昨日のお土産に買ったクッキーを食後のおやつに食べながら、テレビを見ている愛子ちゃんのとなりで声をかけるタイミングを見はからっている。
今日、部活に行ったままの姿でバレー部連中でファミレスになだれこみ、そのまま流れで花火をすることになった。セットで買った花火の中に入ってある線香花火を見た小原は「二つあるし、こっちいとことやれば?」とセットとは別に買ってあった線香花火だけのパックを片手に持って俺に寄越した。
断る理由を見つけられないで、小原の気のきかせっぷりに素直に感謝して、受け取ったそれは今エナメルの中でひっそりと出番を待っている。火玉が途中で落ちたときの青根の顔があんまりにも可哀想で何本かあげてしまったけど、ふたりでやるには充分な本数が残ってるから、だから。


「愛子ちゃん、余った線香花火あるけど、やる?」


皿を洗う母親にもテレビを見ている父親にも聞こえるように愛子ちゃんにいきさつを話して、余った線香花火を仕方なく消化する雰囲気をつくってみる。そんな雰囲気作りにはお構いなしに話の途中から外出態勢になった愛子ちゃんを見て、他のも買ってやっておいでと千円札を出した父親のおかげで俺は一日に二回も花火をすることになった。
花火とライターと千円札だけ持ってふたりで外に出た。自転車のスタンドを上げて、乗っていいの?という顔をした愛子ちゃんにむけて荷台をぽんぽんと叩いてやる。ふたり分の重みを乗せた自転車のペダルを踏むと、ギィ、と音をたてて軽快に進みはじめた。


「愛子ちゃん乗ってる?空気みたいに軽いんだけど」
「乗ってるよー、堅治は壁みたいだね」
「まぁなー」
「このへん家ばっかりだねー、でも宮城ってべつに田舎!って感じじゃないね」
「このへんはな〜。学校のほうはけっこー田舎だったろ」
「うんうん。あれ、ここ昔ひまわり咲いてなかった?」
「よく覚えてんな」
「堅治とひまわりの種さがしたとこだよね、ひまわり咲かせようって」
「さいきん駐車場になっちった」
「あらら」
「公園咲いてるから見てく?てか花火公園でやるか」


うん、と大きく頷いたのかわざとなのか、背中にごつんと頭をぶつけられた。
コンビニで追加の花火とジュースを買って、公園まで自転車を走らせる。
入口の花壇で一旦足をとめて、ほらひまわり、と見せれば喜んで自転車をおりた。俺も普段まじまじと見ないその花をよく見てみれば、こんな細い茎で重そうな頭を支えられてることが不思議で、うなだれて太陽を待つような姿はいっそ不気味で、胸騒ぎのようなものがする。死にかけているのだと感じた、このひまわりも、夏も。
砂利道を歩いていけばサンダルに小石が入ってきて靴のチョイスを失敗した。砂がかかった足をうっとうしく思いながら、見つけた石段に花火を広げてろうそくを立てる。ゆらゆらと動く炎に愛子ちゃんが最初の一本目を近づける。じらすように火をともす花火に釘付けになって待ちながら、まだかな、と言ったところでシュバッと緑色の光と火薬のにおいが広がった。その火をもらって俺も二本の花火に火をつける。風に乗っていく煙でむせる愛子ちゃんのほっぺたをぎゅっとつまんでやりたかったけど両手がふさがっていた。

あっというまに残りは線香花火だけになった。ろうそくももうほとんど溶けてしまって、ライターで直に火をつけることにする。言われなくてもつけてあげるけど、つけてと言わんばかりの愛子ちゃんが目の前にいて、このままでも抱きしめたらすっぽりとおさまりそうで、何か話さないとふつうじゃいられそうにない。


「今日バレー部の奴がさ、火落とさないように必死にやってた」
「願いが叶うとか言うよね」


線香花火の独特の鼻をつくにおい。オレンジ色がぱちぱちと火花を散らす。少しでも手元を動かせば火が落ちてしまいそうで、自然と言葉が減っていく。夜のせいもあってひそやかにしてないといけない空気になる。小遣いを使ってでも筒の花火を買っておけばよかった。ばーっと派手に噴射させて、バカみたいに笑って、楽しかったねって終わりたい。
すっかりおとなしくなった愛子ちゃんの何本目かの線香花火に火をつけてやる。頼むからいつもみたいにくだらない話をふってほしい。こどもみたいに大声で笑ってほしい。
家じゃない場所、人がいない暗がり、家族なのかなんなのかよくわからないいとこの女の子と二人きり。
ドキドキしていた。もうずっと前から、初めから。
離れがたいなんて絶対思わないようにしようと思っていた数日前がもうなつかしい。結局は誘いにほいほい乗るわ連れ出すわ、愛子ちゃんといると楽しくてしかたなくてこのざまだ。
それでもこれ以上いけない手前のところでずっと足踏みしていた。
これ以上って、なんだ。


「あ、残った!最後まで落ちなかった!見て!」


ぶんぶんと振られて見えねーからと無意識にとった手はびっくりするほど小さくて、花火よりもそっちに目がいく。
ぎゅっと握ったまま花火を見せてもらえば確かに先端に小さくて丸い焦げがあった。


「堅治、手あつい」
「うん、ごめん」
「…残りやっていいよ、落として願いごと叶わなくなったらいやだから」


遠まわしに手を離せと言われてる気がして、離す。
名残惜しさをあらわすようにじわりと手汗が滲む。夏場にはちょっと遠慮したいくらいあつすぎる手なのに、もっと握ってたかった。

じゃあ春高いけますように、といい子ぶって火をつけてみても隠れた願望を知ってるように火玉はぼとぼと落ちていった。そもそも俺はこういうのは信用しないたちだ。
あっけなく終わって残骸になった花火たちを見た愛子ちゃんの目が少し揺らいだ。寂しいんだろうと思うのは俺がそうだからかもしれない。何か言うのも違う気がして見なかったことにして、花火を片付ける。
どこかから風鈴の音がしてほっとした。夏の生き残り、というかまだ夏は終わってない。


「堅治、おっきくなったね」
「いまさらかよ」
「手だして」
「さっき嫌がったくせに」
「ちがうっ、…恥ずかしかっただけ」


ほい、と手を出してあわせる。こっちのほうがよっぽど恥ずかしいじゃんか。手のひらの大きさもかたさも指の長さも太さも何もかも違うことがよくわかる。

愛子ちゃんと居るとなぜかむしょうに寂しくなるときがある。昔からだ。
毎日同じ屋根の下で顔をあわせて笑わされて緩まされてすっかり忘れかけてたけど、もう七日間の五日目が終わろうとしている。
幼いころからの刷り込みみたいなもので、俺にとって夏の終わりは愛子ちゃんとの時間の終わりと同じだった。
四年ぶりに現れたこの子もあと二日もすれば自分の家に帰っていく。正直もう一秒すら惜しい。もっと一緒にいたいと思った。離れてほしくないと思った。惨めと言われてもいいから引き止めたくなった。


「明日さぁ、祭あるんだけど」
「…うん」
「愛子ちゃん、俺と行く?」
「…行きたい!」
「うん、じゃあ行こ」


静けさに鈴虫の声がよく通った。かさかさと枯れ葉が落ちているのかと思えばひっくり返った蝉がいた。
うなだれたひまわりを思い出した。
俺は、愛子ちゃんのことが好きなんだと知った。



20140803

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