家から車で二時間はかかるばあちゃんちの畳で寝っころがる。すぐ横に見える庭は花も枯れ草もあって、蝉が鳴いて蛾だかちょうちょだかが飛んでとんぼもいて、春なんだか夏なんだか秋なんだかわからない。ただ夏の空はいちばん青いからこの景色は夏なんだと思える。
夏は色がはっきりと色を持つから愛子ちゃんが夏にしか姿を見せない生きものな気がしてくる。仰向けになって昨日撮った浴衣姿の愛子ちゃんを眺めてみて、やっぱりほんもののほうがいいなと昨日が惜しくなった。動いてしゃべる愛子ちゃんがいい。


「堅治、おばあちゃんがずんだとスイカくれたよ」


昨日、暗がりでたしかに繋いだ手がそこにある。クーラーがついてない部屋で頭はぼうっと茹だっていて、左手はそこしか行き場がないたみたいに愛子ちゃんの右手をとりたがっている。家族はふすまの向こうで親戚話に夢中、といっても今この明るさのなかではもう一度手を握るなんてできる雰囲気じゃない。そもそも俺たちはそんな関係でもない。じゃあなんで、俺と愛子ちゃんは手なんか繋いで歩いたんだ。


「堅治、ずんだ!スイカ!おきて」
「眠い」
「車で寝たらよかったのに」
「愛子ちゃんの寝顔おもしろかったから」
「見てたの!?」
「ずーっと」
「帰りは離れて座ろー」
「うそ」
「ほんと?」
「ほんと」
「ほんとってほんと?」


バカみたいなかけあいに笑い合って身体を起こす。こんなに食べたら晩飯食べられなくなるんじゃないかってくらい張り切った量のスイカに手をつける。愛子ちゃんの脚の薄くなった虫さされあとが目に入って、消えていってしまうんだとまた薄暗い気持ちがわきはじめた。


「愛子ちゃんて秋は何してんの」
「何って?」
「夏の愛子ちゃんしか知らねーから」
「秋は…よく食べる。堅治は?」
「バレーしてる。冬は?」
「冬は雪見だいふくとかいちご大福食べたくなるよね」
「あー、なるほど、だからか」
「だからかってなに!」
「こっち秋は芋煮会あるし、冬はイルミネーションきれいだよ」
「いもにかい?」
「芋を煮る会」
「楽しいんだね、いいね」


うん、だから、愛子ちゃんが居ればもっと楽しいんじゃないかって話なんだけど。伝わらない子だな。

明日は見送りだけになるだろうから、今日が愛子ちゃんとゆっくり居られる最後の日になる。
明日からは、食べたあと食器を片付ける愛子ちゃんと比べられて怒られることもなくなる。
ベランダに干された見慣れない下着に俺に非のない罪悪感を持たなくていい。
寝起きの俺のだらしないかっこつかない姿なんか見られなくて済む。
愛子ちゃんの一挙一動に振りまわされなくていい。
いいことだらけだから、心臓が痛い。

夏は、影も濃い。葉っぱのちりぢりの影ばっかり見ながら、三切れめのスイカの皮を皿に置いてまた寝ころがった。
ざら、と畳がこすれる音がして、白い服が視界の端に入る。どうせ食べたあとに寝るなとか、まだずんだが残ってるとか、そういうことを言われるんだ。言い返す言葉を考えていると、くしゃりと掻くように頭を撫でられた。
愛子ちゃんは黙ったままだった。俺も黙っていたほうがいい気がしてそうした。しゃくしゃく食べられていくスイカの音と、くしゃくしゃ頭を撫でられる音だけが聞こえる。手をとりたい気持ちと撫でられてたい気持ちにいつまでも優劣がつけられなかった。それ以上にこのまま時間を止めてほしいと幼稚なことを思った。それか、昨日の手を繋いだ夜に何万回でも戻りたい。



