荊の華と朽ちた季節 | ナノ

幸せだったあなたへ


その部屋は、百合で埋め尽くされていた。

「葉ツ芽ちゃん」

サヤ。私の愛しい鞘菊。お前は今日、私の父が作ったこの百合の部屋に眠るのだろう。

「僕はさ、季朽で良かったと思うんだ」

今日二つになったばかりのかわいい娘を膝の上に乗せ、嗚呼、お前はどうしてそんなにきれいに笑うんだい。

「僕が季朽じゃなかったら、葉ツ芽ちゃんと出会えなかったでしょ?」

鞘菊様、お時間ですよ。なんて言いながら部屋に入ってくる乳母が邪魔だ。嗚呼、乳母よ、娘を寝かしに行かせなくていい。サヤをこの世に留めておくのに娘ほど最高の枷はないというのに。嗚呼、やめろ、やめてくれ。

「葉ツ芽ちゃんと一緒になれて嬉しかった」

私の手を取って口付ける。嗚呼、お前、いつからそんな気障なことをするようになったんだ。いつも、幼い頃からいつも私の前で泣いてばかりだったお前が、そんな、私を泣かそうとしてるなんて。許さない、許さないよ、サヤ。

「…お別れだね」

そうだ、これでお別れ。お前とは、もう会えない。

「なぁ、サヤ」

私がお前に泣かされるのは気に食わない。お前も嫌だろう?私が泣いてるのを見るのは嫌だろう?そうだ、笑ってやる、笑ってやるよ。泣いてなんかやるもんかよ。

「お前には本当に迷惑をかけてばかりだった」

「いいんだよ葉ツ芽ちゃん、最初から決まってたことだもの」

「…明日の朝、お前はもう目を覚まさないんだな」

なぁサヤ、私は笑えているか?不安と感謝と、いろんなことを伝えてみるけれど、お前を見送る私の顔は、お前を安心させられているか?

「そうだね、けど、眠る前に葉ツ芽ちゃんの笑顔が見られて良かったよ」

嗚呼、良かった。私はちゃんと、笑えていたのか。

「…ありがとう」

この百合の部屋で、お前は眠る。中央に据えられた布団に身を横たえるお前の姿を、私は忘れないよ。

「…おやすみ、鞘菊」

「おやすみ、葉ツ芽」



Title by 告別