこしいから。なあ、ゆっくり話したい。帰り遅なるけど練習終わるの待っててくれへん?」
「……わかった、いいよ」
「付き合う!?」
「帰り待ってるって意味の!いいよ!」

いつから好かれていたんだろう。
いつまで好きでいてくれるんだろう。
何もわからない。目まぐるしい。
手首を掴まれていたあの体育館裏まで帰って、そこでずっと、とどまっていたい。
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