あんまり広くない神社で顔見知りを撒きつづけるなんてまあ無理な話で、最後の最後に顔を合わせたかき氷屋で先輩たちは二百円ずつ出し合ってかき氷をふたつ買ってくれた。俺がレモンを頼んで愛子ちゃんがブルーハワイを頼むと「同じの頼まないんだな」とつまらなそうに漏らした鎌先さんには俺たちが双子か何かに見えてるのか、ていうか金髪で就活してるのか、とつっこみたかったけど黙っておいた。
たこ焼きもベビーカステラも焼きそばもわたあめもぜんぶ半分こして、愛子ちゃんは黄色い電気鼠のかたちをした飴も買っていて、祭の雰囲気をじゅうぶん堪能したから帰ろうかと先輩たちに頭を下げる。


「先に失礼しあーす。あんま遅くまで居られないんで、女の子つれてるんで」
「お前は最後まで生意気か!」
「明日も生意気っすよ」
「うるせえよ!」


緑のヨーヨーと黄色い飴を持った愛子ちゃんと神社の外に出る。車がよく走る道から離れて住宅街に入るとひともまったく居なくなって道は暗いけど、隣から聞こえるからころばしゃばしゃという音は明るくて賑やかだった。夜になるともう暑くないせいか、窓があけられた家からテレビの笑い声もぽつぽつと聞こえる。


「堅治はいつもああなの?」
「んー?」
「せんぱいと」
「うん俺いつもいじめられてる」
「モニワさん胃痛そうだったよ!?」
「いや、あの人あれで俺のことかわいいから。キャプテン継がされちったから」
「モニワさんキャプテンだったの!?」
「やっぱ愛子ちゃん茂庭さんに懐いてるよな」
「あらいぐまみたいでかわいい!」
「それ嬉しくないとおもう」
「堅治のせんぱいうらやましい」
「何が?」
「…いろいろ」


愛子ちゃんは昔みたいに泣かなくなった代わりに知らない表情をするようになった。今もその表情で黙ってしまって、なぜだか俺のほうが落ち着かない。


「愛子ちゃんさあ、来年は七夕のときにきたら?花火あるし。あーゆーきらきらしたやつ好きだろ」
「うん」
「補習ないといいな?進学か就職か決めてんの?」
「…まだ」
「うんじゃあさ、こっち来たら?」


ばしゃばしゃ、が止まる。会話も止まって、話の流れをさかのぼってみると俺の発言はとんでもない意味にもとれることに気付く。
俺の左側、視界が広いほうに立つ愛子ちゃんを横目で見ても頭のてっぺんしか見えない。


「…夏休みでも冬休みでも、来たらいいから」
「来ていいなら、来たい」
「いいに決まってんじゃん、うちの親俺より愛子ちゃんのがかわいいみたいだし!やっぱ女の子はいいよなあ、バレーも世界と戦えるレベルだし、俺はべつに男でいいけどさあ」
「堅治」


家まであと数メートルというところ、からころという音も止まる。愛子ちゃんの右手に左手をつかまれて、ダイレクトに心臓まで握られたここちになる。電灯からすこし離れた場所でうつむかれた顔はよけいに表情が見えない。どうしたの、と言いたい喉は焼けたみたいに熱くてうまく機能しない。手元で揺れる緑色が目に付く。中指のこの細い輪ゴムすら邪魔に思えて投げ捨てて手を握りたいけどこんな量産された安い物をなんども嬉しそうに眺めた愛子ちゃんの目を知っている。うぬぼれたくもなる。


「愛子ちゃん、なに」
「堅治のママのりんごあめ、忘れた…」


大げさに泣きそうになってる愛子ちゃんが馬鹿らしいとか何かを期待していた自分が馬鹿すぎるとか通りこして、ためいきを吐く。まだ握られている手をぎゅううっと握りかえすと痛いよと逃げようとする手元からばしゃばしゃと音が鳴った。来た道を戻りながら、ゆっくり、手をゆるめてやる。


「堅治、ごめんね」
「俺も忘れてたから」


手をはなせないで、探るように親指をなでて、また握る。愛子ちゃんの手はやっぱり熱い。手のひらまでやわらかいし肌も手ざわりが気持ちよくて、指でなでてみるときゅっと握りかえされて腹のなかまでくすぐったい。
いつ嫌がられるのか考えると落ち着かないけど手の感覚はようやく掴むべきものを掴んだようにしっくりときて満たされていた。覚えてないけどこどものときも俺の左手は愛子ちゃんの右手とこうして繋がれてたんだろうとおもう。ふたりでひとつとまではいかないけど、ふたりでくっついて居ることが自然なことなんだとおもう。
どれだけ歩いていっても愛子ちゃんは手をはなさなくて、俺もはなすわけがなくて、夜店に着くまでずっと、手を握りあっていた。
暗い空にむけてりんごあめを掲げた愛子ちゃんがまだ泣きそうな顔をしている理由は聞けなかった。


20140814

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