食堂でごはんを食べていると、体育祭の写真が売り出されたから見に行こうという話になって、空き教室までついてきた。
壁中にあるフィルムに写し出された瞬間を眺めながら、宮に「また明日な」と軽く誘われていた昨日のことが頭の片隅でちらついている。
断った覚えがあるし、今日は話しかけられていないし、たぶん目も合わせてないし、宮もあの場のノリで言っただけのことかもしれないし。窓の向こうに見える体育館に気をひかれながら、一年生の女の子の人だかりができている一角に目をやる。黄色い声をあびせられている写真の中にいる宮を見て、そういえば、こういう関わりたくない目立ちかたをする人だったなあと思い出す。
何をどうやったって人目をひく人だから、宮が一組の教室に来ているとき、私は治に話しかけないようにしていたし、なるべく関わらないように息をひそめていた。

「宮ンズ人気やなー。なまえは買わへんの?」
「いらんやろー。治とは撮ったし」
「もったいな!宮ンズの写真買っといてって西校の友達にも頼まれたわ」
「アイドルやなあ。治はごはん食べてるときがかわいいから、あったら欲しいけど」
「あるで、これ集合写真で一人だけパン食べてる」
「何それかわいい!それだけ買うー!」

素通りしてきた紙と鉛筆を取りに戻って、集合写真の数字を書く。
こんなかわいい写真、おばあちゃんに見せたら、飼っていた犬の面影で泣いてしまうかもしれない。おばあちゃんも治のファンになって、家に連れて来いとか言い出すかもしれない。それは困るな。
写真の中でパンをほおばる治を眺めて、自然と笑顔になっていると、友達はさっき人だかりができていた治の兄弟の方を指さした。「こっちは?」と訊かれて、笑顔がゆがんで変顔になる。

「こっち人当たりキツいのに最近なまえに絡んでない?何があったん?」
「やっぱり絡まれてるやんな!?部活に集中したい治を狙ってるメーワクな女と思われてるかもやねん」
「違うん?写真も買ってるやん。好きな人おらん彼氏いらんっていつも言うけど、実は治クンのこと好きなんちゃうんー?」
「食べてるとこかわいいねん治は…治は私が持ってる食べ物にしか興味ないから絡みやすいだけやねん…」
「好きになったらいいやん、お似合いやし治クンもなまえのこと好きかもやん」
「ありえへん。治に失礼やしめんどい話やめてー!」
「わからんわー、もったいない」

友達のことは好きだけど、こういう意見の合わない話は好きじゃない。自分の意思を、もったいないと言われることも好きじゃない。
誰かに好かれると、その人のことを好きな誰かに嫌われる、という経験をしたことがある。執着を持ったり持たれたり、そういうものに混じりたくない。フラットに仲良くできる人とだけ関わっていたい。
治とは、食べ物を通してそれがうまくできていると思う。
私たちの間にはいつも食べ物があって、お互いに特別な感情を持つようなことがない。かわいいとは思っているけど、治とどうなりたいとかは一切ない。
うまく返事ができないつまらない私にむかって友達は、せめて好きな人をつくってほしいという話を続けてくれている。
今の気持ちをわかってくれそうな人、写真の中の宮と目が合う。人を小馬鹿にしているようなその笑顔にほっとする。
今日も体育館に行けば良かったかな、と都合のいいことを考えた。もし待っていたとしたら気を悪くして、もう呼ばれることもないだろうなと気まずくなって、目をそらした。

そんなことを思っていたら、五時間目が終わったあとに、不機嫌そうな顔をした宮が教室に乗り込んでくる。
まさか私のところに来るんじゃないだろうなと目を背けて、背中をのけぞらせて窓の向こうを見ていると、前の席をまたぐようにして誰かが座る。
誰かというか宮しかいないけど、薄目でちらりと見ると、今日は腕まくりをしていない腕が私の机に乗せられていた。
約束をした覚えはないからすっぽかしたわけじゃないけど、嫌われている距離感ではないなと少しほっとした。あきらめて姿勢をもとに正す。

