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ある日、私の部屋に男の子がやってきた。
薄い緑色のふわふわした髪を揺らして、無造作に仕舞われたおもちゃを引っ張り出す。積み木、ジグソーパズル、お人形。それは遠い昔、私が使っていたとても古い物だったけれど、彼は大きな目を輝かせて遊んでいた。

久しぶりに、この部屋に人がやってきて私は嬉しくなった。



-記憶行き-



その子の名前は、セルと言うらしい。この家の現当主がどこかから連れてきた迷子というか、捨て子というか。


散らかした部屋を片付けるように言われ、一生懸命しまっているけれど上手くいかなくて悪戦苦闘している彼を見ると、知らないうちに笑みが零れた。
彼は、この部屋に閉じ込められたりはしていない。小さな足で色々な所を走り回っているのか、所々に絆創膏が貼られている。
丁度、彼の後ろにある子供向けに作られた低めの本棚に腰掛けながら、私は彼を見つめる。


-あの子に憑けば、この部屋からも出られるし、色んな所へ行けるかもしれない-


そんな思いが、私の中をぐるぐるする。
生前、私は一生をこの部屋で過ごした。病弱だった私は四角い窓の形に切り取られた世界しか知らない。彼はきっと、もっとずっと広くて美しい景色を知っているんだろう。

そんな、怨念というか現世への名残も幽霊ならば許されるだろうか。
本棚からふわりと降りて、見えなくなった足をとん、と床に付ける。


「誰かいるのー?」


間延びした、可愛らしい声が部屋に響いた。彼は辺りを見回して、振り返る。
かちっと、視線が噛み合った。彼は私をジッと見つめる。


「だぁれ?セルはね、セルっていうのー」


にっこりと彼は私に向かって笑った。普通なら、突然現れた少女に戸惑ったり恐れたりするものなんじゃないだろうか。自分で言うのもなんだが、パッと見の幽霊っぽさは満点だと思う。

「私はイソラ。おばけなの」


きょとんとした顔で、私を見つめる。体ごとこちらに向ける。


「あのね、セル上手にしまえないから手伝って欲しいの、」

そう言って、彼は私の手を掴もうと右手を伸ばした。


「…、…あれー」


グーパーと小さな手を動かしても、彼の手は私の手を掴めない。


「おばけだもん」

自嘲気味に言って笑うと、彼はすごいね、と言って笑った。


「すごい?どうして?」

「だって、セルの手通り抜けちゃう!大きくなったら触れるかなぁ」

「…どうかな?」


彼は私がどんな存在であるかを理解していない。だから、その純粋な思想が突き刺さった。
私の姿が見えてしまうなら、憑いてしまおうという私の考えは無効になる。


「私はね、この部屋から出られないの」

「おばけだから?」

「うん。あと、私はセルにしか見えないの」


これも、おばけだからと付け足す。それでも彼は、すごいすごいと繰り返す。
そして、私は彼にふたつお願いをした。


「私のことは、誰にも言わないで。それから、外の話を聞かせて欲しいの」


彼はいいよ、と言って笑った。



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続きます