誰かの為の協奏曲 | ナノ
「お嬢さま、お届け物です」

ローレンが薔子に声をかければ、薔子は読んでいた本から顔を上げて彼女を見る。自分と同じ顔をしていながら全てにおいて真逆の色を宿す少女が手にしているのは、封筒だった。

「ありがとうローレン。開けてくれる?」

はい、とローレンはその場で封筒を破ることなく開ける。そして薔子に封筒を手渡そうとしたが、彼女の白い手から封筒が消えた。

「へぇ、舞台のチケット」

封筒の中身を取り出し頭上でひらひらとさせるのは、妖狐遥叉だった。「か、返して遥叉くんっ、それはお嬢さまに渡すの!」とローレンはぴょんぴょん跳ねるが、遥叉は腕を高く伸ばして彼女を弄んでいる。

「英賀保にチクりなさい、ローレン」

「はぁい…」

「あっそれは勘弁」

遥叉は素直にローレンにチケットを返す。ローレンはそれを軽く撫でて、薔子に手渡した。

「カエが主演の舞台だって」

薔子がチケットに記載された情報を読んでいると、遥叉が同封されていた手紙を広げる。

「カエって、あの、ユートピア、ってアイドルユニットのカエですか…?」

「そうよ。よく知ってるわねローレン」

えへへ、とローレンは嬉しそうに笑う。その横で遥叉は耳をぴょこんと動かして首を傾げる。

「カエが舞台に出るなんて……なんでこのタイミング?ユートピアの人気ってまだ全然うなぎのぼりでしょ?」

「だからでしょう」

薔子はチケットから顔を上げ、遥叉の方を見て言う。赤い視線が遥叉の黒い耳を滑り、彼の顔を捉えた。

「人気は上がれど、安定してきたのよ。アイドル活動の方が忙しかったけれど、やっと本業に戻れるゆとりができたんでしょう」

「本業?」

「あら、知らない?彼の本業は役者なのよ」

へぇ、と遥叉の感嘆の声が聞こえる。

「確かに、テレビ出る時とかたまーに大仰な話し方する時あるよね、そういうことかぁ、なんか納得しちゃった」

「にしても、お嬢さま……カエについて、とっても詳しいんですね?」

「あぁ、そりゃあ」

各々が納得する中、不意に投げかけられたローレンの問いに薔子は答えようとする、が、どこか歯切れが悪そうに少しだけ間を置いて、やがて柔らかな笑みを見せた。

「彼、わたくしの幼馴染ですもの」

その笑顔が、どこかあどけなく幼さすら感じさせたのは、気の所為ではない、だろう。





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