「なんで来てくれへんかったん!待ってたのに!」
「毎日無理やって、気が向いたらって言うたやん。体育館遠いしー」
「サーブもーちょいでなんか掴めそうやねん正念場やねん手伝ってや」
「やっぱり知らん人らに誤解されたないし、今もちょっと人目きついし離れてほしい」
「テスト終わってからの一週間だけでええから!誰にも話しかけられんように、私たちええとこなんですけど?みたいな顔して近くおってや!あと予鈴鳴ったら教えて」
「それ私に何の得があるん!?」
「俺の練習見れる、ジュースおごる」
「弱い。もう一押し」
「ボールは自分で片付ける!」
「当たり前や!女バレに頼めば?バレーわかる人のほうがいいやろ」
「そんなん一番めんどいわ!変に口出しされたないし、噂なると後がだるい。気ィあると思われたないし余計なことして気ィ持たれたくもない」
「それはわかるけどー…」

宮の言葉選びは悪いけど、引退まで何かと縁のある大事な戦友を利用できないって言いたいことはわかる。
バレーに対しての向き合い方からして、女バレの子たちとはバレー選手同士として関わっていたいんだろうと想像できる。
私なら宮を好きにならないって意味か、私が万が一、億が一、宮を好きになったとしてフッても後ぐされがないって意味か。
ほかにも考えられる理由がありそうな気もするけど、こんな話題を深掘りしたくない。
宮の写真にむらがっていた子たちが頭の中から離れない。
バレーをしているときのまじめで楽しそうな宮を見ることはけっこう好きだけど、やっぱり何かと人目のあるところで積極的に関わりたくはない。

「ほかにおるやろ誰かー!」
「おらんーなまえちゃんしかおらん」
「バレー知らんくて宮に興味ない人やろ?いっぱいおるって」
「おらん!」
「おるよ笑わせんといて」
「それなら誤解されへんし、誤解されたとしても別にどうもならんやん」
「じゃあ宮は人気あるってことでいいよ、だから巻き込まんといて」
「ほな俺の勝ちやから巻き込まれて」
「治ーっ!私この人に口で勝てへんかも!足でるかも治の大事な兄弟に!」

出かかってる右足を上げて、廊下側の席の治に向かって声をかけても、治から伝言を受け取った角名くんが「治いないって」と返事をしてくれただけだった。おるやろがい。
食べ物を持ってないとこんなものだ。治は私のことがどうでもいい。そこがいい。
前の席にいる宮が、こっちを見ろというようにコンコンと私の机を叩く。距離感がないようで、ちゃんとあるところが意外できらいじゃなくて、少しだけ腹が立つ。

「頼むわ、サムの大事な兄弟で稲荷崎の宝の頼みと思ってきーてや」
「宝て。ふふっ…あーもう!おもろいからいーよ!負けるわ。入り口に背中向けといたら顔見られへんよな?あははっ」
「今のウケ狙いとちゃうねんけど!?ツボわからんわ」
「めっちゃおもろい、最近で一番おもろい、笑いすぎて顔痛い」
「あーはよ試合観せたい」
「テスト明けて一週間な。ちゃんと行くからこの席には来んといてな」
「こんなひどい人ほかにおらんでやっぱり」
「そうそう、これ宛先間違えてないんやんな?」

机に書かれた文字を指さすと、宮は肩を上げて目をまるくした。
テストになるとカンニングを疑われるから机の落書きは全部消さないといけない。
この「バレー好き?」というメッセージの宛先をもしも間違えていたとしたら、正しい相手に見せないといけないと思ってなんとなく今まで残していた。私宛だとしても、人からもらった手紙を捨てるみたいで、なんとなく消しづらかった。

「大事にしてくれてたんやん!なんなんそういうとこ!」
「宛先の確認したかっただけやで」
「次からなまえちゃんへって書いとくわ」
「いらん。もうテストやから消さなアカンやん?後味悪いから自分で消して」
「消したくなかったん?テスト終わったらまた書いたるな」
「いらんよ」
「サインの練習したろー」
「いらんて」

消しゴムを宮の指に持たせる。見慣れた自分の指が、小さく細い女のものに見える。
ふざけたことを言いながら消しゴムを持つそのごつごつとして爪の整った大きい手を眺める。宮の目もその手元を見ている。
バレーの文字が一文字ずつ消されていったところで手が止まる。視線を動かさなくても今とてもいやらしい笑いかたをしていることがわかる。
止まった手から消しゴムを奪って、好き?という文字を一思いに自分で消すと、宮は「アララ」となんでもないような声をだしていた。
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