+



日に日に夜になるまでが早く感じる。
空がまだ黄色っぽく光っていた頃にばあちゃんちを出たのに地元につけば月がもうそこにある。
愛子ちゃんは親の前だと遠慮がちになるから正直ちょっとつまらない。車でもあんまり話せないですぐに寝てしまって、いたずらするにも親がいる手前俺もへたに動けない。ふたりで居るときにもっといろいろ話したりすれば良かったなあと最後の夜になって思う。でもあんまりふたりで居てもいろいろ抑えられなかった気しかしない。今だって、気持ち良さそうに俺の肩にもたれかかって寝ている愛子ちゃんの体温に頭のなかまで溶けそうになっている。
起きたら離れてしまうんだろうなと惜しみながら、ほっぺたをつまんで起こす。晩飯なに食べたい?ってきいても遠慮する優柔不断のかわりに俺が、四日前つれていってもらえなかった牛タンを注文してやった。

家につけばもう九時も過ぎていた。
運転疲れの父親がすぐにシャワーをあびて、明日は仕事で見送れないからと銀色の缶ビール片手に機嫌をよくして愛子ちゃんと話す。またいつでもおいでという言葉に心底同意しながらも、愛子ちゃんが来たら俺はまたこんなどうしようもないくらい苦しくならないといけないのかと嫌な顔になった。


「堅治、おふろ先いっていい?」
「早めなー」


愛子ちゃんはいつもは客人だからって風呂には最後に入りたがる。今日は、さっさと風呂に入ってさっさと寝てしまうつもりなんだろうか。車であれだけ寝たのにまだ眠いのか。
寝室に向かう父親と母親におやすみなさいと残して愛子ちゃんは風呂に行ってしまった。俺ひとりだけ明るくて静かなリビングに取り残される。いっそテレビも電気も消してひざでも抱えてこの心臓のざわめきに浸りたい。時間が経つごとに中途半端な明るさと取り繕いが苦しくなる。
みんな当たり前にしてるけど、愛子ちゃんが自分の家に帰るなんて一大事じゃないか。昔からそうだ。俺ひとりが寂しがってるみたいなこの明るさがよけいに寂しい。
愛子ちゃんを好きだと気付いて俺が気にしたことは、いとこだからとかそんな体裁じゃなかった。
俺がいやなのは、会えなくなる日がつづくことだ。会えないなら死んでるのと同じだ。


「おふろあいたよ」
「遅い」
「ごめん、怒ってる?」
「そう見える?」
「…グミたべる?」
「食べないよ。おやすみ、愛子ちゃん」


勝手に振り回されてるのは俺なのに、勝手に現れて勝手に帰っていく愛子ちゃんに八つ当たりしてしまいそうで、にっこり笑うことで精一杯になった。
あれだけ毎日楽しかったのにいやな気持ちに塗りつぶされる。風呂上がりのかわいさも俺がかした服を着てることもあざとく見える。
こんなにイライラしてるのにシャンプーするときに昼間撫でられたことを思い出してためらってしまって、もう笑うしかできなかった。

優しい愛子ちゃんはあきらかに機嫌のよくない俺を見て何か思ってくれなかっただろうか。風呂のドアのむこうに慰めにきてたりなんかしてくれないだろうか。
居たら居たで困るくせに、居ないことにもうんざりする。
リビングの電気はもう消されていて、愛子ちゃんが居る部屋の前に立ってみるけど物音のひとつもなかった。もし寝てたら自分が何をしでかすかわからないし、起きていてもこれ以上話したって傷つくだけか傷つけるだけになりそうで、自分の部屋に足を向ける。
もう日付も変わったのにばあちゃんちでたんまり昼寝したせいで眠れそうにない。何をする気分にもなれないのに、こんな夜、どうしたらいい。
チャ、と自分の部屋のドアをあけると電気がついていた。
バレーポールを抱いて床で寝ている愛子ちゃんが居る。何してるんだ、この子は。


