父親は仕事で俺は部活で、せっかく遊びに来たいとことも自然と別行動になる。
家に帰れば朝しょぼくれていた愛子ちゃんの姿は無くて、日記のような報告を聞かされる。食べてみたかったうーめんがおいしかったとか、城を見たけどよくわからなかったとか、知らないおじさんが手土産に笹かまを買ってくれたとか、母親と二人でもなんとか楽しくやっているようだ。


+


寝支度も終わって、トイレに立つと「うわぁ」と脱衣所から独り言のような呻きが聞こえた。ひとりでいても充分楽しそうな子だ。放っておこうかどうしようか。厄介なことになってそうな面倒さと、この非日常の楽しみのあいだで立ち尽くすように廊下で立ち止まらされる。壁に肩をあずけて待ってみると、しなびた野菜みたいにうなだれた愛子ちゃんが姿を現せた。自分が毎日使ってるものと同じはずのボディソープのにおいにくらっとする。


「どったの」
「あ、堅治、ごめんなんでもない!Tシャツの袖ビリッていってびっくりしただけ」
「あらら怪力ー」
「怪力じゃない!」
「つかなんで顔隠してんの」


不自然にタオルでおおわれた顔をさらに下に向けて、濡れた髪から水滴がひとつ落ちた。これ以上ここでこの愛子ちゃんと話してるとおかしくなりそうな気がしないでもないけどわざわざ見放すほどいい子にはなれない。


「…いまスッピンだから」
「そんなもん昔さんざん見てるけど」
「昔は昔っ」
「だいじょぶだってかわいーから、見せて」


たしかに昨日俺はいっぱいいっぱいになって早めに部屋にこもったし、今日朝起きたときも愛子ちゃんは先にごはんを済ませていつでも外に出られるような状態で、どんだけ外に出たいんだ犬かこいつは、と思った。
湯上がりのせいか赤みのある腕をつかむと心臓がどくりと揺れる。所詮工業生だけどモテなくはないのにここまで女慣れしてなかった自分にむなしくなる。


「愛子ちゃん、腕」
「やだやだ」
「俺たち家族みたいなもんだろー?」
「……」


緩められた腕をゆっくりおろすと観念しきれないのか不機嫌そうな目元が見える。隠されるとよけいに見たくなるし、いやがられるとやめられなくなる。片手でつかまえられる両腕も、指が沈むやわらかさも、よほどいやなのか潤んだ目も、たまらなくて笑顔になるときっと顔を見て笑っただとか面倒な誤解をされそうで必死に口元を結んだ。


「うわ悲惨」
「ひどい!」
「冗談だよ」
「きらい!」
「でた、愛子ちゃんのきらい攻撃!」
「離して」
「じゃあきらいじゃない?」
「ふつう」
「ふつう!」
「ひとのスッピン見て笑うから」
「笑ってねーって、うちの女子とか化粧しても見れたもんじゃねーしあれに比べたら愛子ちゃんのスッピンなんか三百倍はかわいいよ」
「うれしくないし失礼すぎ!堅治はそんなこという悪い子じゃないでしょ!」
「うん、で?パジャマだいじょーぶ?」
「指通るくらいの穴だから大丈夫…大丈夫だよね?」
「なんか貸す?」
「堅治の?」
「べつに母さんのでも」
「堅治のがいい、おっきいの着てみたい!あっ」
「なに?」
「彼女に怒られる?」
「どうだと思う?」


薄く笑ってみると頭をわしゃわしゃと拭きながら黙りこくられてしまって、とにかく服を貸すために部屋に足を向ける。
彼女なんかいない。べつに隠すことじゃない。けど探られてるような聞かれかたになんとなくフェアじゃないと思った。いないと言えば俺ばっかりいとこ相手に変な期待してるみたいで。彼女いるの?ってふつうに聞かれたら、いないよってふつうに答えられたし、お前はどーなのって聞き返せた。ちょっと聞き返したかった。俺のことだからひねくれた答えを返してないともいえないけど自分にはいつも素直でいたい。
探られてないならそれはそれで腹が立つ。俺は、愛子ちゃんに俺のこと探らせたくて、あんな返事をしたのかもしれない。いとこ相手に恋愛ごっこをしている自分は工業生の末期症状にきている。


「はいここまでな」
「えーなんで、部屋くらい見ていーじゃん、スッピン見たくせに!」
「見せられないよーなもんあったらどーすんの?」
「堅治は賢いからそんなの部屋におかないよ」
「やば、反論できねぇ」
「わー堅治の部屋ちっちゃく見える、なつかしい」
「Tシャツ部活でつかってるやつでいーよな」
「おっきー、シャツある?シャツワンピにできそう!」
「ひとの服でファッションショーする気ですかー?」
「ねえねえ堅治のユニフォーム姿見たいなー」
「無いしあっても着ねーよ」
「ねーこれなに?」
「材料教科書」
「読んで!」
「読まない」
「この写真だれ?」
「バレー部、それ以上物色するならスッピンよりすごいの見せてもらおっか?」
「いとこの写真は飾ってくれないの?」
「愛子ちゃんは飾ってんの?」
「いっしょにお風呂入ってるのあるよ」
「きゃーヘンタイだー」
「ちがう!あと堅治がね、スカートはいてくれたときの写真かわいーんだぁ」
「燃やせ」


俺が持ってる愛子ちゃんの写真はベッドの下の奥で思い出といっしょに化石みたいになるはずだった。しまい込んだものはわざわざ掘り起こさないで、このまま見たいとも見たくないとも思わないで、そこにあるべきだった。
目の前の写真の、金髪の先輩のなにも考えてなそうな笑顔がうらやましい。
俺は愛子ちゃんが帰ったら、何年ぶりかに写真を掘り起こしてしまうかもしれない。またゆっくり何年もかけて思い出にするのかもしれない。


「もう頭かわかして寝よーあした日帰り温泉と牛タン食べに行くんだー!あ、これ堅治には内緒だった」
「うわ俺もうこの家の子やめる」
「じゃあ二口愛子になる」
「またテキトー言ってる」
「おやすみ堅治、服ありがと」
「はいはいおやすみーお肌のためにいっぱい寝よっか」
「ひとこと多い!」


部屋から出ていかれて、気負っていたつもりはないけど肩のちからが抜ける。
幼いころから知っているのにほとんどゼロになっていた痕跡を、また部屋にまき散らされた。さわられた教科書も見られた写真も、貸した服もきっと、このさき愛子ちゃんの姿を見せる。そういうものも無くなっていくことを知ってるからもうどうってことはない。

ただちょっとだけ、ゆびさきに残る腕のやわらかさがまた欲しくなっていた。


20140716

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -