一度一方的な仮約束をすっぽかしたからか、テスト期間中もすれちがうときに「約束覚えてるー?」と声をかけられて、テストが終わって約束の一週間が始まる今日になっても「ジュース何がええん?今日わかってるやんなぁ?」とヤンキーの呼び出しのような声をかけられた。
むこうは一方的な仮約束でも守るタイプなのか、頼んだとおり私の席まで来ることはなくて、また少しだけ信用を深めさせられる。
いつも一緒にごはんを食べている友達に、一週間だけ宮の練習に付き合う説明をして、ごはんを済ませた食堂を一人であとにした。
一緒に来てくれればいいんじゃないかと誘ってみたけど「あっちの宮ンズは性格キツくて無理。アンタは呼んどらんとか言われそう」と断られた。
私は宮の性格をキツいと思ったことはないけど、知らんめんどい女とやらに間違えられたときの顔を思い出すと、たしかに言わなくもなさそう、と思った。
体育館を覗くと、今日はボールを籠ごと出して、制服のままシューズを履いている宮がいた。
すべてのスポーツ選手を尊敬して応援する一人として、気が引きしまって背筋が伸びる。
やっぱり知らない人も体育館を使っていて、入り口に背中を向けるくらいでは隠れられないけど、ここまで来てしまったらどうしようもない。
へたに誤解されないように、付きすぎず離れすぎず、私たちは付き合ってないしいい感じでもないけど、誰にも邪魔をされないように、宮の縄張りを守る手伝いをする。
どんなんやねん、と声が出そうになる。

「みーやー!カフェオレもらいにきたー!」
「ほいカフェオレと苺大福」
「苺…大福…!?どしたん!?」
「朝コンビニで買った」
「幸せすぎる!」
「チョロくて心配なるわー」
「生きててよかったっ…!」
「サムみたいなこと言いなや」
「ありがとぉ…おいしい…満足した」
「帰さへんで?」
「…はい。どこで見てたら邪魔じゃない?」

宮は前に壁打ちをしていたときとは違って、カーディガンを脱いでネクタイにまで指をかける。なぜかまともに見ていられる光景じゃなくて、目をそらす。生地が傷みそうなネクタイの外しかたが気になったけど、そこに大人っぽさがなくて助かった。
本人はサーブのことしか頭にないみたいで、何も気にしていない。バレーが絡むと一気に子供みたいにそれに夢中になるところがあるなあと、優しい気持ちにさせられる。

「危ないから後ろおってほしいんやけど。人に見られても顔までわからんやろ」
「こっち宮の視界に入りすぎて邪魔じゃない?」
「気にならんけどスカートは気ィつけてほしいー」
「気をつけるけど見えたとしても見せパンはいてるからな?謝らんからな?」
「ほかの男来たらどーすんねん見せんなや。見せパンとか関係ないねん、あのな、アカン!このテーマ語りだしたらこれで一週間つぶれてまう!」
「何を一人でしゃべってるん?そんで、今ええとこなんですけどってどんな顔なん?むずかしい」
「もうええから俺のネクタイとカーディガン持ってて。着てもええよ」
「めっちゃ持っとくわ」