「何してんの」
「今日で最後だから、話したい」
「いとこだからってなにもしないと思う?世間のいとこは知らねーけど俺は愛子ちゃんに手ぇだせるよ」
「堅治ならいい…」


あけていた部屋のドアを後ろ手にしめて、逃げ道をふさぐように座り込む。自分の言ったことがどういうことかを思い知らせてやりたいけどどうしたってこの子には憎らしさよりかわいらしさが勝ってしまう。


「愛子ちゃんが考えてるのってせーぜーキスくらいだろ?しかも舌いれるとか考えたことないだろ」
「う…」
「なあ、止めてくんないと俺この先も話すよ、ちょっとおかしくなりそーなんだけど、愛子ちゃんが嫌なことしたくないけど嫌がる愛子ちゃんもかわいい」
「堅治、立派に育ったね」
「昔からこーだよおまえがなんも知らないだけで。だって愛子ちゃんかわいい、すっぴんもかわいい、練習見てるときもかわいかったし観覧車とかやばかった、浴衣もめちゃくちゃかわいかった、いま恥ずかしがってんのもかわいい」
「おもしろがってるでしょ!?」
「ほんき、愛子かわいい、拗ねてんのもかわいいけどそのあと笑うのがいっちばんかわいい」
「かわいくない、やめて」
「やめさせてよ、愛子ちゃん」
「昨日、堅治にいやなことした」
「昨日って愛子ちゃんと手繋いだ記憶しかないんだけど」
「りんごあめ、わざと忘れた」


最後に見た四年前の愛子ちゃんは楽しくていい子でめちゃくちゃかわいいいとこだった。その前も、それより昔もそうだった。なまじ昔から会っているぶん自覚をするまでもなく好きで、ずっといっしょに居たいと思っていた。俺が会う同年代の親戚は愛子ちゃんしか居ないから、親戚とはこういうふうに好きでいることが当たり前なんだと思っていた。愛子ちゃんが俺を好きなことも当たり前のことだと思ってた。
けど違った。
四年ぶりに現れた愛子ちゃんはやっぱりめちゃくちゃかわいくて、俺はドキドキなんかしちゃったりして、触りたくて、他人に言えないようなことも考えて、いとこだからとか関係なしに愛子ちゃんのことを好きになっていた。
そして違ったのは、俺だけじゃなかったのかもしれない。


「なんで、そんなことしたの」
「堅治、と」
「うん」
「もっといっしょ、に、ずっと…」


泣き出してしまった愛子ちゃんの頭を上からかかえこむようにして、ついに思いっきり抱きしめた。
いままでよく我慢できたと思う。堪えていた自分のほうがどこか壊れていたとすら思う。すれたところなんかひとつも無い愛子ちゃんがわざわざ俺なんかと居るために嘘をついたなんて、俺のほうが泣きそうだし理性どころか意識もとびそうなくらい苦しい。
ようやく四年前の愛子ちゃんと今の愛子ちゃんが俺のなかで合致した気がする。いい出会いの無いなか都合よく現れた女の子なんかじゃなくて、ただかわいらしい女の子なんかじゃなくて、俺は、わがままで賢くなくてめんどくさいところがかわいい優しい愛子ちゃんのことが、好きなんだ。


「けんじ、ヤスシさんが言ってたことほんと…?」
「なんか言ってたっけ」
「…彼女いないって」
「いないよ、いるわけねーじゃんか」
「ほんとに」
「俺おまえのこと好きなんだよ、わかれよばか、かわいい」


そういえば彼女という言葉を出してそういう話に持っていくきっかけを先につくったのは愛子ちゃんのほうだったのに、そのときの俺はつまんない意地でそれを無視してしまってた。俺はたまに死にたくなるほど自分が面倒くさい。
ぐすぐす泣いてる愛子ちゃんの頭をつかんで顔を見た。赤くなった顔とうるんだ目とうまくできてない呼吸のせいで言いたいことをちょっと忘れそうになる。もともと愛子ちゃんに泣かれることにめっぽう弱い。


