腹ごなしに海の見える公園まで歩いていく。
シーサーを見つけるたびにただの治だと言って、トイレを見つけるたびに寄ってくか?と気にしてくるしょうもないノリを引きずりながら、二人だけで思い出にも記憶にも残らないような話をして並んで歩く。
大きなヤシの木と小さな小さな丸い砂浜のある人工的な海辺まで出てくると、宮は「これなら須磨のがええやん」と比べながら木が植えられている近くの芝の上に座り込んだ。誰と行った須磨が良かったんだろうと浮かんだ考えを目の前の海に放流して、私もとなりに腰を下ろして狭い水平線だけを見た。
他の学校の子に訊ねているときから思っていたけど一人で海を見るつもりだったという私の発言を覚えていてくれて、二人での行動に変えてくれたことが嬉しかった。
やめてほしい、とも思っていた。覚えていてくれたこと、誰かがとなりにいてくれること、となりにいてくれる人が宮だということ、どれが嬉しいことなのかわからなくなってしまうから。

「歩いててもよそ見してるしコケそうやしはぐれそうやし一人にせんでよかったわあ」
「結局二人やな、ごめんな」
「はあ?なんで謝るん」
「ポンコツでハゲるんやろ?不機嫌や」
「ちゃう、今日俺だけかっこええって言われてない」
「あはは、そこ気にしてたん?ほんまやな。言うてないかも」
「笑いごとやない」
「宮ってちゃんとモテたいんやな」
「ほらでたポンコツ」
「かっこいいって言われたいだけ?モテたくないん?」
「なんも伝わらんくて頭にタコつまってる人になんて答えるのが正解か考えさせて」
「ふふ、いーよ」

喧嘩を売られた気がするけどそこに海が広がっているからか気にならない。それに、何を待ち構えているのかよくわからない態度よりこういう態度のほうが治といるときみたいで宮らしいとも思う。
どんな答えが返ってくるんだろうか、何が正解だと考えるんだろうか、と遠くの船を眺めて楽しみに待とうとするとすぐに口を開かれる。

「モテたくない」
「なんで?」
「一途やから」
「はいありきたり、不正解」
「これクイズやったん?質問やなかったん?」
「適度にモテたい?」
「適度にもてはやされたい。これや!なんかウケたい!」
「それや!正解!宮ってなんか行動おかしいねん」
「いきなり悪口始まるやん、なんやねん。豪華景品ないんかい」

ずっとひっかかっていたことが本人の導きで解明されていく。
目立ちたがりなくせに騒ぐ人を相手にはしないところ。集中したいときは試合中だろうと応援を止めてまで無音の空間にいたいところ。イヤホンをして両手をポケットにしまって脇目の他人を見ないようにして歩くところ。この人って明るさを振りまきながらどこか必要なもの以外のいっさいを求めていない陰がある。今日の私の行動を自己完結と言われたけど宮もたいがい自己満足を極めたい人だと思う。

「欲しいリアクションだけ欲しいみたいな。わがままやでな」

それならどうして私たちは今お互いのとなりにいるんだろう。言いながら疑問がわく。

「それってなまえちゃんも同じやん。これは聞き流さんといてな」

不機嫌に見えていた宮が目を細めてじんわりと笑顔を見せる。
これは、という言い回しがひっかかる。これまで私がうまく聞き流したと思ってきたあれやそれも、俺が聞き流させてあげていただけや、と戒められた気がする。

「なまえちゃんに興味なかったり踏み込んでこん人間だけが好きなんやろ?それ以外いらんと思うとる」
「……」
「答えてや」
「……答えに困る」
「ってことはそういうことやん?」
「はい…」
「むっちゃタチ悪いで」

その一言は、わがままで傲慢で自分勝手、その類の言葉すべてが込められている気がした。痛いところではあるけど無自覚ではないし、嫌いだと言われたわけでもないし悪口にもならない。それでもこんないい笑顔で言われることではない気がする。あれ、この人もしかして嫌いなのか、私のこと。

「海がきれー」
「もうやめるん?先に吹っかけてきたんそっちやん?」
「そんな楽しそうに反撃されると思わんやん」
「フフーン、性格ええなってバレー部によー言われる」
「いい性格やなって言うたんやろな」

おかしい行動をとってるのは私のほうだと気付かされる。いや二人ともかもしれない。
私は宮の言う通り私に興味のない人に安心する。
宮は欲しいリアクションだけを欲しがっている人に見える。
そんな宮が、私にかっこいいと言われたがっているような言動をとる。
私はそんな宮と二人きりで行動をとっている。それを悪くないと思ってる。
だって宮の好きなものはバレーだけだからこっちを見ることはない。
バレーにしか興味のない宮が私のとなりにいる。
やっぱり宮だけがおかしい気がする。
それとも適度にもてはやすと満足してもうここからいなくなるんだろうか。

「角名と二人になったらレンアイ始まるって思ったん?」
「そんな失礼なこと思わんよ。ほんまに緊張するし周りに誤解されたら申し訳なさすぎるってだけ」
「あいつがあんな口挟むの珍しいからなまえちゃん好かれてる方やと思うわ」
「無いわ」
「ほらドシャットする」

どシャっと…?なんとなく意味はわかるけど聞きなれない言葉にとらわれていても、それは今はどうでもいいとお構いなしに宮は話を続ける。気がきかないような素振りをしながら気の回る宮はこういう判断が早い。気を回すところと回さないところをよく選んでいる。

