たぶん寝てるとはいえ親がいる家で、付き合ったとはいえ付き合ったばかりのそれも泣いてるいとこ相手には、流石に俺がのぞむところまではなだれこめない。頭ではわかってるのに抱きしめる腕もはなせないで、愛子ちゃんが泣きやむのをずっと待っていた。
だんだん考えごとする余裕ができてきた頭で思い返すと愛子ちゃんは俺になら何をされてもいいと言ったし、俺たち付き合う前からお互い大好きで付き合ってるみたいなもんだったし、親はどうせ寝てるはずだし、しばらく会えないんだし、いけるところまでいっていいんじゃないか。
いける、いけない、いきたい、いってはいけない、の山と谷を猛スピードで行き交う。
愛子ちゃんは俺の足のあいだでのんきにだらりともたれかかっていて、そういえば静かになったなと思えば身体の重みが増して、もしかしなくてもこの子、寝てやがる。時計を見ると一時を半分くらい過ぎていた。
俺も寝ようと思えば寝れるけど付き合ったばかりですぐ会えなくなってしまう彼女を抱きしめてるのに寝て終わりっていうのはどうなんだ。愛子ちゃんも愛子ちゃんでさんざん煽ってキスも受けいれておいて寝て終わりって、どうなんだ。
疑問や不満はいろいろあるけど、問題児だなんだと言われる俺は泣き疲れて寝ちゃってるかわいい女の子を起こすほどバカじゃないということを証明してみようと思う。
ベッドに寝かせてあげるために力の入ってない身体を正面からゆっくり抱えあげる。胸のあたりにやわらかい感覚があって、ふとももに指が沈んで、抱きしめるかたちになった手は背中をまわって胸までいきかける。俺はやっぱりバカでいいんじゃないかと座ったままその体勢でしばらくかたまった。愛子ちゃんの息がかかるたびに気がおかしくなりそうで、頭が眠りたがってるのか痛くなってきて、抱えた愛子ちゃんをベッドに寝かせる。
サイズの合ってない服から鎖骨も肩もでていて言いようのない衝動に駆られた。はだけてるみたいで直してあげたいけど少しでも触れば意思も何もあったもんじゃない欲のかたまりになりそうでやめておく。まるで押し倒したような気分だけどはたから見れば夜這いか強姦だ。
落ち着こう。床で寝ようと、ぎしり、とベッドが軋んだとき、愛子ちゃんが薄目をひらく。


「けんじ…」
「そこで寝ていいよ」
「けんじ、こっち」


力のない手で袖を引かれるとベッドからおりかけていた俺の身体は愛子ちゃんのとなりにあっけなく落ちていった。狭くて小さいベッドが苦しそうにまたぎしりと鳴く。
自制とか何もかも無意味にされて、愛子ちゃんの手にとられるまま胸に抱きとめられる。ほとんど寝ぼけてるんだろうけど誘いに甘えてあったかい胸にすりよる。母親とこどもみたいに頭を撫でられて、目をとじると何かしてしまいそうだった衝動も暗闇に沈んでいった。
どうすれば帰んないでくれるだろうかとか最後まで惨めなことを考えながら、いまはここにいる愛子ちゃんを精一杯に身体ぜんぶで抱きしめる。
心臓の音とゆったりした呼吸につつまれて、身体も意識も何もかもを愛子ちゃんにゆだねて眠りに落ちていった。



+



アラームが鳴り響く薄明るい部屋で、ベッドのわきにいる愛子ちゃんに叩き起こされた。まだ目がうまく開けられなくて、のがさないように手だけでも愛子ちゃんの存在をつかむ。
付き合ったことが夢じゃなかったことを確かめあって、キスしたことも覚えてるかきいてみれば恥ずかしがって顔を隠された。「無かったことにされるの寂しいな」と言えば首を必死に横にふられて、あんまりにもかわいくて、愛子ちゃんへの欲求が自分でもこわいくらい底無しになっていく。


「こういうの、親とか言ったほうがいいのかな」
「言ったらこーやって隠れていちゃいちゃできないかもよ」
「……」
「やじゃない?」
「…やだ」
「ん」
「え、なに?」
「いちゃいちゃしたい愛子ちゃんからして、おはようのちゅー」


ベットから乗り出すように身体を起こして、まあしてもらえればラッキーくらいの気持ちで愛子ちゃんの頭に手をまわす。愛子ちゃんにはやっぱりまだ早いよなぁととじていた目をあけると、かすめるようにくちびるが当たって、目をぎゅっととじた愛子ちゃんが目に入った。
しばらくできないんだからと言った俺があまりにもかわいそうに見えたのか、愛子ちゃんも同じように思ってくれたのか、いっぱい抱きしめあって、長ったらしいキスもした。



