こんなくそ暑くて湿度もくそ高くてくそうっとうしいいやな日のしんどい部活の貴重な休憩時間に往復すれば四十分はかかる学校から駅までの道を無駄に歩かなくて済むのは、そりゃあありがたい。とーってもありがたい。


「二口、顔」
「なに?なんか付いてる?」
「怒りマークが付いてる」
「付いてねーし小原練習増やすぞマジ」
「あの子ほんとにいとこ?」
「いとこだよ」
「いとこと茂庭さんが仲良くしてなんの不満があるんだよー」
「だから不満なんかねえってば。青根、ちょっと黙らせろ」
「……」
「なんで俺だよ!」
「青根ナイスキー!」


青根のごつごつとした手にぐいと抑えつけられた顔の先には自分のスマホが通知で光っている。あ、これを知らせてくれたのか。ありがとう青根。おぼえてろ小原。
画面を起動するとバレー部以外とほとんど交流のないラインにはやっぱり元バレー部からの言葉が届いていた。


<愛子ちゃん見送り完了>


ふたりを学校から送り出してだいぶと時間が経ったような気がする。どっか寄り道でもしてたのか。朝俺にしたように、茂庭さんにも何かおねがいしてみせてたりして。女っ気ない以上にひとのいい茂庭さんのことだから愛子ちゃんに付き合わされる姿が容易に浮かぶ。
とりあえず既読をつけてしまったラインに返事をする。ふたりで何かしてたのかとか気にしてると思われるのはごめんだから、そんなことには触れない。茂庭さんはしっかりはしてるけどべつにマメではないし、思い出したように連絡してくれたのかもしれない。


<どーもです>
<悪かったな>
<なにがっすか>
<愛子ちゃんとの時間とっちゃって>
<はあ><べつに気にしてないんで><でも茂庭さんが悪く思ってるならしかたないですねこんど31もってきてください><俺パチパチのやつ>
<おい>
<とミントでいーです>
<まあ聞いてほしいこととかあるなら行ってやらんでもないぞキャプテン>
<そのときはこっちから行きますよ元キャプテン>
<そっか>
<そーです><あ、あしたどーすか去年できたゴールデンスプーンいきましょ><茂庭さんおごりで>
<午後もがんばれ!じゃあな!>
<いとこが世話になりましたー><いとこも、っすかね>
<いとこも、だな>


てきとうなスタンプを送ってラインを切る。ジュースを吸い上げていたストローに空気がまじりはじめてついに紙パックの底をついた。


「二口って顔に出るよな」
「俺は素直だから」
「いいことあった?」
「いや?あ、茂庭さん来たときはちょっと泣きそうになったよな、つーか泣いたな感動で」
「ふっ」
「地味に笑うなよ」
「地味って言うな!」


ストローをがじがじと噛んでいると監督が体育館に戻ってきて、俺たちもそろそろ始めようかと腰をあげる。床の一時的な冷たさにひたっている部員のケツを踏んで、パンツ一枚になった部員に「立派なホーケーじゃん」と声をかけて、俺なりに体育館の風紀を正す。先輩たちが見に来たときにこのチームを見せても恥ずかしくないように。


「じゃ、てきとーにがんばるぞお前ら」
「お前のどこがてきとーだよ」


ぶんとうなずく青根と呆れたように笑う小原を横目にコートに戻る。集合をかけた俺の声は、暑さのせいで少しだけうわずっていた。



+



玄関に入るなり冷蔵庫を勢いよくあける音が聞こえて、部屋のドアをあける前にかけよってきた愛子ちゃんを見えないふりをするとうなじに冷たいものが当てられた。


「ンギャッ!」
「これモニワさんが堅治にってアイスー」
「どっか寄ったんだ?」
「コンビニ寄った」
「コンビニだけ?」
「だけ」
「ふーん、つーか半分食った?」
「二個くれようとしたんだけどこれだけでいーですって言っといた!」
「そこはもっと甘えとけよーダッツとかさー」


パピコを受け取ってエナメルを床に置く。さっそく練習の感想と茂庭さんの印象と牛タンのおいしさをごちゃごちゃと話しはじめた愛子ちゃんの話を聞いてたい気持ちと、この人目のない狭い部屋でできるいじわるを思いつくかぎり試してみたい気持ちに板挟まれる苦しさがゼータクだ。


「愛子ちゃん俺着替えたいんだけど」
「あっ、ごめん」
「見たい?」
「見ないっ!」
「俺の生着替えは高いよ」
「もーあっちで待ってるから早くして。あのね、モニワさんやさしいね」


うんうんアイス買ってくれて後輩のいとこ餌付けする優しい人だよな。閉められたドアの向こうに無意味にくちびるを尖らせる。やっぱり学校なんかつれていくんじゃなかった。
着替えてソファーに寝転ぶとまた愛子ちゃんのまとまらない話がはじまる。この姿はだいぶとこの家になじんできたけど青根の腕より細いような脚はまだ俺をへんな気持ちにさせる。


「つーか城とか墓とかそんなん楽しい?探せばもっと若い子向けなとこあるだろー」
「堅治ならどこつれてってくれるのー?」
「家でごろごろ」
「じつは行きたいとこできたんだけど、堅治のママつれまわすの悪いよね…」
「わがまま言えばよろこぶとおもうよ?」
「堅治にしか言えないよー」
「俺はやさしい茂庭さんじゃねーからァ」
「あのね、やんやんややーんやんやややん…?ってとこ!」
「あ、宮城のランドね」
「行きたいなー」


ひかえめに歌われた歌に聞き覚えがあった。歌詞まちがってるけど。幼いころから何百回と聞いてきたCMの歌だ。たしかにこの真夏にあの場所に行くには親にも体力がいる。女の子がおばさんとより俺と行きたがる気持ちもわかる、愛子ちゃんはそんな子じゃないけど。
すぐに食べ終わってしまったパピコの容器を噛みしめる。ビニールの味がしそうなくらい吸って、噛んで、口でもてあそぶ。


「明日午前練だけど自主練したいから帰るの二時は過ぎるけど」
「行ける!?」
「三時くらいになるよ」
「それでもいい!」
「迷子ならないように手ぇ繋ぐ?」
「堅治、ふらふらしちゃだめだよ?」
「おまえだよ」


えい、と伸ばした腕は宙を切った。
ああしまった。どーせ連れて行くんなら、またかわいくお願いしてみてってお願いしてみればよかった。



20140727

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -