隣り合った動物園をちらちらと気にしながら「今日はこっちって決めてたから」と遊園地に足を踏み入れてみればもう前しか見ないで進んでいく。小学校の遠足以来に来た俺には園内は狭く見えるしアトラクションも小さく見えるけど愛子ちゃんには充分楽しめるようで、ほとんど貸し切り状態の園内を走り回るように満喫している。極めつけにはコーヒーカップを自分で延々と回したあとに、立ってられなくなりやがった。
冷房完備の休憩所に入って座らせる。だらりとうなだれた身体はやっぱり疲れていたようで、そりゃあ毎日他人の家とか知らない土地にいれば四六時中気を使わないわけにもいかなかったのかもしれない。おまけに毎日この暑さだ。気をつかう必要のない俺が、もっと一緒にいてやらないといけなかったのかもしれない。


「ただの乗り物酔い?暑さで気分悪くなったとか?」
「大丈夫だよ。コーヒーカップで酔っただけ、ごめん」
「飲み物何かいる?」
「ジェラート…」
「水道水かー」
「お茶!お茶でいい!」
「そこでじっとしてろよ。またトイレ行きたくなっても俺が戻るまで待ってろよ。つーか連絡先知らねーな?とりあえず番号だけ言って」
「堅治保護者みたい」
「愛子ちゃんがそーさせてんの」


離れたところに座る家族連れの子供にのんきに振っている手をぱしんと叩く。言われた番号にワンコールいれて、今後かけるときがあるのかわからないその番号を俺も登録する。
愛子ちゃんを置いて外に出ると冷房のきいた休憩所との差にもう肌がじわりとしめる。めずらしく着信が鳴って、誰かと思えば登録したばっかりの名前がそこに表示されていてひとりでいるのに笑ってしまいそうになる。


「もしもし?寂しくなっちゃった?」
「ひまだよー」
「ひまかよー」
「五時までにぜんぶ乗れるかな?閉まるの早いよびっくりだよ」
「ぜんぶ乗る気だったのか」
「動かしてもらうのちょっと申し訳ないよね、てか止まってることにびっくりした」
「仕事無いよりいーんじゃね、人も乗り物も」
「堅治いいこと言った!」
「だろー」
「あとお土産屋さん行きたいなー」
「うちの親にとかいらねーよ?」
「モニワさんは?」
「どんだけ茂庭さんになついてんだよ」
「堅治のことほめてくれたから好きだよ」
「…そっか」

ふたりで俺の話、してたのか。
俺をほめてくれたから、茂庭さんが好きなのか。
これぽっちで返事が遅れたこともほかの言葉が出てこないこともふがいない。
殺し文句を突き刺されたように胸のなかはどろどろと熱いものが巡る。

「あっ蚊!蚊がきた!ぎゃー!」
「ははっ」
「ねー動物園って何がいるの?」
「んー愛子ちゃんが好きそーなのはレッサーパンダとか?」
「かわいいー見たいー」
「動物園くらい地元にあんだろ。いってらっしゃい」
「でも地元に堅治はいないよ」
「俺のカテゴリー動物といっしょかよ」
「なんか急に実感したっていうか…めちゃくちゃ宮城県民みたいな気持ちになってたなぁって」
「愛子ちゃん、俺トイレ寄るから一回切っていい?片手きつい」
「いいよっていうか切ってほしいよそれは」
「うんじゃあね」
「はーい」
「……」
「……」
「…切れよー」
「堅治こそ!」
「はいせーの」
「の!」


たくさんある思うことを振り切るようにぶつりと通話を切る。目の前にあるのはトイレなんかじゃなくていかにも甘いものを売ってそうに装飾された白とピンクの建物。
ジェラート二百八十円という文字にただのアイスと何が違うのかと疑問に思いながら、そいつを片手に愛子ちゃんの待つ休憩所へ向かう。溶けてしまわないように早歩きになればジェラートと一緒に汗もひとすじ流れ落ちた。


「おかえりー、あ!ジェラート!いいないいなー」
「愛子ちゃんに買ってきたんだけど」
「え、いいの?堅治のは?」
「げろ甘そーじゃん」
「一口食べてみたら?あっ、ふ、二口がいい…?」
「つまんねーこと言ってないで、ほら」


手に持ったまま口に押し当てると赤い舌がバニラを撫でる。あ、これ、やばいやつだ。ぜんぜんまったくそういう気持ちで買ってきたわけじゃないからこのジェラートは俺の善意のかたまりだから、これはラッキーなあれだ。光景も、受け取らせるときに重なった指先も、ごちそうさまですってかんじだ。


「おいしー!ありがと」
「ぜったい垂らすなよ」
「堅治は王子様みたいだね」
「は?あ、顔の話?」
「喋るとちょっと違うけど」
「生意気っつーか正直なんだよなこの血筋」
「どうせいとこならお姉ちゃんとかがよかったなぁ、二口家楽しい」
「もっと他にあんだろー」
「妹はやだよ、堅治にいじわるされる」
「他」
「お母さん…?」


