昼休憩に言われたこと、されたことを反芻していただけで五時間目が終わった。
その原因の人が、まだチャイムが鳴り終わりもしないうちからふらっと教室の入口に現れてすぐに目が合う。来るだろうなと思ってはいたけど、宮が目立つのか、私の目が宮を捉えてしまうようになったのか。あまり考えたくないことだ。
名前を呼ばれずにただ手招きされて、私?とジェスチャーしてみれば「他に誰がおるねん」と同じ顔の片割れを見向きもしないで笑う。
きっと周りの席の子に聞かれたくない話をするんだろうけれど、親密だとでも言うように周りにこの姿を見せつけているか、それを察している私がどんな反応をするのか見たがっている気もする。宮の立つ入口の方まで寄っていってみれば、気分がいいと顔も態度も物語っている。

「待っといてって言うといてなんやけど、自主練もしてええ?テスト近いからもうすぐ練習量減ってまうねん。帰るの夜になるんやけど」
「こっちはいいけど。他の日にする?忙しすぎん?」
「いや今日がええっちゅーか今すぐ返事聞きたいんやけど無理なん?」
「…考え中」

目をそらしただけではまだまだ気まずくて、頭を下に向けると目に付く金髪が追うように視界の端に入ってくる。背の高いその頭から不服そうな気配がただよう。治、と教室内に助けを求める視線を送ると治と角名くんは白々しいほどお互いの目を見合って、こっちのことは眼中に無いように八ツ橋を食べながら会話をしていた。あまりの真剣な顔つきから「巻き込むな」と心の声が聞こえてくる。
何のつもりでもないこの一連にけしかけられたように、一歩踏み込んだ宮の足がドアレールを軋ませる。私の後ろは壁でもなんでもないのに逃げ場がないと感じた。

「いつもサムに助け求めてるのはわざと煽ってる?」
「手に負えるの治くらいやろ」
「なまえちゃんの手に負われたい」
「負わすな」
「負ってや。じゃあ今日、もう一押しさせていただいてええ?待っててくれる?」
「何の約束やねん。わかった、待ってる」
「脈アリやん」
「う、うるさい!考え中!」

熱さを隠すようにまじめな顔をつくって向けてみればただ笑われた。口達者な宮が何も言わないほどのどれだけの赤い顔をしていたんだろう。
押されることが嫌なわけじゃなくて、意地の悪い笑い方すらきらいじゃない。拒絶したいわけじゃない。掴んだときに手放せなくなることがただこわい。

終礼も終わり、友達には先に帰ってもらうよう伝えて、どうしようかとまだ席についていると廊下を歩く宮が「ほなあとでなー、連絡するから」と手を振っていく。なるほど、という顔だけをしてツッコまずに帰っていく人達に、違いますとも言えず、もう付き合ってる二人がしそうなやり取りを放置させられる。好きだと言われたことを受け入れて、付き合ってしまえばきっとこれが当たり前になる。当たり前になったらその先はどうなるんだろう。考えれば考えるほどそれがおそろしいことに思える。
五時間目も六時間目も頭を抱えていたのに考えはまとまらない。練習が終わるまでにまとまる気もしない。こういう時の宮との会話が好きだ。軽く放られる言葉ひとつでもやが裂かれて答えに手が届くような気がする。昼間話したのにもう話したい。待てば話せるのに今がいい。自己完結できていたはずのことができなくなる。いやになる。
どこで告白の返事を考えよう。何をしていよう。どうせならバレー部の練習を見ていてもいいけど、こちらに見向きも気付きもしないでバレーをしている姿を見ると、負けてしまう。告白をされたのは私の方なのにそう思う。
教室を出て、通りがかった図書室に流れ込むと慣らすようにばらばらに鳴り始めた吹奏楽がよく届く。肺活量を試すような音。一息ずつ吹いている音。何かの楽器の狙い撃ちのフレーズは、誰が誰のことを思って奏でているんだろう。
本棚の背表紙が景色としてしか頭に入ってこない。図書室は静かすぎる。息がつまる。

告白の返事って何。本を読んでいられる精神状態じゃない。
好きって何。近々ある期末テストの予習復習も手につかない。
付き合うって何。断るのも受け入れるのも手遅れな気がする。
よりどころのない指が光焼けした背表紙をなぞっていく。宮沢賢治、萩原朔太郎、中原中也。誰かが好きだと言っていた詩人。在りし日の歌という文字列にバレー部の段幕がよぎる。宮にとっては今日もいらない日になるんだろうか。角にかけた指は力無く本をひっかけて持て余す。何もしていられず、意味のない動作で少しずつ出てきたその本を引き出した。読んだ人の数だけ思念のこもったようなざらついた本をなるべく触らないよう力を指の先に集中させる。読まれた痕跡の少ないページをぱたぱたとめくる。冬、幼獣、骨、湖上。

あなたはなおも、語るでしょう、よしないことや拗言や、洩らさず私は聴くでしょう、――けれど漕ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けましょう、波はヒタヒタ打つでしょう、風も少しはあるでしょう。

その詩は宮の顔を思い浮かべさせて、二人だけの体育館の匂いがした。白状にも似た感覚に力が抜けていく。泣いてしまいそうだった。泣いてしまいそうなくらいに人を思っていることを知った。
重い、痛いと言ってくれたらいいのに。笑いもせずに拒絶してくれたらいいのに。そうして泣いて流せてしまえたらいいのに。
なんて言えばいいんだろう。全部言ってしまいたい。言いたくない。知られたくない。抱えていられる気がしない。だから人は告白をするんだろうか。宮がここまで、私が宮を思うくらいに私を思っているとはとても思えない。だから私は確かめているんだろうか。あいまいな事を言って、線をひいては線の上に立つ宮を確かめて、また線を下げている。距離がゼロになるまで。
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