プロスポーツで使うような大きい体育館でもバレー部はめいっぱいの観戦者を集めて、見事に勝って、兵庫代表として全国大会への出場権を手にしていた。
相変わらずボールは早いし、点が入ったと思ったら入ってなかったり、ルールをまるで覚えきれない。そんな中で、宮のサービスエースはわかりやすくて、頼もしくて、かっこいいとしか言いようがなかった。
負けることを考えたくなくて、宮たちが勝つことを無責任に信じきって、じっとボールと選手を観ていた。
試合が決まったとき、コートの人たちの喜びようと周りの大歓声で、宮たちは当たり前じゃないことを成し遂げたんだと実感した。
そういう少しのテンポの遅れが、私をひとりきりにさせた。コートにいる人たちと同じ黒い服を選んで着てきたのに、この広い体育館で、私ひとりだけがバレー部の外側よりも、もっと外にいる感覚があった。
それでも寂しくはなかった。
今その頭の中に私がいなくても、勝手に持っていかれたハンドクリームが使われていないとしても、おじぎをした金色の頭が観客席を見渡して、その視界の片隅に入れた気がして、寂しいとは思えなかった。
ここに来ていることを知ってくれている人が、あのコートにいると思えた。
バレーを好きそうな人、宮のことを好きそうな人、誰かの身内、周りのいろんな人の宮を褒め称える声がよく聞こえてきた。
金色の頭はいつどこにいても輝いて、距離を取るほど宮のことだけがひどくよく見える気がした。

一日休んで試合を観にいくことを選んだ私と、途中から学校を抜けて試合会場へ向かったバレー部、チア部、吹奏楽部は休憩時間をつかって前日の授業の遅れを取り戻している。
私は治のとなりの席をかりて、治と机をくっつけて、頭のいい人のノートを一緒に写させてもらっている。
頭のいい人のノートは要点のまとめ方が独特で、黒板よりも頭に入りやすい。理数なんかは授業を受けるよりも絶対に、このノートの持ち主に教えてもらったほうが、何がわからないのかもわからない私には合っている気がする。
今日は、勉強がはかどる一日になる予感がした。

「なあなあ決勝の俺すごかったやろー!…は?何くっついとんねん」
「机くっつけてるだけやろ。近いのはそっちや離れて、宮は一組出禁やで」

どれだけ試合がかっこよかったとしても、先日、この男と近すぎてキスしそうな距離感だったとか、角度によってはキスだったとか言われたことを根に持っている。
近寄るとどんなことをされるかわからないから、貰い物のハンドクリームもまだ取り返せないでいる。
宮は優勝ハイなのか、威嚇するように視線を送ってみてもろくに効いてる気がしない。

「だからあれは角名の勘違いやって。あいつ思春期やねんもう頭ん中そういうことばっかやねん困るわぁースマホばっかいじりよってナニ見てんやろな」
「うるさ。治、助けて。なんか一人でしゃべってる人おる」
「昨日の試合褒められたいんやろ。すごいやんおめでとうって言うたって」
「すごいやんおめでとう」
「追い払うみたいに言うんやめてー!そこの不調モンは黙っとれ」
「あ?」
「ほんまのことやろがーい」
「やめや。なんで優勝して喧嘩してんねんアンタら」
「だってきーてやオカン」
「だれがオカンやオサムちゃん!?」

離れたところで何かのプリントを解いている角名くんが、ブッフォ!と独特の吹き出し方をする。誰の何がウケたのかわからないけど、関西色の薄い角名くんがウケてるとなんとなく特別嬉しいのは、この学校の生徒の共通意識か、関西人の習性な気がする。

「宮は治が不調で余計負けられんかったんやんな?治の活躍見るん楽しみやなあ?」
「はぁ?負けんのはいつでもイヤやで」
「めっちゃいいこと言うやん!」
「せやろー!かっこええやろー!」
「かっこいいとは言ってない」
「今、きっつ…とかキショツムとか聞こえたんやけど?このクラス俺に当たりキツない?」
「今日みんな忙しいねん。何しに来たん?ハンドクリーム返しにきたんちゃうん?」
「あ、忘れたー」
「二組帰って」
「試合で活躍したから女の先輩とかに見に来られて困ってんねん」
「そーなん?じゃあすみっこで静かにしてて」
「みょうじチョロすぎやろ。この目立ちたがりが困るわけないやん。チョロとチャラやな」
「ほんまやな、治の言う通りや騙されてたわ…」
「やかましいわクソサム!」