かりかりとコーンをかじりながら首をかしげる。言わせたい言葉と違うことを言われて黙って肘をついたまま眺めて見てると愛子ちゃんも喋らないように食べるスピードが進んだ。
外はまだ明るいけどあと三十分もしないうちに閉園だ。次の乗り物が最後になる。


「それ食ったら観覧車いこ」


最後のひとくちを口にいれた勢いのままぶんぶんうなずいて、似てない青根の姿と重なった。こんなところに来てまでバレー部の奴の顔が浮かぶほど毎日毎日ほんとうにそれしか無いことに感心するしかない。
地図を見ないでも位置がはっきりわかる観覧車まで移動して、いかにもてっぺんでキスを狙うカップルに見えてそうでちょっとだけ気まずく思いながら止まっている観覧車を動かしてもらう。不安定に揺れるゴンドラに足を踏み入れると愛子ちゃんもさすがに疲れたのかすっかりおとなしくなった。


「つかれた?」
「ううん楽しい、めちゃくちゃ楽しい、でも高いとここわい」
「先言えよ!」
「乗りたかったからいいの!」
「愛子ちゃんにもこわいものってあるんだなー、あったなそーいや、海こわがったの覚えてる?覚えてねーよなー愛子ちゃんは」
「なになに?まったく覚えてない」
「小二くらいんとき?海いったらこわいーってちっちゃくなってたよ」
「えー、くらげとかじゃない?」
「いや、広いのがこわいとかそんなんだった気がする。で、こわがりさんだなーかわいいなーって」
「思った?」
「思った、いじめたいなーって」
「ちょっと今夜は堅治のママと堅治について話し合うよ」
「愛子ちゃんは俺の話ばっかだなー」
「そうだね」


静かに素直な返答をされてしまって返す言葉がでない。俺らしくなくていやになる。
あっちが家かなとまったく逆方向を探してるけどおもしろいから黙っておく。俺の後ろの方向にあるよ、おいで、と言えば俺はちょっとした気の迷いで大変なことをしてしまいそうだから黙っておく。
愛子ちゃんがこわい海も見えるよと教えてやればもうこわくないからと大げさな身振り手振りつきで反論されてゴンドラが少し揺れる。自分で起こした揺れに自分でおびえて肩をすくめてしまって、ちょっと揺らしてやろうかと思えばいつもの「きらい!」が始まっておとなしく窓にもたれた。
朝から部活できつい練習をしてきたあとに遊園地で走り回るように付き合わされて、今になってきつい眠気に襲われる。伏せがちになる目を薄くあけて、外を眺める愛子ちゃんを眺める。もともと白い肌に光が反射してそれはもううそみたいに白い。


「ちょっと焼けたな」
「えーやだ」
「赤くなってる」
「なってる…?」
「日焼け止め塗らなかった?あ、キス期待してる?」
「ちーがーう」
「はは」


スペースてきには隣にいけないでもないけど向き合って座ったままてっぺんを迎える。
当たり前だけど何もできないで、何も言えないで、均衡をたもったままてっぺんを少し過ぎた。いとこ相手に何か起こしてしまいそうだった自分への緊張から解放される。
ゆっくりと下に向かうあいだもずっと外を見てる愛子ちゃんを俺は眺めるだけだけど、もう一周でも何周でもしてられそうだと思う。
係員がドアをあけて、ゴンドラの中に外の空気が混ざり合う。狭いドアから俺が先に地面に足をのばす。
振り返って、愛子ちゃんに片手をのばす。


「どーぞ、おひめさま」


喋っても王子様だろ?という皮肉じみたものをこめて言ってやる。べつに王子様キャラになりたいわけじゃないけど。
愛子ちゃんはおりることよりも手を重ねることに戸惑ったような反応で、ほくそ笑む係員と王子様っぽい笑顔をつくりながらさっさとおりてこいと思う俺に見守られながら「ふぇっ、あ、うわああ!」と足をふらつかせて係員のほうまで倒れ込んでいった。俺は王子様もどきだけど、愛子ちゃんはお姫様もどきにもなれそうにない。そういうところがいいっていうのはもう今更すぎて、笑いを止める気にもなれない。
歩きはじめれば、情けのように影だけが手を繋ぐ。


「恥ずかしかった!堅治があんなこと言うから!係員さんに笑われた!」
「ぶははっ!係員さんもあんなとこであんなつまずく人はじめてだったんじゃね?」
「だって堅治が!」
「ほらお土産見るんだろ?閉まっちゃうぞー」
「堅治走って!」
「やだ」


愛子ちゃんが走り出すと、影すらも離れていった。
追いかけるように早足になると風が汗ばむ身体にふれて少しひんやりとして、考えたくない夏の終わりを考えそうになってやめる。
なんだか落ち着かなくなって、とりあえず閉園ぎりぎりまでここに居てやろうとゆっくり歩くことにした。



20140730

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