「愛子ちゃんは、俺のことすきなわけ?」
「うん、堅治かわいいのにかっこいい、いじわるなくせに優しい、ひどい」
「ほめてねーな」
「ちがう、すき、堅治の彼女になりたい、やだ」
「しょーがないなぁ愛子ちゃんは」
「きらい?」
「すきだよ、愛子ちゃんの彼氏にしてよ」


首元で頭をぐりぐりこすりつけるようにうなずかれて、いとこの俺たちは彼氏と彼女になった。抑えなくていい気持ちがあふれてついさっきよりももっと愛子ちゃんを好きになっていった。会えないことが寂しい以上に会えなくたって好きになってしまった。


「遠恋かー。俺はどーせバレーばっかだけどさ、愛子ちゃんが俺以外の男好きになったらそいつにサーブ叩きつけるかもしんないよ」
「堅治そんなキャラだっけ」
「ずっと必死だったし愛子ちゃんがにぶいだけ」
「堅治だってにぶいよ、いつから堅治のことすきだと思ってるの」
「いつ?」
「覚えてない、昔から、すき」


おさまったと思えばまた泣き出されて、笑ってしまう。そんなに昔からこんなに俺のことが好きだったのかと思うとちょっと泣きたくなるからあやすことに集中して、やわらかい髪に顔をすりよせるとやっぱり泣きたくなった。


「愛子ちゃんの進路決まったな、俺のお嫁さん」
「はやいよー」
「まじで考えといて」
「堅治のことずっと好きでいていいの?」
「今その話してんじゃんー」
「まだびっくりしてる」
「俺もだよ」
「うれしい」
「なあなあ、愛子ちゃんの物なんかちょーだい、会えないかわりに」
「なにがいい?」
「じゃあいつも前髪とめてるやつちょーだい」
「いいよ、あげる」
「愛子ちゃんがいちばん欲しい」
「ぜんぶあげるよ」


髪にふれていた鼻が耳にふれる。背中をまるめて頭をなでていた手を涙まみれのあごにやるとゆっくり目を閉じられた。俺もいっしょになって目を閉じて、なんにも言わずにくちびる同士を押し当てた。一瞬のやわらかさに緊張とか嬉しさとかいろんなものでわけがわからないまま、こんどは挟むように口づける。なんとかこれ以上しないために、服を握る愛子ちゃんの手に指を絡めて、手を握らせる。
やっぱりまだまだ泣き虫な愛子ちゃんは泣きやめない。口のなかはしょっぱいし濡れた顔はひんやりするし鼻はつんとするし、俺も泣いてるのかもしれない。
溢れそうなものをひっこめるように力をいれて手をぎゅうっと握ると愛子ちゃんの顔がこっちを向いてくしゃくしゃに笑った。やっぱりこの顔がいちばん好きだ。つられて笑ってみると、俺のいとこで彼女の愛子ちゃんはほっぺたにキスをしてきた。


「堅治だいすき」
「俺もだから、ずっと好きでいて」


愛子ちゃんの目をのぞきこんで、縋るようにそう言った。
俺は好きより寂しいばっかりだったけど、愛子ちゃんに好きだと言われて、付き合って、もう大丈夫だから。ずっと寂しいんじゃなくて、ずっと好きでいられるから。今までだって愛子ちゃんは俺のいちばんの女の子だから、これからだってずっとそうだから。
遠くにいればやっぱり会いたくなるだろうし、寂しくなることもあるだろうけど、愛子ちゃんを好きでいられることはそれ以上に幸せなことだから、愛子ちゃんに俺と幸せになってほしい。
俺たちふたりで幸せになれますように。
不格好にぎゅうぎゅう抱き合いながら、考えたってしかたない先のことを、気が遠くなるくらいたくさん願った。


20140818

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