仙台駅まで送ってもらう車のなかで、朝からいいものを見たしいい思いをさせてもらったなとしつこく今朝のことを思い出した。
このまま午後からの部活に行くためにジャージなせいでかっこつかないけどべつに今生の別れでもなんでもないからこれでいい。
たまに母親に隠れて指を絡めてみるといちいちこっちを見ないようにがんばる愛子ちゃんがおもしろくてかわいくて、最後の最後まで名残惜しさは増してくる。
母親はぜんぶ見透かしたみたいに「堅治に任せるから、ちゃんと見送ってきなさいね」と愛子ちゃんと俺をふたりにした。居てくれたほうが俺はなんにも思い詰めない軽い俺でいられた気がするけど、愛子ちゃんのほうから繋いできた手が俺を救う。この子だけは悲しませちゃいけないと思う。
ホームについて、切符を破り捨てたい気持ちと、大丈夫な顔してかっこつけて愛子ちゃんを安心させたい気持ちのあいだでゆらゆら揺れる。
朝の清々しさは楽しかった毎日の終わりによく合っていて受け入れるしかない現実を叩きつける。
これは言うなればハッピーエンドだし、悲観的になることは何もない、そもそも俺と愛子ちゃんはここが終わりじゃない。


「毎日楽しかった!」
「うん俺も」
「次はアオネくんとも話したいなぁ」
「いいけど俺すねるよ、めんどくさいよ」
「めんどくさくないよ堅治は、すきだよ」
「そんなこと知ってまーす」


暑いうえに顔が熱くなって汗がじんわりにじむ。こんな明るくて人の多いところでよくそんなこと言えるな。素直すぎることはとっくに知ってたけど澄みきった青空のしただとなんでもないことまで恥ずかしいし嬉しくなる。
ホームにうるさいアナウンスが鳴り響いて電車の到着を予告した。
俺だって愛子ちゃんのこと好きだし、寂しいし、次に会えるの今から楽しみだし、好きだよ。言いたいことがありすぎて頭がうまく働かない。好きなんだよ。


「たまに電話していい?」
「するなつってもするだろー愛子ちゃんは」
「たまに!」
「毎日でもいいよ」


見慣れない新幹線が走ってきて停まる。ぞろぞろと吸い込まれていく人を眺めながら、愛子ちゃんの手だと両手でも苦しそうな量のおみやげをわたす。
愛子ちゃんは冬休みでも来れると言っていた。冬まであと四ヶ月。今回の四年ぶりにくらべたら四ヶ月なんて四日間とたいして変わらない。すぐだ。あっというまだ。俺は愛子ちゃんのことが好きなだけだから泣きそうになることなんかひとつもない。
はなしたくない手をむりやりはなす。
さっきまでにこにこ笑っていた愛子ちゃんがうつむいて涙を落とす。
いつだって寂しいのは俺だけじゃなかった。


「愛子ちゃん」
「けんじ、やだよ」
「寂しいときは俺もいっしょだし、俺は会えなくても愛子ちゃん大好きだから」
「うん、うん」
「好きだから寂しくなるけど、すぐ会えるから、泣くな、大丈夫」
「うぐっ…ん、ん……」


涙じゃなくて息をとめてしまって、不器用かよと笑いながら、手をはなしたそばから抱きしめる。泣かせたくない子が目の前で泣いていれば他人の目なんかもうひとつも目に入らない。
昨日からあやしてばっかだなと頭と背中を慣れたようになでて、細い腕のどこにそんなちからがあるのか腰が折れそうなくらいぎゅっと抱きしめかえされる。
痛いんだけどと俺が笑えば愛子ちゃんも笑って、出発を合図する電車にかけこんだ。


「堅治、いっぱいありがとう」
「これからも愛子ちゃんの相手してやるよ」
「こちらこそ堅治の相手してあげる!」
「よろしくな」
「うん、よろしく、またね」
「はいはい、またな」


まだ目元をごしごしふいてるけどにっこり笑ってくれて、ドアがしまる。こみあげるものを必死にとめて、笑いあって手を振りあう。
ゆっくりと動きはじめた電車はすぐに愛子ちゃんを見えなくして、連れ去るように走っていってしまった。
小さく小さくなっていく電車を最後まで見送る。まだ生々しく残る愛子ちゃんの触りごこちだとか抱きしめられた感覚、姿と声を思い浮かべながら、屈折した景色の果てまでずっと見つづける。
次は冬だ。日に日にかわいくなる愛子ちゃんのために、俺もかっこいい彼氏でいたい。もっと好きになってもらえるように、目の前のバレーを磨き貫きたい。どうせ俺から愛子ちゃんとバレーをとったら何も残らないんだから、これをがんばるしかない。
おろしていたエナメルを抱えて、愛子ちゃんと同じくらい大事なやつらが待っている学校に向かった。
夢みたいに短かった夏が終わる。


20140819

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