荊の華と朽ちた季節 | ナノ

人狼ゲーム3


『それでは皆さん、三日目のディスカッションを始めてください。時間は二分です』



「…わ、わたしが疑うのは、もう、一人しかいないよ……」

珍しく口を開いたのはローレン。彼女は隣の席のローズローザの手を握り、キューズの方へ弱々しく視線を向けた。

「…ごめんね、キューズ。わたし、あなたのこと、疑ってる…」

「だろうね」

キューズは微笑んだまま、ローレンとローズローザを交互に見やる。

「まぁ、愛の力は何ものにも勝ると言うしね。けど、この場合においてそれは通用するのかな?」

「俺は」

ローズローザが立ち上がる。その目に宿る赤には、確固たる意志。

「俺は、ローレンが狼だったとしても、ローレンに食われるなら本望だ」

面食らったようにキューズは目を見開き、ローズローザの顔を見つめる。しかし緩やかにその目尻が緩み、キューズは声を上げて笑った。

「ふふ、気持ちの悪い話だ」

いいでしょう、とキューズは円卓の椅子に深く腰掛ける。そして手を組んで肘をつき、首を傾けた。

「自分たちの愛という自己満足を押し通す…成る程、やはり僕らとは違うね。君たちは僕らと同じ化け物だけれど、人造『人間』だ。『人間』のエゴ、欲望、その他僕らにないものを、君たちは持っているんだね」

ローズローザは頬杖をつき、「バァカ」とキューズに吐き捨てた。つ、とキューズが訝しげに目を細める。

「感情なんてバグの連鎖だ。何が起こるか分かんねぇ。お前にだって起こるかもしれねぇぞ」

一瞬、ほんの一瞬だけキューズが瞠目したのを、二人は見ていただろうか。しかし彼は微笑み、片手を上げた。

『それでは、キューズを処刑します』

キューズの前の円卓が機械音と共に動き、彼の目の前に拳銃が投げ出される。彼は笑みを浮かべたまま拳銃を手にし、自分の口の前で掲げる。

「では、また会いましょう」

そして銃口を口の中に押し込み、発砲した。椅子の背もたれに血が飛び散り、彼の体が力なく円卓に倒れる。泣き出すローレンを抱き寄せ、ローズローザは項垂れた。

『おめでとうございます。狼は姿を消しました』

スピーカーから聞こえた声に、二人ははっと顔を上げる。そして顔を見合わせ、目を瞬かせ、もう一度スピーカーを見上げた。

『皆さん、お疲れ様でした』



「…配役ミスだわ」

薔子は件の現場の円卓に腰掛け、溜息をつく。

「というか、最後までローズローザとローレンが生き残ってしまったのがミスだったわね。ただのラブロマンスになってしまったわ」

頭を抱えるように手を置き、幾度目ともつかぬ溜息をつく。すると、彼女の背後にゆらりと影が現れた。

「いきなり『巷で話題の人狼ゲームをやりなさい』とか、マジお嬢様鬼畜ですぅ」

薔子が振り返れば、そこに立っていたのは柔和に微笑んだ鬼だった。しかし、右目がなく、右の眼窩の周りの肉が削がれ、骨が少し見えてしまっている。

「あら、治りきってないわよ」

「ちょっとこの辺の肉が行方不明なんですよねぇ…まぁほっとったら再生するんで大丈夫ですぅ」

そう、と薔子が視線を戻せば、円卓にメンバーが揃い踏みだった。

「首ちょんぱは酷いよねぇ」

「わたしも、まさか頭部粉砕されるとは思ってませんでした」

「拳銃自殺とか、人間がやるみたいなことさせられた方にもなってよ」

ここに集まった者たちは、殺しても死なない。故に、この荊華院に永劫仕えることができる。

「オリジナル、酷いよぉ…もうこんなことやりたくない…」

「俺も同意」

「ごめんなさいね。どうしても見てみたかっただけだから…もうしないわ」

しかし、殺しても死なないなど、俄かには信じられない話だろう。薔子もその一人である。故に彼女は、今回のこのゲームを主催した。そして、この目で確かめることができた。彼らが本当に死なないことに。
変わっていく世界の中で、荊華院の美はいつまでも君臨し続けなければならない。不変の彼らがいることにより、荊華院はどの世にも繁栄することができる。それを確かめたかった。

「……さて、疲れたでしょう。今日はもう休んで。明日からまた、よろしくね」

全ては荊華院の為。荊華院の美を誇る為。その為に彼らは、消えない命を荊の華に捧げる。しかし、彼らもまた、荊華院の美に飲まれた愚者たちである。