どこかのラインから数歩下がっていく宮よりも、数メートル下がった位置に座り込む。正面だとこっちが見せパンを見せたセクハラとして何かうるさく言われそうで、位置取りが難しい。
広い体育館のほぼセンターに私がいるような気がするけど、宮のほうがよく目立つからそこだけは助かる。
乱雑にわたされたネクタイを首にかけて、カーディガンはたたんで膝のうえで抱える。なんかこれは、返すときに体温とかうつってそうで嫌だな。広げて小脇に抱えてみると、大きすぎて床につく。人の着るものを床につけておくのは悪い気がするし、羽織るのは論外。
結局、軽くたたんで、軽く持っておく。これは、はたから見るとそういう関係に見えそうでしかない。これを広げて顔を隠すのもいいかもしれない。
落ち着かなくて、たたんだり広げたりして、練習を見ていない間も強いボールの音が絶え間ない。
ようやく宮の練習に目を向けてみる。ラインから下がるときに、こっち側を向いて歩く宮を、じっと見ていても目は合わない。
集中できているようでよかったけど、これは私にとってはよくないことな気がする。
私はバレーをしている宮の、楽しそうなところと真剣なところを、悪くないと思ってる。
サーブは特に技術が素人の私でもわかりやすくて、かっこよく見える。これを五日間も毎日見せられて、宮のファンにでもなったりしたらどうしてくれる。
宮のサーブは見応えがある。私たちが授業でやるバレーなんてバレーじゃないとよくわかる。
少しだけギャラリーができてきたときに、ええとこなんですけど顔をつくろうとしたけど結局よくわからなくて、顔のパーツがばらばらになりそうになった。
どうしたものか、でも頼まれたからには私がついているぞと立ち上がって、打ち終わって転がっていたボールをひとつひろってきてあげる。
話しかけられたくないだろうと思っていた宮が近寄ってきて、私の手からボールを受け取る。
会話も目配せもないあたり、とても練習ええとこなんですけどっぽい。近くにいる私が話さないなら離れたところにいる人も話しかけられないはずだと思う。自分の手柄とは思えないけど、その日、宮があびせられたくない声が届くことはなかった。
ちょっと、うまくできたかもしれない。

二日目は雨が降っていて、グラウンドに出られない治と角名くんと銀島くんも来ていた。
これなら私はいらないんじゃないか?騒ぐギャラリーが来ても、たぶん治と角名くんは何もしないけど、銀島くんが上手くかわしてくれるんじゃないか?と思ったし、そう言ってみたけど、不機嫌になった宮の横から三人に引き止められた。
今日の分のジュースももらっていたし、四人のミニゲームのようなものの審判をすることになったけど、ルールもわからないから同じクラスのよしみとして治と角名くんの勝ちにしておいた。あんのじょう宮は怒ったし、どう考えてもここに私がいていい理由がわからなかった。
雨音の中で、いろんな人がいろんな目的を持って使いにくる体育館では宮兄弟が騒がれる以前の問題で、宮の集中できる空間がつくられることはなかった。

三日目は自主練の噂を聞きつけたらしい赤木先輩という人が来ていた。
リベロをしているからお互いの練習になると言ってくれていて、あまりの優しさに宮も感極まって言葉をつまらせていた。
先輩が来てくれたならさすがに他人の私は邪魔じゃないか?と言おうとすると、赤木先輩は「悪い!」 と下げそうになった頭を宮に止められていた。ああ、この人から見ると私が宮の彼女か何かに見えていて、自分が邪魔者と思ったのか、と察して私のほうも頭を下げておいた。
私のほうこそ練習の邪魔をしたくないから、誤解はあとで宮のほうから解いてくれることを信じる。
知識のない私には宮のオーバーワークが心配で、私以上に宮とバレーをよく知っている誰かがいてくれることは心強かった。
今更になって、私は宮の何なんだろうと疑問がわいた。

四日目は私の方が移動教室で長くはいられなかった。
人避けとして、たぶん居ないよりはマシなくらいには役目を果たせていると思う。
知らない子から視線を感じることはあっても何かを直接訊いてくる人はいない。
申し訳ないことに、私のかわりに訊かれている友達と、宮のかわりに訊かれている治も、私たちが付き合ってるかのような話は否定してくれているらしい。
否定するのに、見せつけるように一緒にいる意味を考えるとわけがわからなくなる。
周りには友達以上恋人未満にでも見えているんだろうか。このバレーに真剣でしかないバレー選手と、見ているだけの何者でもない私が。ありえない。
宮のサーブはいつもすごいから、どう仕上がっているのかは知らないけど、私は大きいカーディガンの抱えかたが今もうまくはなかった。