「俺とは?誤解されてもええん?」
「もう今更やろ。誰もそんな目で見んよ」
「これデートやで」
「デートちゃう」
「デートやって。そこの知らん人らにきーてみよか」
「絶対やめてデートでいいから」

立ち上がろうとする宮の服の裾をつまむ。口角を上げる宮にうまく乗せられていることがわかるけど宮ならやりかねないから恐ろしい。座り直す宮が少しだけ距離をつめてくる。こっちがしたかったのか。

「サムより角名より俺がよかったんやろ?」
「そういうことにしといたら機嫌なおるん?やめてや、今日の宮いじわるや」
「ほらな、そういう言い方するとこ俺より性格ええわ」
「それはどーもありがとう」
「…ちょっとさっきのもう一回言うて」
「なに?ありがとう」
「今日の侑くんイジワルやってやつ。あと、角名にゆるして?ってかわいく言うてたやつあれなに絶対俺には言わんやん」
「クソ野郎の話まで戻ろか」
「俺は優しい男やで。トイレ大丈夫か?」
「ほんまうるさい男やな」

四人でごはんを食べていたときよりもまだ遠い距離にいる。どのくらいが自然な距離だったかわからない。あいた距離を潮風が通っていく。寒いな、と思ったとき今度は理由もなく宮が距離をつめてくる。周りに開放感があるからか居心地は悪くはなかった。

「治のかわりしたろか」
「は?」
「なでてええよ、頭でもどこでも」
「どこでもは嫌やな」
「なまえちゃんに触られてイヤなとこない」
「あるやろ…土踏まずとかいややろ」
「デートやから空気読んで」
「デートちがうて。くるぶしもいやじゃない?」
「宮と治は同じ人なんやろ?なでたらええやん」
「ふはははっ!」
「ほんま何がおもろいねんこれいつまで賞味期限もつねん」
「宮がなでてほしいんやろ?弱ってるから」
「そういうことでもええよ」

手を近付ける。触れるか触れないか、乗せられるか乗せられないか、まだ考えていると指先に頭がすり寄ってきた。他人のかたい髪に初めて触れる。この手触りが傷んでいるだけなのか潮風のせいなのかわからない。
食べたあとだからか眠そうだ。夜更かしもしたのかな、しそうだな。私が宮兄弟どっちのことを好きなのかをきかれていた夜、宮はどんな話をしていたんだろう。

「朝から走って一日慣れへんツッコミがんばったねん。なまえちゃんが気にしてたからめんどそうな女も追い払ったで。かっこよかったやろ」

宮に振りまかれるものを与えられつづけて、宮のおかげで楽しくて助かった一日だった。やめてほしいと思うことが何度目かわからない。
治と角名くんをかっこいいと言ったような覚えはあるけど理由は思い出せない。
たった一言のかっこいいという言葉を宮だけには言えずに指先で頭をゆっくりとなでつける。後頭部の髪を伸ばしている部分と刈り上げられた部分の境目を指の一本ずつでゆっくりと下からなぞる手触りがクセになる。

「ボケもツッコミも冴え渡ってたな。合宿もがんばりや、修学旅行より楽しいやろな」
「うん楽しみ。でも合宿は一人や」
「一人ではないやろ。あ、そっか」

治たちがいないってことか。
そういう意味なら合宿だけじゃなくて人間だれでもずっと一人だ。やっぱり、宮と治は別人だと認めるしかない。
人よりプライドが何倍も高くて私に頼らなくても平気なはずの宮が、少しだけ甘えを見せている気がする。どれだけ弱くない人間でも少し疲れてしまうときくらいあって、それが今なんだろうと思う。よしよしと力をこめてかたくてきしむ金髪をなでる。
宮が私のためについてきてくれたこの海で、バレーをさせてあげられないし一緒にできるわけでもない私がこの人にできることはなんだろう。この人はどうしてここにいてくれるんだろう。

「行ってしまえば宮は楽しめるから大丈夫やで。大丈夫」
「すーすーしてきた」
「よしよし、帰ったらバレーだけできるから元気だし、好きなだけしいや」
「バレーしたい…はよしたい…」
「もうちょっとで帰れるでー!」
「けどなまえちゃんと一日一緒におれるのはこれが最後なんかなあ」

私がなんて言いたいのか、宮がなんて言われたいのか考えている間に時間が流れていく。何かを答えるには遅くなっていく。これは聞き流させてくれるんだなあと海の寂しい青色を眺める。
今日、私がどれだけ一人になろうとしても宮は一緒にいてくれるだろうなとなんとなくわかっていた。宮と誰かの時間を邪魔したくなかったし宮と二人だけにもなりたくなかったから逃げ出したかった。
二人だけになると私は治よりも誰よりもこの人を好きだときっと知ってしまうから。
ごはんを食べているときでもバレーをしているときでもなくて、いつでも宮のことが好きなんだとわかってしまうから。
宮のこめかみあたりの髪の短いところを指の背でなでる。指が耳に当たると手のひらに耳と頬がすりよる。これは誰のための何の行為なんだろう。弱っているのは、おかしいのは宮と私のどっちなんだろう。

「どう?踏み込まん俺は」
「かっこ悪くはない」
「なんやねんそれ。傷ついた。なでて」

ぽつんとある金髪が海よりもきれいで目を閉じる。好きなものがここにある。胸の真ん中を潮風が吹き抜ける。触れている宮の表面は少しだけ冷たい。
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