宮が教室に来ると、視線も話題もそっちにいってしまって困る。一日休んだ分のノートとプリント類を今日中に理解しながら片付けないといけないのに。
だって、明日からは、修学旅行だ。
宮からは一日中距離を取って、休み時間ごとに誰かの机で勉強会のようなものをしてもらって、ハンドクリームも友達が取り返してきてくれて、六時間目は授業のかわりに修学旅行の結団式だった。
兵庫代表となったバレー部を讃える言葉もありながら、旅先で浮かれすぎないための堅苦しい挨拶や注意事項を、ほぉん。と思いながら聞く時間らしい。
宮には一日中、半径五メートル以内に入らないよう念押ししていたのに、この結団式では不可抗力で隣のクラスの列にいて、しかも私の真横にいる。
もういいか、と諦めると一日中止まらなかった宮の言い訳もやっと止まった。
一番抗えないことは、宮と話すことが楽しいということだった。

「なあなあなまえちゃん最終日どうするん」
「ごはん食べてお土産買って終わりちゃう?三日目までの島がメインやんなー、水族館行きたかったのに遠いしー」
「班同士で一緒に行動せん?耳かしてー」
「かすわけないやろ。なに?」
「俺の関係者が一組の子気になるんやって。前の方におるあのテニス部の」
「宮の関係者ってほぼバレー部しかおらんやん。しかもあの子私と班違うし。銀島くんならお似合いやし協力いらんやろ」
「名前だしたらアカンやんっ」
「あっ!ごめん銀…あの、宮の関係者さん」

私と宮の少しだけ前にいる銀島くんが、首のうしろや耳まで赤くして少しだけ振り返っている。
宮がこの話題を始めたときに、なんとなく焦っていたことと、いつも健康的で明るい二人がお似合いだなと思っていたせいで、つい名前が出てしまった。相手のテニス部の子までは距離があるから、聞こえていないと思いたい。

「せやから耳かして言うたねん」
「絶対かしたくないやろ。なんで私のせいなってんねん…半分私のせいやな?でもほんまにお似合いやしもう公認って感じやん…?なあ?」

同意を求めて、宮と反対側の自分のクラスの列に目をやると、前後に並ぶ治と角名くんは笑いをこらえすぎて口から空気を漏らしながら震えていた。
銀島くんが真っ赤でかわいすぎるからか、角名くんなんて死ぬんじゃないかってくらい苦しそうに笑っていて心配になる。
笑ってはいけない空気の中で、もらい笑いをしそうになっていると「そのへんやかましい!」と注意が飛んできて助かった。
それでもつまらない話はつまらないなと思っていると、宮も同じだったのか正面を向いたまま小声で話し始める。

「修学旅行って私服やろ?レアやん、見たい」
「見てもおもんないやろ。昨日も普通に私服でしたけど?」
「見た見た」
「うそや、表彰のあとすぐ帰ったで?」
「稲高応援席の中段のブラバンから離れた側の角の席で黒い服着てたやろ」
「こっわ!!」

大声がでた。周りの子を驚かせたし、さすがに強めに怒られたけど、的中されてこわいものはこわかった。だって私のほうからは、金髪だから宮だなあというふうにしか見えなかった。
ちょっとその男から離れた方がいいよと治と角名くんもドン引きしていて、少しだけそっちに寄らせていただく。

「こわないわ。選びそうなとこ見てたらそれっぽい子がおるなーって見えただけやで?」
「その推理力がこわいわ、ぞっとした」
「そっちがわかりやすいねん。練習試合もすみっこおったし、学校サボってるからしゃしゃって前の方来んやろし、うちわ持ったりせんやろ?上すぎても観づらいし、音でかいブラバン近いとこ避けそうやし、だいたいあのへんかなーって見てたら黒い服着た色の白いかわ…子がパッと目に入ってきて、…なんでみんな引いてるん?」
「修学旅行で迷子なったら見つけてな…」
「ええよー、連絡先教えて」

チャラいなあと聞き流す。かわいいみたいなことを言いそうになってやめたことも、聞き流す。
軽いノリで誰にでも言ってきそうなのに、そういえば宮にそういうことを言われたことがない気がする。
言われたところで不快になるし信用できないから構わないけど、言いかけてやめられたことがひっかかって、そうか私が不快になるし信用できないからか、と答えがすぐに出た。
この男、いろんな意味で視野が広い。でもそれって、言わないだけで思ってたってことなのか、わざと言いかけたのか、口癖のように誰にでも言っているのか、もうよくわからない。

「角名もみょうじ見えた?俺はむり」
「俺もせーぜー前方しか。服の色覚えるのも無理かも。相手によるかな」
「お前ら褒めすぎやろ。俺かて毎試合はむりやって」

ちょっと引いてる治と角名くんに対してにこにこと、純粋にいい笑顔をしているのにこわい。
本当に、どこにいてもその頭の回転ありきの視野の広さですぐに見つけられてしまいそう。

「そうや治、雪塩ちんすこうっていうやばいやつ知ってる?」
「俺と話してるとこやろがこっち向いて」

また治に助けを求めるように話題を変えようとしてみたけど、治の返事はない。面倒なことになるから向こうを向けという無言の圧を感じる。
そもそも結団式中だったから、いつまでも話し続けているのは私と宮くらいだった。

「…旅行中バレーできるん?」
「練習あるでー。運動部用に体育館借りるらしいし砂浜あるし自分のボールも持ってくし。なーサム」
「キャリーしまらんやろ。サムちゃんいやそうやで」
「サムちゃんてなんなん」
「何?今の怒るとこあった?」
「なまえちゃんも練習手伝ってくれる?」
「魚獲るのに忙しいから」
「なんなん島人なん?」
「うん海大好き」
「道産子派やろ?」
「島人か道産子か選ぶん?なんで?なんの戦い?こわいから島人派で」

わけがわからないことを言いだしたかと思えば、落ち込んで、ちょっと怒っている。治はため息を吐いて呆れてるし、角名くんは膝を抱えて笑っている。
身内ネタなら教えてや、と言おうとすると
「お前らええかげん話聞け!置いてくぞ侑ゥ!」と一番おっかない教師に注意を飛ばされた。

「先生がいっちゃんうるさいやつやん」
「やめて。小学生か。あかんねんこの静かにする空気なんでもおもろいねん。ふふっ」

笑いとツッコミが止まらなくて震えていると「侑とみょうじもう後ろで立っとけ!」と怒られる。精神的体罰やと抵抗していると、宮に手を差し伸べられて、人目がしんどくて、一人で立ち上がることにする。
端の方なおかげでそこまで目立つ感覚はないけど、前方でうんたらかんたら話している実行委員らしい人と目が合って、相手からすると意味不明な起立だろうなと思うとそれすらおかしくなってくる。

「さいっあくや。見せ物や。だれか一緒に立っててや、治」
「俺のこと一日中避けた罰やな。誰と見せ物になるのが罰やて?」
「ほんまにやめて笑わすの」
「なあ結団式ってなんなん?いる?これ。この時間バレーしたいわ。なまえちゃんもそう思うやろ?」
「思うわけないやろ。んっふふっ…もうやめて、こっち見んとって」
「……」
「………ふっ…ははっ…」
「もう寝るでーって電気消したあとが本番のアレやん。修学旅行先取りしすぎやろ」
「もぉー!やめてやぁー!」

宮との間に先生が入ってきて、宮のついでのように私も頭をはたかれていよいよ体罰沙汰だ。「お前らなんで行く前からそんな楽しそうやねん!」と、理由がひとつしかないことをツッコまれて、何も言い返さない宮も私と同じことを思っているのかもしれないと思った。
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