最後の五日目になった。宮はシューズじゃないし、ボールは二つしか出ていないし、カーディガンは袖を捲って着られている。

「今日は三色団子付きやでー」
「やったー!宮が二本やな?」
「ブタんなるから一本でええわー」
「おい。治に持ってこか」
「言うと思った」
「宮からやでってちゃんと言うとくから」
「朝から狙われてんねんそれ」
「それで一本でいいんや?優しいやん」
「せやねん俺やさしいねん!」
「新しいサーブどうなったん?できたん?」
「無視かい。とっくにコツ掴んどるよ」

団子を喉につまらせそうになる。今なんて言った?とっくにって言った?苦しい胸をたたきながら、宮が買ってくれていたお茶で団子をぐぐっと飲み込んだ。

「……なんて!?」
「感覚忘れんよう磨いてるとこ。たぶん実践でちゃんと完成する。そもそも昼休憩にそんなガチの練習できん」
「…はあ!?じゃあ私ここ来る意味なくない!?もう五日目やけど!」
「静かなほうがええのは変わらんし。今日の昼は軽いのだけにしろって言われたからやらんけど」
「なんやいまいち協力できた気せんわ、稲荷崎の宝に…」
「おいネタ扱いやめえ。むっちゃ助かったで」
「ほんま?私がおってもおらんくても、真剣にやってる宮に声かけれる人おらんやろー」
「それがな、おるねん世の中空気読めんのが」
「大変やなあ」
「せやろー!?せやからこれからも」
「無理やな」
「早いわっ!」

体育館じゃなければ串を投げ出していそうな勢いで、ツッコミが入る。
あんまり役目を果たせた気がしていなかったけど、この一週間ここで宮を眺めている時間は不快じゃなかった。
今みたいに宮と話すのも楽しい。
宮にとってはどうだったんだろう。人避けとして成立していればなんでもいいんだろうか。

「友達に一週間て話してるし。そういや宮こわがられてんで?何したん?」
「なまえちゃんの友達のヤンキーみたいな子?なんもした覚えないし、あっちのほうがこわない?」
「なんでこわがりあってんねん。仲良くしたらいいのに」
「いい印象持ってもらえるようがんばるわぁ」
「ふはっ。そのどーでもよさそうなんが伝わってるんやろなあ」
「どーでもよくないことは伝わってる?そっちのクラスと仲良くしたいから、もうなまえちゃんの席いってもええ?」

団子は食べ終わっていたけど、喉に何かがつまるようだった。私が言ったから来ないようにしてるのかなとは思ってたけど、もう来る理由もないと思っていた。どうでもよくないことは、よくわからなかったから耳を通り過ぎてどこかへ流れていった。

「それ守ってたん…?」
「いってよかったん?」
「普通に困る」
「困るんかい!困る流れ!?いま見直したやろ!?」
「いま一番誤解されてる時期やん?友達と治に世話かけてるし」
「稲荷崎の宝は仲良くしたい子と仲良くしたらアカンの?」
「やめて笑いすぎて授業出れん」
「どんなけ笑うねん」

ああ、宮って私と仲良くしたいと思ってくれているのか。宮と話すのは楽しいから、私もそう思ってるかもしれないけど、まだ人目は気になるし、バレーをしてる宮のことを見ていたいだけかもしれないとも思っている。どっちの時間も好きではある。

「でもほんまに宝って感じやんな。治とか先輩とか手伝いにきてくれたやん。愛されてるな」
「なまえちゃんも協力してくれたやん」
「ふふっ宝やからな、あははっ」
「笑いすぎやろ。明日の練習試合は観にきてくれるんやんなあ?屋内でうまい炭酸飲ませたるわ」
「それは楽しみやなぁ」

明日は五日間だけの協力者として、応援席に居座らせてもらう。
もうすでに、屋外じゃなくても、炭酸じゃなくても、いい時間を過ごさせてもらったと思っていることは、一生言わないでおこうと思う。
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