リビングに入るなり起き抜けの頭を叩き起こすように、小さな身体に不似合いのTシャツを着ている姿に目をとられた。大人の服を着たようないたずらっぽさがまるで子供みたいで、あれだけ見られたくないと騒いだのにさらけだされた素顔は眠そうな童顔で、そんなくせにゆったりとした首周りから見える鎖骨は、その下は。


「おはよう堅治」
「はよ」
「眠い?」
「んー」
「Tシャツやぶれたとこ堅治のママが縫ってくれるんだけど、これ借りてていい?」
「いー」
「今日朝から部活?」
「んー」
「見に行っていい?」
「んー」
「やった!」
「……うん?」


これ下脱いでも一枚で着れるんだろうなとか、ちょっとかがめば胸見えちゃうんじゃないかとか、シャツだったらボタン何個まであけられるんだろうとか、眠い頭でぼんやり考えていたせいで不意を突かれた。意味のない返事に喜んでる愛子ちゃんのとなりに腰をおろすと身体をこっちにむけてきて、なつかれたようで心地いい。
でも向き合ってはあげない。これが自然な距離感だから。


「なに言ってんの?牛タンと温泉いくんだろー俺のこと置いてー」
「午後から雨みたいで、温泉やめて牛タンだけにしよっかぁって、だから午前中あいたの」
「だからってなんで練習」
「堅治がバレーしてるとこ見たい!」
「練習って試合じゃねーんだけど、それに身内は練習なんか見に来ないよふつう。愛子ちゃん浮いて目立つだろ」
「堅治のママと隠れて見る…!」
「二人組とか余計目立つし俺が恥ずかしいし一人で来ても愛子ちゃんぜったい飽きる。三十分も見れないで勝手に一人で帰ろうとして迷子になって知らないおじさんに、案内したげるお菓子あげるから来ぉーとか言われてついてって犯されるし学校いたとしても女の子貴重すぎてやらしー目で見られるよ、工業ナメんな」


さっきまでやらしい目で見ていた俺が言えたことじゃないけど、とは言えない。けどやらしい目で見た俺が思うことだからこその信憑性がある。


「そんなの無いだいじょーぶ、かっこいい堅治見たい!」
「え、かっこよくない俺っていつ見れんの?」
「おねがいーそりゃあこんないとこ見られたくないかもしれないけど、湿気で頭も爆発してるけど、おねがい…」


さらっと無視したうえに勘違いまでしてる愛子ちゃんの皿に残ったベーコンを一切れ貰う。これはひとの話を聞いてないしきっと聞く気すらない。


「そんなに来たい?」
「行きたい!」
「じゃあかわいくお願いしてみて」


折れる気のない相手と無駄なやりとりをするのは面倒だ。愛子ちゃんを誰かに見られるっていうのが嫌で、とても嫌で、でも愛子ちゃんにかっこいい俺とやらを見てもらうことはそこまで嫌じゃない。前払いでもらえる褒美次第では連れていってあげないでもないと思いはじめてる。俺が折れたほうが話は早いから、折れるものなら折ってみろ、と思う。


「かわいく…?どーゆーのがいい?」
「なんでもいーから言ってみて」
「えー」
「早くおねがいしてくんないと気ぃ変わっちゃうかも」
「えっと、堅治…くん、んっと、あの」
「挙動不審かよ」
「堅治ー…」


小さな手で服のすそをつかまれても、これがいくらかわいくても、これだけで許してしまうような優しい人間なら始めからこんな茶番は振らない。
仕草をひとつも見逃さないように見つめてやる。ばっと上げられた顔はすっかり赤くなっていて、こんなくだらないことを言いだした自分に賞賛の拍手を送りたい。


「…堅治、おねがい、行きたいよ」


目を見つめられて、逸らされて、顔はうつむかれる。愛子ちゃんが小さな身体をさらにちぢこめると襟ぐりから暗がりが見えて、胸元が見えそうで見えないたったそれだけで、この悪趣味な言葉遊びの罪悪感まで吹き飛ばされる。いいなあ女の子って、ずるい。


「あざとい」
「堅治のバカ!!」
「そのかわいくない顔キープして、休憩のとき駅まで送るから体育館の二階でぜったいじっとしてろよ、あと俺以外見ないこと」
「やったー!早く行こ」
「愛子ちゃんははいって返事できねーのー?」
「はいはーい準備してくるね」


この調子の良さ。やっぱり俺のいとこだ。


20140721

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